今回は英国の投資会社、ニュースミス・キャピタル・パートナーズを取り上げています。この会社は2003年にマイケル・ジョン・ポール・マークス(Michael John Paul Marks)とポール・デビッド・ロイ(Paul David Roy)、スティーブン・アンソニー・ジマーマン(Stephen Anthony Zimmerman)、チェック・キアン・ロウ(Check Kian Low)、ロナルド・ジョセフ・カールソン(Ronald Joseph Carlson)の5人によって創設されました。
前編ではマークス、ロイ、ジマーマンの3人について紹介しました。後編ではまず、ロウとカールソンの経歴から話を進めていきましょう。
1959年生まれのロウは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで 最優等学位(ファーストクラス・オナーズ)と経済学の修士号を取得しています。卒業後は米名門投資銀行だったメリルリンチ(2008年に経営破綻し、バンク・オブ・アメリカ<BAC>が救済買収)で働き、シニアバイスプレジデント、経営管理委員会のメンバー、アジア太平洋地域の会長など、さまざまな役職を歴任しました。しかし、2003年に退職し、ニュースミスの創設に加わっています。
1950年生まれのカールソンは、米バーモント大学で理学士を取得し、ペンシルベニア大学ウォートン校でMBA(経営学修士)を取得しました。卒業後は米投資銀行ファースト・ボストン(1988年にクレディ・スイスが買収。2023年にUBSグループ<UBS>がクレディ・スイスを救済合併)にてニューヨークとロンドンで15年近く勤務し、資本市場、投資銀行業務、M&Aを専門としていました。1992年にメリルリンチ・インターナショナルのインベストメント・ディレクターに就任し、2001年にはメリルリンチ・ヨーロッパのディレクターを務めます。しかし、2003年に退職し、ニュースミスの創設に参画します。
◆特異なヘッジファンド
2003年に創設されたニュースミスは、創設者全員がメリルリンチ出身であることから、メリルリンチの別動隊とも位置付けられるわけですが、当初から特異なヘッジファンドでした。
本業である資産運用サービスは子会社のニュースミス・アセットマネジメントを通じて行っていました。主力戦略は株式のロングショートと英国株のロングオンリーなどですが、3割程度はマクロ戦略、プライベート・エクイティ戦略に基づいています。銘柄選択は60-70%がトップダウンであり、30-40%をボトムアップで行い、ポジションを取る際に指数オプションや個別株オプションも利用します。時にはコール買いとプット売りを組み合わせ、シンセティック・ロング(先物買いと同じ)ポジションを構築する場合もありました。
2004年からはクレジット市場に参入し、クレジットのロングショートに加え、社債イールド・カーブの変化を利用する相対価値戦略や資本構造プレイ (同じ会社のバランスシートの異なる部分のロングとショート、例えば社債買い・株式売りなど) に取り組みました。
また、ニュースミスは、ストラクチャード・キャピタルマーケットの専門知識の提供といったアドバイザリー・サービスを、子会社のニュースミス・フィナンシャル・ソリューションズを通じて行っていました。具体的には、社債や貸出債権(ローン)などの資産を担保として発行される証券化商品、CDO(Collateralized Debt Obligation、債務担保証券)の早期償還サポートなどです。
加えて、同じ英語圏の米国に進出するのが一般的と考えられますが、ニュースミスは当初よりアジア地域に注目していました。創設の年にはシンガポール事務所を開設し、メリルリンチでアジア太平洋地域の会長を務めていたロウが担当します。2005年には香港事務所を開設、2006年には日本事務所を開設して、40銘柄前後に投資する日本株のロングショート戦略を展開しました。この年になってようやくニュースミスは米国に進出します。
2011年にはニュースミスは、三井住友トラストグループ <8309> [東証P]との資本・業務提携を発表しました。三井住友トラストは3500万ポンド(当時の為替レートで約42億円)で、ニュースミスの株式40%を取得します。お互いの顧客に自分の商品を売り込むほか、ブラジルなど新興国株式を組み込んだ運用商品を両社で共同開発することになりました。また、ロイは三井住友信託銀行のシニアアドバイザーにも就任します。
◆身売りとその後
ニュースミスは2008年にイタリアの銀行グループであるウニクレディトに債務アドバイザリー部門を売却しました。また、マークスとジマーマンが退社した翌年の2015年に身売りを発表します。売却先は第37回で取り上げた世界最大の上場ヘッジファンド運用会社であるマン・グループでした。ニュースミスはマンGLGに統合され、ロイとカールソンもマンGLGに移籍しています。
▼ヘッジファンド業界の総合商社、マン・グループ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【37】―
https://fu.minkabu.jp/column/1615
身売りの後の創業者の足跡を辿ると、最も若いロウの活躍が目立ちます。彼はニュースミスに在籍していた2010年にシンガポール取引所の役員を務め、その後2016年には米ブロードコム<AVGO>の取締役に就任しました。同社は無線(ワイヤレス、ブロードバンド)と通信インフラ向けの半導体製品、ソフトウェアなどを製造販売するファブレス企業です。また、2021年にはシンガポール・テレコミュニケーションズの特別顧問などにも就任します。そのほか、南洋理工大学(NTU)の役員も務めますが、同校はシンガポール国立大学(NUS)とアジア太平洋地域でトップ校を争う優秀校です。
ニュースミスが活動したのは、2003年から2015年のわずか12年間です。しかし、本国英国に加え、日本においても強い存在感を放った企業でした。今後同様の存在感を示す企業が出現しないとまではいいませんが、これほどの面子を揃えた企業は、なかなか現れては来ないかもしれません。(敬称略)