デリバティブを奏でる男たち【82】 スコーピオンのキル・カロン(後編)

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 今回は、昨今の東京株式市場において非常に人気の高い半導体検査装置メーカー、レーザーテック <6920> [東証P]を標的としている、アクティビスト(物言う株主)であり、ショートセラー(空売り投資家)でもあるスコーピオン・キャピタルを取り上げています。

 同社を創業したグルキラット・カロン(Gurkirat Kahlon、通称キル・カロン)は、米投資会社セリグマン・インベストメンツ(投信会社コロンビア・スレッドニードル・インベストメンツを傘下に持つアメリプライズ・ファイナンシャル<AMP>のヘッジファンド部門)のセリグマン・テクノロジー・グループを退社した後、自ら設立したスコーピオンの仕事に専念し、ヘルスケアとハイテク業界にターゲットを絞り、詐欺や過大宣伝などを疑うレポートを矢継ぎ早に発表していきます。
 

◆ターゲットの選定方法


 彼がこれらの業界に特化したのは、その技術を理解するために豊富な知識や経験が必要だからだそうです。特に医療関連企業においては、投資家が医学博士でもない限り、会社が何をしているのかを理解することすらままなりません。つまり、一般の投資家にとっては非常にハードルの高い分野をサポートしている、といえるでしょう。もっとも、前回に見ていただいた通り、彼がITバブルの前後にシリコンバレーで働いていたことやハイテク銘柄のロングショート戦略を手掛けるタイガー・グローバルに在籍していたこと、セリグマンでは主に医療技術や医療機器、バイオテクノロジー、医薬品、医療サービスなどのヘルスケア関連銘柄に焦点を当てて投資していたことを考えれば、得意分野に特化したのは当然のことだったのかもしれません。

 また、彼がレポートの対象を選定する際に、不正会計などの詐欺や過大宣伝に重点を置いていることは前回にも触れましたが、加えて欧米以外の洗練されていないマーケットにも注目しています。中国や韓国を例にあげ、それらのマーケットに上場している企業は、洗練されたマーケットの厳しい上場基準を満たしていない可能性があり、こうした未成熟なマーケットには多くのターゲットが存在する、と考えているようです。

 さらに彼は売上高に対して時価総額が異常に高い銘柄にも注目しています。具体的には時価総額が売上高の100倍以上となっている銘柄をスクリーニングするだけで、良いターゲットが見つかるそうです。また、過去3カ月で最も上昇している株式を見るのが好きらしく、株価が3カ月で2倍または3倍になっている場合、それはおそらく持続可能ではない、と述べていました。これらの選定条件を考えると、今回ターゲットとした日本のレーザーテックは、彼にとって最高の獲物といえるのかもしれません。
 

◆スコーピオンの指摘


 2024年6月にスコーピオンは、レーザーテックに関する334ページにも及ぶ膨大なレポートを、英文と和文の両方で公表しました。その内容は以下の11部構成になっています。ただし、各セクションの見出しのほとんどは非常に長い文章になっているため、以下に書かれていると思われる内容を簡略化しました。

第1部(pp.10-59)レーザーテックの真相
第2部(pp.60-101)レーザーテックは不正会計の典型的な事例
第3部(pp.102-140)不正会計の起源
第4部(pp.141-167)新製品ACTIS A300の将来性
第5部(pp.168-184)レーザーテックが目指した極端紫外線の事業展開
第6部(pp.185-236)顧客の葛藤 インテル、TSMC、サムスン他
第7部(pp.237-251)滞留している完成品の在庫
第8部(pp.252-265)レーザーテックの需要
第9部(pp.266-285)競合相手KLA
第10部(pp.286-296)レーザーテック製品の信頼性
第11部(pp.297-334)「レーザーテック・イノベーション・パーク」について

 免責事項には「スコーピオン・キャピタルは〔略〕レーザーテックの株を空売りします」とあるほか、「本レポートはポジション情報提供を目的としたものであり、〔略〕いかなる投資戦略あるいは売買戦略を推薦する目的としたものではありません」としています。加えて、「スコーピオン・キャピタルのレーザーテックに関する見解は善意に基づくもの」と記されていました。しかし、「驚異的な時価総額も、世界でも最高級の出来高も、そろそろゲームオーバーだ」とか、「日本の史上最大級の詐欺を働いている」などとも書かれています。

 このレポートでは、収入と利益の誇大計上と、それに伴い不適切に計上した棚卸資産高が不正会計の中心だと指摘しています。また、レーザーテックの看板商品であるEUV(極端紫外線)マスク検査装置には、検査上の機能不全や低い稼働率と生産性、高いランニングコストなど、複数の致命的な問題があると述べています。スコーピオンは、こうしたレポートを詳細な調査に加え、何度も関係者に取材して書き上げたようです。関係者といってもレーザーテックの社員では話せる内容も限られますので、仕入れ先や取引先、関連業界の専門家のほか、以前に調査対象会社に勤務していた人物を、ビジネス特化型SNSのリンクトインなどから探し出して取材を繰り返すとのことです。
 

◆レーザーテックの反論


 このレポートによって、レーザーテックの株価は急落に見舞われます。レーザーテックは同レポートに対して英文と和文で「不正会計の疑惑について明確に否定」しました。そして、翌日に補足資料として①製品別動向(売上高/受注高)は前年同期を上回っていること、②棚卸資産の会計処理について、試運転とカスタマイズ後に完成品とする検収基準で行っていることを、同様に英文と和文でリリースします。これらは1~2ページ程度と、スコーピオンの膨大なレポートに対する反論としては、やや簡素な感じはしますが、証券会社のアナリストはレーザーテックに味方する見解が多いようです。

レーザーテック <6920> [東証P](日足)
レーザーテック <6920> [東証P](日足)

 もっとも、この一件はまだ始まったばかりの状況です。執筆時点で評価を下すのは時期尚早と思われ、もう少し事態の行方を見守る必要がありそうです。ちなみに、スコーピオンはレーザーテックを手掛ける前は、米ナスダック上場のハーモニー・バイオサイエンシズ・ホールディングス<HRMY>をターゲットにしていました。2023年3月28日に同社の発症型睡眠治療薬「ワキックス」には多くの問題がある、とする366ページのレポートを発表しています。同社株は急落に見舞われましたが、その後は上下しながら急落前の株価を超えられずに推移しています。(敬称略)

ハーモニー・バイオサイエンシズ・ホールディングス<HRMY>(週足)

ハーモニー・バイオサイエンシズ・ホールディングス<HRMY>(週足)

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。