今回は2007年のサブプライム住宅ローン問題で150億ドルを稼いだポールソン&カンパニーの創設者、ジョン・アルフレッド・ポールソン(John Alfred Paulson)を取り上げています。彼は2024年の米国大統領選挙において、ドナルド・ジョン・トランプ(Donald John Trump)大統領候補が財務長官候補としてその名を挙げていましたが、複雑な財務上の義務から辞退しています。
◆必要な知識、技術、人脈を求めて転職
1980年にハーバード大学のビジネススクールを首席で卒業したポールソンは、最も高額な初任給を支払う会社に狙いを定め、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に入社しました。BCGはベイン・アンド・カンパニー、マッキンゼー・アンド・カンパニーと並ぶコンサルBIG3の一角をなす大手です。ここで彼は事業戦略に対する理解などを学びますが、ハーバード大学時代に聴講したジェローム・シュピーゲル・コールバーグ・ジュニア(Jerome Spiegel Kohlberg, Jr. 1925-2015)の講義が頭から離れません。コールバーグは第61回で取り上げたプライベート・エクイティおよびLBO(Leveraged buyout、レバレッジを効かせた企業買収)業界のパイオニアといわれるKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)<KKR>の創設者の一人でした。その講義でコールバーグはLBOで巨額の利益を上げた事例を解説していたのです。
▼コールバーグのKKR(前編)―デリバティブを奏でる男たち【61】
https://fu.minkabu.jp/column/2038
そんなある日、ポールソンはテニス・トーナメントを観戦していると、観客席で偶然コールバーグと出会います。ポールソンはハーバード大学での彼の講義を称賛し、転職の手助けを頼みます。残念ながら当時のKKRには採用枠がなかったため、無理を言って同業である米投資銀行オッペンハイマー・アンド・カンパニー(現在のオッペンハイマー・ホールディングス<OPY>)のレオン・レヴィ(Leon Levy、1925 - 2003)を紹介してもらいました。
レヴィは1976年に50万ドルの運用資金で、米地域スーパーマーケット・チェーンのビッグベア・ストア(1984年にペン・トラフィックが買収し、ペンは2003年に経営破綻)を4000万ドルで買収し、1983年に再上場した際には1億6000万ドルの利益を得るなど、多くの実績を残している実力者です。ここにポールソンは首尾よく就職することができました。
ところが数日後に、レビィとオッペンハイマーの会長、ジャック・ナッシュ(Jack Nash、1929 - 2008)が、オッペンハイマーを辞めて新たなヘッジファンド、オデッセイ・パートナーズ(1997年に解散)を創設することを知ります。ポールソンはオッペンハイマーで働きたいのではなく、レビィやナッシュの下で働きたいと考え、彼らについていくことにしました。ちなみに、第25回で取り上げたミレニアム・マネジメントを率いるイスラエル・アレクサンダー・イングランダー(Israel Alexander Englander)は、ナッシュの義理の兄にあたる人物です。
▼ミレニアムのイジー・イングランダー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【25】―
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ポールソンは、レビィやナッシュの下でリスク・アービトラージ(上場企業間のM&Aに伴う裁定取引)やディストレスト(破綻企業)投資、上場企業の企業再編といった手法を学びます。しかし、自分には資金調達など投資銀行のノウハウがないことに気づかされました。そこで、今度は米名門投資銀行であったベア・スターンズ(2008年にJPモルガン・チェース<JPM>が救済合併)のM&A部門に転職します。ポールソンはベア・スターンズで投資銀行のノウハウを学び、わずか4年で同社の取締役まで昇進しました。
このときベア・スターンズとともにM&A案件を手掛けたグリュス・パートナーズの創業者と親しくなり、1988年にポールソンはグリュスのゼネラル・パートナーに就任します。当時は景気が良くなかったため、彼はディストレスト投資に専念しました。そして、1994年にポールソンは独立を果たします。自己資金や近親者から200万ドルを集め、リスク・アービトラージなどを行うポールソン&カンパニーを設立しました。
創設後は運用資金が殺到すると目論んでいましたが、現実は甘くありません。彼にはしっかりとした運用成績がなかったため、見向きもされませんでした。そこで好景気でも不景気でも良好な運用成績を積み上げるという地道な作業を7~8年続けることで、ようやく注目を浴びるようになり、運用資金も2006年には60億ドル台にまで増えます。しかし、彼は業界のトップを目指し、さらなる飛躍を狙っていました。
◆米住宅不動産市場のバブルを警戒
2005年頃、ポールソンは銀行の融資基準の甘さや金融機関のレバレッジの高さに懸念を抱くようになりました。同時に住宅不動産市場では価格上昇が長期間にわたって続いており、空前のバブルが発生しているとも感じていました。そこで調査してみると、1兆ドル近くも発行されていたサブプライム住宅ローンの証券化商品市場において、崩壊の可能性が高まっていることが分かりました。
ちなみに、日本語で「サブ」と付けば、サブリーダーやサブメンバーなど「副」とか「補」という意味で捉えられています。そのため「プライム」が最優遇貸出先を意味するため、「サブプライム」はそれよりも信用力が1ランク低い程度の貸出先であると勘違いしてしまいそうです。ところが、ここでの「サブ」とはサブマリン(潜水艦)やサブウェイ(地下鉄)など「底」とか「下」という意味ですので、「サブプライム」とは信用力が最下位の貸出先を指しているのです。
しかし、そんなサブプライム住宅ローンの証券化商品が非常に高く評価されていたので、同商品のデリバティブであるCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を買うことにしました。CDSとは、企業の債務不履行(デフォルト)を伴うリスクの保証(プロテクション)を対象としたデリバティブです。デフォルトなどで企業の発行する株式や債券が無価値になってしまうリスクを回避したいCDSの買い手は、継続的な契約料(プレミアム)をCDSの売り手に支払います。もしもリスクが現実となった場合、保証料をCDSの売り手から受け取ることができる取引です。詳細は以下をご参照ください。
▼サバ・キャピタルのボアズ・ワインスタイン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【16】―
https://fu.minkabu.jp/column/1218
(敬称略、後編につづく)