デリバティブを奏でる男たち【71】 ゲルバンドのエクソダスポイント(後編)

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 今回は、マイケル・ロバート・ゲルバンド(Michael Gelband)が2017年に立ち上げたエクソダスポイント・キャピタル・マネジメントを取り上げています。同ファンドの立ち上げの際にゲルバンドは、ニューヨークとロンドンにおいて株式と債券をまたいで取引する30チームを擁することを目標にしていました。そのため、古巣のミレニアム・マネジメントだけでなく、多くの同業他社や投資銀行からも人材を大量に引き抜きました。しかも、大量であるのは人材ばかりでなく、運用資金も80億ドル集めており、当時としては過去最大規模の立ち上げとなっています。それまでは2006年に63億ドルを集めたジャック・リーダー・マイヤー率いるコンベクシティ・キャピタル・マネジメントが過去最大だったようです。

 また第70回では、ロバート・ジェイン(通称ボビー・ジェイン)が新しく立ち上げようとしているマルチ・ストラテジーのヘッジファンド、ジェイン・グローバルに対して「これほどの規模となると、運用資金はスタートアップのヘッジファンドとしては過去最高の100億ドルが集まるのではないか」といった予想がされていることに触れました。しかし、その後の報道でジェインは、50億ドルから60億ドルの資産でファンドを立ち上げることを目指している、と語ったそうです。この報道通りであれば、依然として過去最大の立ち上げはエクソダスポイントということになるでしょう。
 

◆同じリーマン出身者


 前編でも触れた通り、エクソダスポイントにはゲルバンドが以前に重責を担っていたリーマン・ブラザーズの仲間も多数集められました。その中にはミレニアムにおいて、ともに共同最高投資責任者(CIO)であった株式部門の責任者イ・ヒョンスン(通称Hyung Lee:ヒョン・リー)も含まれています。ヒョン・リーは米ペンシルベニア大学ウォートン・スクールで経済学の学士号を取得した後、米バンク・オブ・ニューヨーク(2007年に米メロン・ファイナンシャル・コーポレーションと合併してバンク・オブ・ニューヨーク・メロンとなる)でトレーダーを務めていました。その後は15年間リーマン・ブラザーズに勤務し、アジア太平洋地域の資本市場責任者として株式部門と債券部門を統括するなど、さまざまな役職を歴任しますが、リーマン破綻後はゲルバンドと同様にミレニアムに転籍しました。

 また、リーマン・ブラザーズで債券の花形トレーダーだったジョナサン・ホフマンもエクソダスポイントに加わります。ホフマンは1972年に米ペンシルベニア州で生まれました。彼の実家は、米中堅製菓会社フランクフォード・キャンディ・アンド・チョコレート・カンパニーを営んでいます。同社はウサギ型のチョコレートのほか、スポンジ・ボブやラグラッツ、ザ・シンプソンズなど、ライセンスを供与されたキャラクターのお菓子を製造しています。彼は1994年に地元のペンシルベニア大学で経済学を学んだ後、ウォートン・スクール・オブ・ビジネスでMBA(Master of Business Administration、経営学修士号)を取得する予定でしたが、代わりにリーマン・ブラザーズに就職しました。いずれは家業に加わることを想定していたそうですが、国債のトレードで稼ぐようになり、遂には同社のトップトレーダーとして、通称ジョニーHと呼ばれるようになりました。2007年と2008年の金融危機の際には7.5億ドル以上も稼ぎます。

 それでもリーマンが破綻してしまったため、ホフマンは同社の北米事業を引き継いだバークレイズ・キャピタルに移籍しました。バークレイズでは2009年から2013年にかけて11億ドル以上も稼ぎましたが、当局の規制により金融機関の自己売買取引が制限されて稼ぎづらくなったのか、退職することになります。2年間の休暇を経て自己資金の運用を始めますが、元上司のゲルバンドがエクソダスを創設する際に合流しました。

 

◆成績は冴えないが、資金は集まる


 エクソダスポイントはスタートアップのファンドとして過去最高の運用資金を集めたことで注目されましたが、その運用成績は同業他社と比較すると冴えません。そのためか創業数年で多くの人材が流出する一方で、相変わらず同業他社や投資銀行などから人材を引き抜くなど、人の出入りが激しく、端から見て落ち着かない状態のようです。しかし、2020年に運用資金の追加募集をしたところ、30億ドルもの資金が集まり、そのうちの約8割は既存の投資家からもたらされたものでした。投資家は派手な運用成績よりも安定した運用成績を求めており、エクソダスポイントは、その期待には応えているようです。

 マルチ・ストラテジーのエクソダスポイントは、主に金利、クレジット、マクロ、アービトラージとシステマティック、クオンツ、株式ロング・ショートといった6つの戦略を用いていますが、これまでの稼ぎの多くはホフマンによる国債を用いた戦略が中心であり、株式を用いた戦略の運用成績は良くないようです。しかし、ゲルバンドは株式の部門を閉鎖するわけでなく、むしろ力を入れています。これは同じ戦略がいつまでも稼げるわけではないと考えているためでしょう。

 「一匹狼」を自称するホフマンの投資スタイルは、マクロ環境などから考えられる金利見通しに基づくわけでなく、価格推移を示す曲線の見通しに基づいて取引を行う直感的なものだといわれています。特に最近は、国債のベーシス・トレード(現物と先物の裁定取引)での稼ぎが目立っているそうです。裁定取引は基本的にリスクが小さいものの、ベーシス・トレードの場合、投資銀行などのプライム・ブローカーを通じて、現物買いの国債を担保に資金調達し、更にベーシス・トレードを繰り返します。その際のレバレッジは通常50倍ともいわれています。このときにマーケットが荒れると、現物と先物の差が大きく広がってしまう可能性があります。そのような場面では金利も急騰することが考えられ、ポジションの評価損や金利負担の急増などから巨額な追加資金の提供を求められます。それに応えることができなければポジションを急いで縮小するため、一層マーケットが荒れる原因となります。

 このようなことが最近のマーケットで見られるようになりましたので、第70回でも触れた通り、米証券取引委員会(SEC)は、ヘッジファンドが金融安定にもたらす潜在的なリスクについて、より監視を強化するための規制を設けました。となると、稼ぎ頭のベーシス・トレードではいずれ稼げなくなるはずです。投資環境の変化に対応しながら、エクソダスポイントが今後も安定した運用成績を叩き出すことができるかどうか、注目され続けることでしょう。(敬称略)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。