ヘッジファンド業界の総合商社、マン・グループ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【37】―

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◆世界最大の上場ヘッジファンド


 今回は世界最大の上場ヘッジファンド、英マン・グループを取り上げます。2022年6月末現在、1423億ドルの運用資産を誇る同社の歴史は古く、18世紀にまで遡ります。英国生まれのジェームズ・マン(1755~1823年)が1783年に同社を創設したことが起源です。当初の生業は樽の製造と砂糖の仲介事業であり、砂糖協同組合も兼ねていました。創設の翌年には、英国海軍にラム酒を独占的に供給する権益を獲得。1802年に砂糖やラム酒だけでなくココアや珈琲など、取扱商品を拡大させていきました。

 1869年に社名をED&Fマンに変更。これはジェームズ・マンの孫であるエドワード・デスボロとフレドリック・マンのイニシャルに基づいた改名でした。その後、英国海軍向けのラム酒の権益は1970年になくなりますが、その頃には世界最大級の商社に成長していました。1981年には取扱商品の価格変動リスクをヘッジする先物取引仲介事業を始めるなど、金融関連事業にも進出します。

 その後に同社は関連業者を次々と買収し、さらに規模を拡大。1994年にはロンドン証券取引所に上場します。2000年には金融部門をマン・グループとし、商社部門をED&Fマンとして分社化。後者をマネジメント・バイアウト(MBO、経営陣による事業買収)により、非公開企業にしました。現在のマン・グループはマンAHL、マン・ヌーメリック、マンGLG、マンGPM、マンFRMといった主力5社により構成されています。

マン・グループ構成
 

◆マンAHL


 マンAHLは、システマティック・トレーディングのパイオニアであり、モメンタム戦略と非モメンタム戦略の両方で絶対的なリターンを追求しつつ、ロングオンリーで多様な金融商品のクオンツ投資を手掛けています。モメンタムとは本来、「勢い」とか、「惰性」などといった意味ですが、ここでいうモメンタム戦略とは、勝ち組銘柄は勝ち続け、負け組銘柄は負け続けるというパターンの継続に乗じる戦略を指しています。

 いわゆるトレンド・フォロー型の投資スタイルであり、同社は様々な金融商品の先物など、デリバティブを24時間絶えずトレーディングし続けています。このような業者をCTA(Commodity Trading Advisor、商品投資顧問)と言っていますが、マン・グループをCTAの最大手に押し上げているのがマンAHLと言えるでしょう。
 
 また、同社はリスク管理も徹底しており、例えば株式と債券が10分間で同時に下がるようなことがあれば、リスク回避姿勢が高まるサインとみてポジションを大きく減らすといった手法を用います。そのほか、企業経営者や金融当局者などマーケットに影響を与える人物の発言といった話し言葉なども、データに還元して分析する「自然言語処理」を行い、トレンド形成のシグナルにしています。もっとも、話し言葉だけでなく、それらに対するネット上の反応も「自然言語処理」を行い、シグナルにしていると見られます。
 
 こうしたCTAの存在には賛否両論があり、マーケットを上下に大きく揺さぶることが多くなったとの批判がある一方で、彼らが法令やルールに沿った投資行動をしている以上は止めることができず、むしろ豊富な流動性を供給している点を評価すべきとの見方もあるようです。
 

◆AHLの来歴


 1987年に創設された同社のスタートは、ブロッカム証券という英砂糖取引業者のオーナーであるシリル・アダムが、息子のマイケルに各商品価格のチャートを更新する作業を依頼したことです。マイケルはコンピュータが自動的にデータ更新するようにプログラムし、最終的にこの作業はテクニカル指標のプログラム化に発展していきます。ただ、作業が膨大だったことから、オックスフォードの同級生でプログラマーのマーティン・リュックに手伝ってもらいました。

 彼らは当時、英国のロンドン国際金融先物およびオプション取引所(LIFFE)のトレーディング・フロアで経験を積んだ後、CTA(商品投資顧問)であるセイバー・ファンド・マネジメントで働いていたケンブリッジ大学卒のデビット・ハーディングと知り合います。そして、3人で独自のCTAであるAHLを創設しました。もちろん、社名はアダム、ハーディング、ルークのイニシャルに基づいて命名されました。

 その後にAHLはマン・グループの目に留まり、買収されることになります。買収後しばらく3人はAHLで働いていましたが、マン・グループの上場を機に退社。ハーディングはウィントン・キャピタル・マネジメント、ルークはアスペクト・キャピタル・マネジメントというヘッジファンドを創設しました。一方、アダムはマイク・マーリンという名前で音楽活動を始めました。マンAHLは現在、ドイツ銀行<DB>、バークレイズ<BCS>、UBSグループ<UBS>で勤務した後に再入社したマシュー・サルゲイソンが最高経営責任者(CEO)を務めています。
 

◆マン・ヌーメリックとマンGLG


 マン・ヌーメリックは、ほぼすべての株式市場でクオンツ投資を行っています。同社は元々ラングドン・H・ウィラーによって1989年に創設されたヌーメリック・インベスターズという米株専門のクオンツ投資を手掛ける米投資顧問会社でした。ウィラーは「ノーアルファ、ノービジネス(市場平均を上回るリターンがなければ、ビジネスではない)」を唱え、アルファ・ファースト(アルファ最優先)でクオンツ投資を研究、実践していました。

 マン・グループは、北米でのプレゼンスを高めるため、そんなヌーメリックを2014年に買収します。これによりマン・グループはクオンツ投資能力を強化しました。現在、同社は経営学のバイブルと言われる『競争の戦略』で有名なマイケル・ポーター教授の助手をしていたグレゴリー・ボンドが社長兼CEOを務めています。

 マンGLGはグローバル・マクロ戦略を基本とし、株式とクレジットに投資するオルタナティブ(代替)投資やロングオンリー戦略のほか、転換社債(転換社債型新株予約権付社債)と株式による裁定取引、エマージング市場への投資も手掛けています。同社は1995年の英国で、ノーム・ゴッツマン、ピエール・ラグランジュ、ジョナサン・グリーンといったゴールドマン・サックス・グループ<GS>で働いていた3人が、リーマン・ブラザーズのユニットとして創設したGLGパートナーズが始まりです。ここでも社名は創設者のイニシャルがベースになっています。

 2000年にGLGはリーマンからスピンオフされ、2007年にフリーダム・アクイジション・ホールディングスというSPAC(特別買収目的会社)に買収されて上場企業となりました。合併当時の同社は当時ヨーロッパ最大のオルタナティブ投資会社と評価され、2009年にはソシエテ・ジェネラル・アセット・マネジメントUKを買収しています。そんなGLGをマン・グループは2010年に買収しました。

 その後もマンGLGとして、2015年には米投資顧問会社のシルバーマイン・キャピタル・マネジメントや三井住友トラスト・ホールディングス <8309> [東証P]が4割を出資する株式投資顧問会社のニュースミスを買収します。シルバーマインの買収により、同社は米国のクレジット市場のプレゼンスを、ニュースミスの買収により日本市場におけるマンGLGのプレゼンスを拡大する目的があったと見られています。マンGLGは現在、オークリー・キャピタルで投資責任者をしていたテウン・ジョンストンが最高経営責任者(CEO)を務めています。(敬称略、後編につづく
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。