デリバティブを奏でる男たち【68】 アッベン後のバリューアクト(後編)

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 今回はアクティビストとして日本でも活躍しているバリューアクト・キャピタル・マネジメントを取り上げています。バリューアクトが2023年11月にリクルートホールディングス <6098>の株式1800万株超(発行済み株式数の1%強)を取得したと発表して話題になったことは記憶に新しいところです。

 同社を創業したジェフリー・ウィリアムズ・アッベン(Jeffrey Ubben)は、大学卒業後に大手資産運用会社フィデリティ・インベストメンツに勤め、そこで伝説的な投資家ピーター・リンチに師事します。アッベンは彼から業界構造を徹底的に調べて優位性を見いだす新しいアイデアと、投資先に電話して徹底的に話し合うことの重要性を学びました。

 その後、ブルーム・キャピタル・パートナーズにて、アッベンは戦略的ブロック投資を学びます。戦略的ブロック投資とは、割安な企業に投資するとともに経営陣の注意を株主価値の向上に集中させ、株価上昇へと結びつける手法です。それはアクティビスト(物言う投資家)に一見似ていますが、敵対的というわけではなく、必要ならば自ら投資先の役員となってエンゲージメント(対話)を行い、内側から投資先を変えていこうとする投資スタイルです。これらの学びからバリューアクトが誕生しました。

 バリューアクトの投資先は特定の業種に偏っているわけではありませんが、製造業、ヘルスケア、情報技術の3分野が多いほか、金融サービス、ビジネス・サービス、消費財などにも投資します。ただ、投資先の経営陣に聞く耳を持ってもらえるよう、発行済み株式数の少なくとも5%、多い時は20%を保有するほどの集中投資を行います。かような独自の投資スタイルが奏功し、バリューアクトは拡大していきました。2017年にアッベンは同社のCEO(最高経営責任者)に就任。しかし、2020年にはその座をメイソン・モーフィットに譲り、彼自身は会長となって主要ポートフォリオの日常的な監督から退きます。

 

◆特殊なESG投資に特化


 アッベンは、バリューアクト内でESG投資に特化したスプリング・ファンドを立ち上げて運用を始めました。ESG投資とは投資先を評価する軸として環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3要素を重視する投資スタイルをいいます。その手法は様々ですが、世界のESG投資の統計を発表しているGSIA(Global Sustainable Investment Alliance、世界持続可能投資連合)は、「インパクト・コミュニティ投資」、「ポジティブ・スクリーニング/ベスト・イン・クラス」、「サステナビリティ・テーマ投資」、「国際規範スクリーニング」、「ネガティブ・スクリーニング」、「ESGインテグレーション」、「エンゲージメント/議決権行使」の7つに分類しています。

 ESG投資の投資額は全体として2020年に約35.3兆ドルでピークアウトした後、2022年では米国を中心に大きく落ち込み約30.3兆ドルに減少した、などと報じられています。人気の戦略も2018年までは、投資に不適切とみられる特定の業界を投資対象から除外する「ネガティブ・スクリーニング」が主流でした。2020年には財務情報だけでなくESG情報などの非財務情報を織り込んで判断する「ESGインテグレーション」が流行りましたが、2022年には新規投資が減ったせいか、株主提案や議決権行使などを通じて投資対象企業に直接働きかける「エンゲージメント/議決権行使」が多くなっています。

 もっとも、アッベンのESG投資はかなり特殊でした。例えば、「ネガティブ・スクリーニング」によって除外されるような企業にも投資します。次にエンゲージメントや議決権行使などを駆使して、「ポジティブ・スクリーニング/ベスト・イン・クラス」で選ばれるような、ESGに優れた企業へと変身させ、投資収益を得るといったスタイルでした。やがてアッベンは、この投資スタイルに特化するためバリューアクトを退職し、インクルーシブ・キャピタル・パートナーズを創設します。

 

◆バリューアクトの日本株投資


 アッベンからCEOの座を譲り受けたモーフィットの生い立ちですが、米国外交官の息子としてインドとインドネシアで育ち、中学生のときに家族でワシントンに移住。プリンストン大学を卒業した後、アッベンと出会ったのはスイスの投資銀行クレディ・スイス(2023年にUBSグループが救済合併)でリサーチ・アナリストとして働いているときでした。また、モーフィットとともに同社のグローバル・フラッグシップ・ファンドなどを約10年間運営してきたのが、デイビッド・ロバート・ヘイルです。彼は世界的な経営戦略コンサルティング会社パルテノン・グループ(現 EYパルテノン)から子会社のストラテジック・バリュー・キャピタルのアナリストを経て、2011年からバリューアクトで働いています。

 彼らは2018年頃から日本企業に目を付け、まずはオリンパス <7733>から投資を始めました。2011年に発覚した粉飾決算で経営危機にあった同社株を5%以上取得したとして、2018年5月に大量保有報告書を提出。同年秋にはヘイルが取締役となって同社の改革に貢献。株価は約4年半でおよそ4倍になりました。

オリンパス <7733> 週足


 また、2020年に半導体材料大手のJSR <4185> にも投資。発行済み株式数の9%以上を取得し、ヘイルは社外取締役に選任されました。2023年6月にJSRは政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)から、1株4350円で株式公開買い付け(TOB)の提案を受けます。それにバリューアクトは賛同、投資収益は2倍以上と試算されました。こうした功績からヘイルはバリューアクトの共同CEOに抜擢されます。

JSR <4185> 週足


 もっともエンゲージメントが上手くいかなかった例もあります。それはセブン&アイ・ホールディングス <3382> への投資でした。2021年5月に発行済み株式数の4.4%を取得したことを公表。コンビニエンスストアや総合スーパーなど多くの事業形態を持つコングロマリット構造を維持することは収益にマイナスの影響を与えるとし、コンビニ事業のスピンアウトを提案。経営資源を集中させることで、時価総額は倍以上になると主張します。

 しかし、セブン&アイ側は、この提案では祖業が縮小均衡になってしまうことを懸念したのか、スーパー事業の切り離しがコンビニの競争力を落とすと反論しました。両者とも譲らず、バリューアクトは井阪隆一社長ら4人の取締役を外すことを求めて株主提案を行い、創業以来2度目となる委任状争奪戦(プロキシー・ファイト)に突入します。結果はバリューアクトの提案が却下されました。一方、これを機会にセブン&アイは採算の悪い店舗の閉鎖や百貨店のそごう・西武の売却を進めますが、そごう・西武労働組合はこれにストライキで反対する事態となりました。

セブン&アイ・ホールディングス <3382>  週足


 このようにバリューアクトのスタイルは必ずしも受け入れられるわけではありませんが、米国株式市場だけでなく、東京株式市場においても着実にその存在感を増しているようです。今後の活躍に期待したいところです。(敬称略)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。