デリバティブを奏でる男たち【59】 マイケル・スミスのCVCキャピタル(後編)

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◆スミスの引退と後継者たち


 今回は世界最大級のプライベート・エクイティ(未公開株式)投資会社、CVCキャピタル・パートナーズを取り上げています。同社はマイケル・スミスらによって、1993年にシティコープ(現在のシティグループ、1998年にトラベラーズ・グループと合併)からスピンアウトした組織です。前回も示した通り、同社が深く携わるプライベート・エクイティ業界は、スミスがシティコープに入社した1982年頃が草創期にあたり、その後ブームを迎えます。1990年代初頭には不況で落ち込む場面もありましたが、その後はバブルになりました。ITバブルの崩壊とともに厳しい局面を迎えますが、2000年代半ばに再びブームとなり、またしてもリーマン・ショックで大きく落ち込む、といった浮き沈みを繰り返しています。
 
 このような業界においてCVCは、着実に規模を拡大させていきましたが、創業から20年の節目となる2012年にスミスの引退が発表されました。その理由について詳細ははっきりしませんが、タイミングとしては前回に取り上げたオーストラリアのメディアグループ、ナイン・エンターテインメントへの投資失敗と重なります。このスミスの引退に合わせて、共同創業者で米国出身のブルース・ハーディ・マクレインも引退しました。スミスが引退した後は、共同創業者の中からドナルド・マッケンジー、ロリー・ヴァン・ラパード、スティーブン・フレデリック・コルテスの3人が共同会長に就任しています。
 
 マッケンジーはグループ取締役会の議長を務め、投資委員会およびポートフォリオ委員会の委員長も引き続き務めます。公認会計士の資格を持つ彼は、スコットランドのダンディー大学で法律を学んだ後、英国のプライベート・エクイティ会社3iグループに勤務。1988年にCVCに参加しました。

 一方、ラパードは、プライベート・エクイティ事業の日常的な経営に責任を負う2つのプライベート・エクイティ取締役会(欧州・北米とアジア太平洋)の議長を引き続き務めます。オランダ生まれの彼は、ニューヨーク州のコロンビア大学で経済学の修士号を、オランダのユトレヒト大学で法学の修士号を取得した後、ロンドンとアムステルダムのシティコープ・コーポレート・ファイナンスに勤務。1989年にCVCに加わっています。

 そして、ドイツ語圏担当だったコルテスは、2つのプライベート・エクイティ取締役会の共同責任者に就任。スミスが担当していたIR事業も引き継ぎました。彼は米バーモント州のミドルベリー大学で美術の学士号を取得した後、シティコープのロンドン、チューリッヒ、ニューヨークで、コーポレート・ファイナンス、およびコーポレート・バンキング部門に勤務。ロンドンで優先株や劣後ローンなどを取り扱うメザニン・ファイナンス部門の設立に関わります。CVCに参加したのは1988年でした。もっともコルテスは2022年に引退しています。

 

◆日本での活躍


 このようなCVCですが、日本でも2000年に業務を開始して、幾つかの投資案件に関わっています。古いところでは2006年に当時、国内最大規模のMBO(Management Buyout、経営陣による企業買収)となるファミリーレストラン最大手すかいらーくを、野村ホールディングス <8604> [東証P]傘下の野村プリンシパル・ファイナンスと共同で買収しました(すかいらーくは同年上場廃止)。しかし、2009年にCVCは借入金を返済できず、借入先の中央三井キャピタル(2007年に現在の三井住友トラスト・ホールディングス <8309> [東証P]が子会社化)が、CVCの保有するすかいらーく株を取得しています。2010年に経営権は米系のプライベート・エクイティ投資会社ベインキャピタルに移り、すかいらーく(現在のすかいらーくホールディングス <3197> [東証P])は2014年に再上場を果たしました。
 
 また、CVCが絡む案件として、最も有名なのは東芝 <6502> [東証P]の買収案件でしょうか。ベインキャピタルとともに2021年4月、時価より約3割高い1株5000円でTOB(Take Over Bit、株式公開買い付け)を提案と報じられました。東芝は2015年に粉飾決算が発覚。2017年には債務超過に陥り、市場第一部銘柄から市場第二部銘柄へ指定替えとなります。同年に約6000億円もの第三者割当増資で経営危機を免れますが、その際に増資を引き受けた多くのアクティビスト(物言う株主)と、コーポレートガバナンス(企業統治)や資本政策などを巡って対立していました。これを解決すべく当時の東芝、車谷暢昭・社長兼最高経営責任者(CEO)が調整役になっていたようです。


東芝 <6502> 月足


 
 ところが、この案件には多くの障害がありました。その障害とは、まず東芝が原子力など国の経済安全保障に関わる「コア業種を営む上場会社」に指定されていたことです。改正外為法が2020年5月に施行され、外国投資家が「コア業種を営む上場会社」の1%以上の株式を取得する際は事前審査が必要となり、場合によっては変更・中止の勧告や命令を受けることになります。この問題を解決すべくCVCは、政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)や政策金融機関の日本政策投資銀行(DBJ)にも投資連合への参加を呼びかけようとしました。

 また、この案件は株式の非公開化を前提としていましたが、東芝は2021年1月に市場第二部から市場第一部へ指定されたばかり。それを今度は非上場とすることに東芝の役員は強く抵抗し、「受け入れがたい」といった感情的な問題もあったようです。CVCのようなプライベート・エクイティ投資会社が買収するとなれば、数年後の再上場を視野に入れてのことでしょうが、その数年間に東芝役員の地位が安泰でなくなるとなれば、このような案件は受け入れがたいものだったのかもしれません。
 
 加えて、この買収案件が発覚すると同時に、車谷社長兼CEOの辞任と綱川智会長の後任就任が発表されました。車谷社長は元々、三井住友フィナンシャルグループ <8316> [東証P]の副社長執行役員でしたが、2017年にCVC日本法人の会長兼共同代表に就任。そして、2018年に東芝の社長兼CEOとなった人物です。更に当時の藤森義明・東芝社外取締役はCVC日本法人の最高顧問を務めており、「利益相反の疑義を抱かれかねない側面」がある、などと報じられました。これらの障害によりCVCの東芝買収は実現しませんでした。

 

◆CVCの上場予定と今後


 CVCは、第33回で取り上げたレオン・デイビッド・ブラックらが創設したアポロ・グローバル・マネジメント、スティーブン・アレン・シュワルツマンが共同で創設したブラックストーン、ウィリアム・エリアス・コンウェイ・ジュニアらが創設のカーライル・グループといった大手同業他社とは異なり、2023年7月時点で非上場ですが、2022年には新規株式公開(IPO)を決断しています。ただ、時期について明確な決定を下しておらず、上場は市場のセンチメント次第である、と関係者は述べているそうです。

アポロ・グローバル・マネジメント 月足


ブラックストーン 月足

 

カーライル・グループ 月足


 前編の冒頭でCVCが「2023年7月には世界的な金利上昇という厳しい局面にもかかわらず、260億ユーロ(同286億ドル)の資金調達に成功した」ことに触れました。しかし、プライベート・エクイティの買収額は2023年に50%以上も減少するとみられています。また、ほぼゼロ%水準から約1年半の間に5%台へと過去に例がないくらいのスピードで米国の利上げが実施されており、2023年から借り換えを実施する企業にとって金利負担が極端に大きくなることが考えられます。CVCのようなプライベート・エクイティ投資会社が投資対象としている企業は急成長をしているだけに、そうした急激な経営環境の悪化に耐えられなくなることも十分に想定され、そこが引き金となってクレジット・クランチ(信用収縮)が始まる可能性もあります。

 これを狙って債券投資大手の米パシフィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO)は、1年がかりでプライベート・クレジット(未公開企業融資)部門を強化したとのこと。クレジット・クランチが現実となれば、プライベート・エクイティ業界にも波及するでしょうし、CVCは上場どころではなくなるはずです。今後のプライベート業界がどのような展開になるのか、よく見ておく必要がありそうです。(敬称略)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。