デリバティブを奏でる男たち【75】 バーチュのヴィニー・ヴィオラ(後編)

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 今回はヴィンセント・ジェームス・ヴィオラ(Vincent James Viola:通称ヴィニー・ヴィオラ)、および彼が共同創設者兼会長を務めるバーチュ・ファイナンシャルを取り上げています。

 米陸軍を退役した後、ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX、現在はCMEグループの傘下)で働き始めたヴィオラは、強いリーダーシップを発揮し、NYMEXの要職を務め、会長にまでなりました。また、次々と市場関連会社を立ち上げます。前編でも触れた通り、先物取引業者としてパイオニア・フューチャーズ(後に売却)、地方銀行業者としてファースト・バンク・グループやインディペンデント・バンク・グループ(後に上場)、マーケット・メイカーとしてサラトガ(後に売却)やマディソン・テイラーなどを創設しました。
 

◆バーチュ創設


 そして、ヴィオラは2008年に、マーケット・メイカーとしてバーチュを、ダグラス・A・シフとともに設立します。2011年には、テクノロジーに焦点を当てたプライベート・エクイティ会社であるシルバー・レイク・パートナーズの支援を受けて、バーチュとマディソン・テイラーを合併させました。これによりバーチュは世界の5大高頻度トレーディング(HFT、High Frequency Trading)会社の1つになります。加えて、同業他社のコーエン・キャピタル・グループも買収し、当時は米ニューヨーク証券取引所に次いで2番目に大きかった米アメリカン証券取引所(通称アメックス)において、最大のマーケット・メイカーとなりました。

 アメックスは2008年にNYSEユーロネクストに買収され、2017年からはNYSEアメリカンという名称になっています。ちなみに、米国において2021年6月現在、以下のように16の証券取引所が運営されています。このほか証券を取引するプラットフォームとして、機関投資家から受託した注文を自己勘定注文で対応する代替取引システム(ATS、Alternative Trading System、通称ダークプール)や、個人投資家から受託した注文を自己勘定注文で対応するホールセラーがあります。
 

インターコンチネンタル・エクスチェンジ(NYSEグループ)
① ニューヨーク証券取引所(NYSE)
② NYSEアーカ(旧アーキペラゴ証券取引所、2006年より同グループ傘下)
③ NYSEアメリカン(旧アメリカン証券取引所、2008年より同グループ傘下)
④ NYSE ナショナル(旧ナショナル証券取引所、2017年より同グループ傘下)
⑤ NYSE シカゴ(旧シカゴ証券取引所、2018年より同グループ傘下)

ナスダック(ナスダック・グループ)
⑥ ナスダック証券取引所(ナスダック)
⑦ ナスダックBX(旧ボストン証券取引所、2007年より同グループ傘下)
⑧ ナスダックPHLX(旧フィラデルフィア証券取引所、2008年より同グループ傘下)

Cboeグローバル・マーケット(Cboeグループ)
⑨ Cboe BZX(旧BATSグローバル・マーケット傘下、2017年より同グループ傘下)
⑩ Cboe BYX(旧BATSグローバル・マーケット傘下、2017年より同グループ傘下)
⑪ Cboe EDGX(旧BATSグローバル・マーケット傘下、2017年より同グループ傘下)
⑫ Cboe EDGA(旧BATSグローバル・マーケット傘下、2017年より同グループ傘下)

その他
⑬ インベスターズ取引所(IEX、2016年より取引所として運営開始)
⑭ メンバーズ取引所(MEMX、2020年より取引所として運営開始)
⑮ ロングターム証券取引所(LTSE、2020年より取引所として運営開始)
⑯ MIAXパール(マイアミ国際証券取引所傘下、2020年より取引所として運営開始)

 

◆ナイトの買収と自社の上場


 前編でも触れた通り、バーチュは2017年にマーケット・メイカーの旧ナイト・トレーディング・グループを買収しますが、ナイトが事実上、破綻した2012年にもナイトの買収に名乗りを上げています。しかし、同業他社のグローバル・エレクトロニック・トレーディング・カンパニー(GETCO)がバーチュよりも高い価格を提示し、ナイトはGETCOに買収され、KCGホールディングスとなりました。バーチュはKCGの買収を準備し、16.5億ドルの借金と7.5億ドルの新株発行を実施します。引受先は前述のシルバー・レイクのほか、シンガポールの政府系ファンドであるテマセクやシンガポール政府投資公社(GIC)、およびカナダ最大の年金基金の1つであるPSPインベストメンツなどでした。

 また、2014年には上場の準備も行いますが、上場延期を余儀なくされます。ノンフィクション作家のマイケル・モンロー・ルイスが2014年に出版した『Flash Boys: A Wall Street Revolt』(邦題『フラッシュ・ボーイズ:10億分の1秒の男たち』)がきっかけとなり、バーチュが高いシェアを誇っていたHFTやダークプールに対する世間の風当たりが厳しくなったためでした。当局も捜査に乗り出して規制が強化されます。結局、バーチュの上場は翌年に実施されることになりました。

バーチュ・ファイナンシャル 月足



 ちなみに、米投資銀行ソロモン・ブラザーズ(合併を繰り返した後に現在はモルガン・スタンレー)の元債券営業員だったルイスは、1989年に勤務先の内情を語った『Liar's Poker: Rising through the Wreckage on Wall Street』(邦題『ライアーズ・ポーカー:ウォール街は巨大な幼稚園』)、2010年にはサブプライム住宅ローンのクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の空売りを取り上げた『The Big Short: Inside the Doomsday Machine』(邦題『世紀の空売り ―世界経済の破綻に賭けた男たち』)など、多くの市場関連の問題を取り上げています。これらはベストセラーとなり、映画化されました。

 

◆日本におけるバーチュ


 バーチュは2018年に独立系の上場証券会社だったインベストメント・テクノロジー・グループ(ITG)を買収するなど、収益源の多様化も進めます。また、同年には日本において金融庁がHFTの登録制を導入した際、バーチュは真っ先に登録しています。このときに東京市場では70近くのHFT業者が参入していると見られていましたが、登録はバーチュを含め、米サスケハナ、蘭オプティバ、豪ヴィヴィアン・コート・トレーディングなど6社のみでした。なお、2024年3月現在では51社が登録されています。

▼高速取引行為者登録一覧
https://www.fsa.go.jp/menkyo/menkyoj/kousoku.pdf

 このようにマーケット・メイカーとしてスタートしたバーチュは、関連業者を次々と買収し、現在は第8回で取り上げたケネス・コーデレ・グリフィン(通称ケン・グリフィン)率いるシタデルと並び、マーケット・メイクおよび執行サービスの世界的な金融関連企業となりました。

 社名のバーチュは、ラテン語で「徳」や「優れた能力」を意味する「virtus」に由来している、と考えられます。同社が最新のテクノロジーを駆使し、金融市場で高い流動性や執行サービスを提供する優れた能力を持つことを目指して、その名をヴィオラは選んだのでしょう。同社が上場する前後では、前述した風当たりの強さのほか、マーケットのボラティリティ(予想変動率)の低下などにより、HFT業務の収益は相当に落ち込んだようですが、新型コロナ禍以降はボラティリティの上昇もあって高水準に戻ったようです。今後も同社は「virtus」を維持していける企業であり続けることができるのかどうか、見守っていきたいと思います。(敬称略)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。