[Vol.1121] リスク「ドルキャリー取引の巻き戻し」とは?

著者:吉田 哲
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原油反落。米主要株価指数の反落などで。77.13ドル/バレル近辺で推移。

金反発。ドル指数の反落などで。1,866.45ドル/トロイオンス近辺で推移。

上海ゴム(上海期貨交易所)反落。22年01月限は14,390元/トン付近で推移。

上海原油(上海国際能源取引中心)反落。22年01月限は489.9元/バレル付近で推移。

金・プラチナの価格差、ドル建てで796.8ドル(前日比4.3ドル縮小)、円建てで2,938円(前日比5円縮小)。価格の関係はともに金>プラチナ。

国内市場は以下のとおり。(11月18日 17時41分頃 6番限)
6,841円/g 白金 3,903円/g
ゴム 225.0円/kg とうもろこし 38,250円/t

●NY金先物(期近) 日足  単位:ドル/トロイオンス

出所:楽天証券の取引ツール「マーケットスピードⅡ」より

●本日のグラフ「リスク「ドルキャリー取引の巻き戻し」とは?」

前回は、「金(ゴールド)上昇。『材料の足し引き』とは?」として、足元の、金(ゴールド)市場の環境を確認しました。

今回は、「リスク「ドルキャリー取引の巻き戻し」とは?」として、足元の、金(ゴールド)相場を押し上げている要因とみられる、リスクの一つについて書きます。

今月初めに行われたFOMCで、米国の中央銀行にあたるFRB(米連邦準備制度理事会)は、金融緩和の縮小(テーパリング。資産の買い入れの段階的な縮小)を決定しました。15日(月)より、買い入れ額の減額が始まっているとされています。

これにより、今後、市中に放出される資金の額が徐々に減少し、来年末ごろには資金の放出が止まる見込みです。

とはいえ、資金の放出が止まったとしても、それまでに買い取ってきた米国債などを売却する、いわゆる「バランスシートの縮小」が始まるまでは、米国は、空前のカネ余りを指す「ジャブジャブ」な状態は続きます。

もう一つ、今月のFOMCで明確になったことは、近い将来「利上げ」が行われることでしょう。「資産の買い入れ」は来年秋にも終了する見込みですが、金融緩和策の一つとして「資産の買い入れ」とほぼセットで行われてきた「低金利」も、遠くない将来、終わりを迎えるとみられます。

FRBはまだ、タイミングを示していませんが、市場は来年2022年に2回程度、利上げが行われることを予想しています。FRBによる利上げは、ドル高要因と目され、ドルと金(ゴールド)の相対関係から、金(ゴールド)にとっては下落要因と言えます。
「資産の買い入れ」の終わりが始まり、「利上げ」が現実的になった今もなお、足元、金(ゴールド)相場が上昇しているのは、[Vol.1120]で述べたとおり「各種リスク拡大」と「インフレ懸念」が、株高・ドル高から生じる下落圧力を相殺して余りある上昇圧力を生んでいるためだと、考えられます。

「各種リスク拡大」の「各種の一つ」に挙げられるのが、「利上げ」が始まることで想定される「ドルキャリー取引の巻き戻し」です。以下の図のとおり、「ドルキャリー取引」の巻き戻しは、新興国からの資金引き上げを意味します。

「ドルキャリー取引」とは、低金利のドルを借り入れて、高金利の金融商品や、新興国の企業へ投資をしたりすることです。そしてその巻き戻しとは、こうした金融商品や企業から資金を引き上げることです。

FRBが利上げを実施した場合、投資中の高金利の金融商品の優位性が低下する、借り入れている資金(ドル)の金利コストが上昇する、などの理由で、新興国の株式や債券、新興国企業の投資案件からの資金引き上げが加速すると、考えられます。

今年の春ごろ、一部の主要メディアは、今後「ドルキャリー取引」の巻き戻しが目立ち、新興国からの資金引き上げが加速する可能性があることを報じていました。

米国の実質金利のマイナス状態が長期化していることを背景に、1月から5月の新興国の株式・債券への資金流入が今年、これまでの20年間で最大となったとのことでした。

これまで、コロナ禍からの経済回復や投資収益の拡大などを目指し、「ドルキャリー取引」が大きな規模で行われてきましたが、大きな規模であったがゆえ、巻き戻しの規模が大きくなる(新興国経済(引いては世界経済全体)が受けるダメージが大きくなる)と、考えられます。

テーパリングを決定したFOMCを経て、市場は少しずつ、「ドルキャリー取引の大規模な巻き戻し」により、新興国経済(引いては世界経済全体)が大きなダメージを被ることを不安視し始めたと、筆者は考えています。

米国における「利上げ」というテーマは、「利上げ」→「ドル高」→「金(ゴールド)安」という、教科書的なシナリオだけではなく、「利上げ」→「ドルキャリー取引の巻き戻し」→「新興国経済(世界経済)の悪化」→「金(ゴールド)高」というシナリオに結び付くことに、留意が必要です。

今後、巨大に膨れ上がった「ドルキャリー取引の巻き戻し」が始まることを示唆する報道が目立ち始めた時、金(ゴールド)相場は、上値を伸ばす可能性があると、考えます。

図:ドルキャリー取引とその巻き戻しの仕組み

出所:筆者作成

 

このコラムの著者

吉田 哲(ヨシダ サトル)

楽天証券経済研究所 コモディティアナリスト
1977年生まれ。2000年、新卒で商品先物会社に入社。2007年よりネット専業の商品先物会社でコモディティアナリストとして情報配信を開始。2014年7月に楽天証券に入社。2015年2月より現職。“過去の常識にとらわれない解説”をモットーとし、テレビ、新聞、雑誌などで幅広く、情報配信を行っている。2020年10月、生涯学習を体現すべく、慶應義塾大学文学部第1類(通信教育課程)に入学。