デリバティブを奏でる男たち【58】 バリアズニー・アセットのドミトリー・バリアズニー(後編)

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◆危機的な状況


 今回は米国でマルチ・ストラテジーを展開するヘッジファンド、バリアズニー・アセット・マネジメントを創設したドミトリー・バリアズニーを紹介しています。トレーダーとして安定的な収益を確保できるようになったバリアズニーは、リーガル面に強いスコット・シュローダーと、マネジメントに長けたテイラー・オマリーとで社内にチームを編成。2001年にバリアズニー・アセット・マネジメントを創設して独立しました。同社はマーケットが荒れていても利益を計上し続けたことで、運用資産が膨れ上がります。
 
 ところが、2018年になって運用成績が悪化し、資金流出にも見舞われて運用資産は半減してしまいました。その要因として、主戦略であった株式のロング・ショートが上手く機能しない投資環境が続いたこと、ポートフォリオ・マネージャーやそれをサポートするアナリストが不足していたために巨額の運用資産に見合う利益を稼ぎ出すアルファ(投資対象資産の指標であるベンチマークを上回るリターン)を逸早く見出すことができなかったこと、そしてリスク管理の曖昧さなどが挙げられます。
 
 つまり、同社は新興企業にありがちな、会社の成長スピードにインフラが追いつかない状態に陥ってしまい、それに気づくのも遅かったようです。ところが、そのような厳しい状況にもかかわらず社内では危機感が感じられなかったことから、苛立ったバリアズニーは「Adapt or Die(適応するか、死ぬか)」という件名の電子メールをスタッフに送って檄を飛ばします。これが第8回で取り上げた同業者のシタデルを率いるケネス・コーデレ・グリフィンの知るところとなりました。報道によると、グリフィンは同社の従業員向けミーティングで、そのメールをスクリーンに映し出し、「会社の文化が悪いと、こういうことが起こり得る」と語ったそうです。

 

◆事業再生


 この危機的な状況を打開するため、バリアズニーのチーム編成能力が発揮されました。まずは全従業員の約2割に当たる125人を解雇し、90人のポートフォリオ・マネージャーやアナリストを新しく雇い入れます。そして、シタデルで株式運用のグローバル責任者を担当していたジェフ・ランフェルトを引き抜き、グローバル株式部長に任命するなど、アルファを生み出す投資アイデアの質と量の両方を強化しました。更にはシタデルでチーフ・リスク・オフィサー兼グローバル・ポートフォリオ構築責任者を長年務めていたアレックス・ルリーも引き抜いて最高リスク責任者に任命。リスク管理の考え方を刷新しました。それまで同社では損失軽減の手法と見なされていたリスク管理を、ポートフォリオ管理プロセスに組み込むことにより、ボラティリティ・ターゲット・モデルが導入され、アルファを生み出すツールとして使えるようになった、といいます。

 こうしたチーム再編と投資プロセスやリスク管理の刷新などにより、トレンド・フォロワーが積極的に賭けるようなモメンタム(市場の勢い)リスクを減らし、マーケットの変動リスクも減らしました。その結果、バリアズニー・アセットは従来のデイトレード専門店から、本格的なヘッジファンドへと変貌していきます。その過程で悪化した運用成績が回復に向かっただけでなく、顧客層も大きく変わり、これまでの個人富裕層から、ファンド・オブ・ファンズや年金基金、政府系ファンド、企業年金などを含む機関投資家へと移行しました。

 

◆更なる再編


 その後もチーム再編は続き、2022年には同社の主力ファンド、アトラス・エンハンスト・ファンドの一部の資金で、未公開企業に投資する新部門BAM(バリアズニー・アセット・マネジメント)エレベートを設立。ここにタイガー・カブ(第2回で取り上げたタイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソンの弟子)のフィリップ・ラフォンが率いるコーチュ・マネジメントの元パートナーであったジェイミー・マクガークや、グレイド・ブルック・キャピタルのジョン・ポール・ヴァン・アースデールが加わりました。彼らは未公開企業への投資や融資を得意としています。また、ゴールドマン・サックスの元商品指数・農産物トレーディングのグローバル責任者、ダン・デイトンを迎えて商品チームの増強を進めたほか、マクロチームの強化も図りました。

 そのためマルチ・ストラテジーを展開する同社の戦略ウェイトは、株式のロング・ショート戦略7割から、2023年現在ではプライベート・エクイティ、コモディティ、グローバル・マクロの3部門合計で全体の5割以上を占めるようになります。加えて、システマティックな株式投資やコモディティへの積極的な投資を計画しており、他社の外国為替デリバティブ・トレーダーやクオンツ・トレーダーを取り込んで、データチームとテクノロジーチームも劇的に拡大させるとのことです。

 このように数多くの戦略チームを抱え込むことにより、地合いに応じて様々な戦略に素早くスイッチすることが可能になることでしょう。もっとも、地合いが総じて悪く、どの戦略も機能しなくなると途端に、多様なインフラはコスト負担が大きくなってしまいます。景気が良い時に手を広げ過ぎたため、景気が悪くなった途端に資金繰りが行き詰まるといった新興企業にありがちな失敗を避けるために、今後もバリアズニーのチーム編成能力が試されます。(敬称略)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。