デリバティブを奏でる男たち【64】 フィリップ・ラフォンのコーチュー・マネジメント(後編)

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 今回はタイガー・カブ(子トラ)であるフィリップ・ラフォンのコーチュー・マネジメントを取り上げています。タイガー・カブとは、第2回で取り上げたジュリアン・ハート・ロバートソン・ジュニア(1932-2022)が率いたタイガー・マネジメント出身のヘッジファンド運用者を指します。消費者向けテクノロジー企業などTMT(テクノロジー・メディア・通信)分野への投資に特化したコーチューを1999年に創業して間もなく、ITバブル崩壊に見舞われたラフォンは、2003年に入社した弟のトーマスとともに苦難を乗り越えていきました。

 コーチューは中国のIT関連企業に注目し、2004年に香港市場に上場した騰訊控股(テンセント)を上場の時に仕込みます。株価は2021年までに900倍以上となりました。また、米アップルにも投資します。フィリップは同社の従業員となることに何度も失敗しましたが、投資家となることで同社の発展を享受しました。この点について後に「欲しいものは、別の扉から手に入ることもある」と語っています。

アップルの月足チャート

 

◆未公開企業への投資


 やがてコーチューは、同じタイガー・カブのチェイス・コールマン率いるタイガー・グローバル・マネジメントの後を追うように、ユニコーンなど未公開企業への投資を始めました。ユニコーンとは、本来「一角獣」とも呼ばれる馬に似た神話上の架空動物ですが、ここでは創業10年未満かつ評価額10億ドル以上の未公開ベンチャー企業を指します。これら投資対象へのデューデリジェンス(資産査定)について、タイガー・グローバルは米戦略コンサルティング会社であるベイン・アンド・カンパニーなどに委託しています。ベインはマッキンゼー・アンド・カンパニー、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)とともにコンサルBIG3の一角をなす大手です。

 一方、コーチューではBCGの元社員を中心に社内でリサーチ・チームを立ち上げ、自前でデューデリジェンスを行うことにしました。もっともコーチューが得意とする分野の未公開企業はシリコンバレーが中心になりますが、同地域で強いネットワークは持っていませんでした。そのため、米大手タレント事務所のクリエイティヴ・アーティスツ・エージェンシー(CAA)で働いていたトーマスが、以前に一緒に仕事をしていた数多くの芸能人やスポーツ選手といった有名人を、投資対象の創業者に紹介するといった裏技を駆使しながら投資を受け入れてもらいます。また2013年以降は、中国を中心とするアジアでも未公開企業への投資を強化するため、同地域で腕利きのベンチャー投資マネージャーなどを引き抜いています。

 そして、中国を中心とするアジアに強いネットワークを持っていることも、シリコンバレーで投資を受け入れてもらう際の強みにすべく、スタートアップイベント「イースト・ミーツ・ウエスト・カンファレンス」を主宰。国境を越えた東西テクノロジー企業の著名人や有名人らの情報交換の場を提供します。加えて、投資対象の範囲を消費者向けテクノロジー企業のほかフィンテック、企業向けソフトウェア、ヘルスケア、暗号資産などへも広げていきました。こうした努力の結果、シリコンバレーではオンライン金融サービスのレンディングクラブ、ビジュアル・メッセージング・アプリのスナップ、宅配サービスのドアダッシュへ投資。中国ではフードデリバリーサービスの美団(メイトゥアン)、配車サービスの滴滴出行(ディディ・グローバル、2022年6月に米国上場廃止)など、後に上場を果たした数多くの未上場企業に投資することができました。

レンディングクラブの月足チャート

 

スナップの月足チャート

 

ドアダッシュの月足チャート

 

◆厳しい文化と10年後の未来


 さらにコーチューは2017年、活動範囲をクオンツにも広げます。膨大な時間とコストを費やし、ビッグデータへの取り組みを強化すると発表。結成されたクオンツ・チームは2018年は好成績でしたが、2019年は振るわず。2020年も苦戦したことから、その年の半ばには資本を回収され、解体されてしまいました。いたたまれなくなった担当者は2021年に退社してしまいます。かようにコーチューは能力主義が徹底されている極めてシビアな文化が醸成されており、そのためなのか、離職率が比較的に高いとみられているようです。

 このようなコーチューは、創業者のフィリップ・ラフォンをトップにして、弟のトーマスと同社のシニア・マネージング・パートナーであるダニエル・センフトが経営をサポートしています。センフトは2000年にスイスのサンクトガレン大学で経済学の学位を取得した後、2003年に米イェール大学で経済学と数学の学位を取得しました。大学卒業後は戦略的コンサルBIG3の一角をなすマッキンゼーに就職しますが、2012年からコーチューで働いています。

 フィリップは2022年1月の株価急落を受けてマクロ環境に神経質となり、コーチューのポジションの7~8割を現金化しました。彼に言わせると、こうした厳しい環境下での最善策は10年ごとに起きる地殻変動を特定することだそうです。つまり、景気循環のジュグラー・サイクルが山から谷に向かう場面、あるいは谷から山に向かう場面を見極める、ということなのでしょう。

 そして、10年後の勝者はFAANG(メタ・プラットフォームズ、アマゾン、アップル、ネットフリックス、アルファベット)ではなく、電気自動車やAI(人工知能)、天候テクノロジーなどであると考えているようです。つまり、多くの電気自動車がソーラーパネルで走り、AIが各個人に特化したコンテンツを提供し、各家庭が個別の発電所となって電力を提供するといった未来を想定しているとのこと。その中心的な存在が半導体だと考え、今後はそうした未来に向けてポジションを構築していくべく、手を出すタイミングを見計らっているのでしょう。かような見立てが的中するかどうか、10年先が楽しみです。(敬称略)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。