今回は日本で活発に投資活動とエンゲージメント(建設的な目的をもった投資先との対話)を行っているダルトン・インベストメンツを取り上げています。1999年にジェームズ・バノー・ローゼンワルド3世(James B. Rosenwald III)、スティーブン・D・パースキー(Steven Persky)、フランク・マリオン・ギフォード・コムズ(Gifford Combs)の3人によって創設されたダルトンは、日本においてアクティビスト(物言う投資家)との見方が定着しているようですし、運用資産の多くは日本株に投資されています。後半ではローゼンワルドが中心となって展開されている日本株投資について、幾つかの具体例を見ていきましょう。
◆日本株投資
ダルトンが東京に事務所を構えたのは2000年ですので、会社創設の間もない頃から日本株投資に強い関心があったことがうかがわれます。2003年には、日本でのマネジメント・バイアウト(MBO、経営者による自社の買収)に焦点を当てたJMBOファンドを立ち上げました。割安に放置されている企業のバリュエーションを解き放つために投資家と提携することを厭わない企業経営者を味方につけようと考えたのですが、当時の日本では時期尚早だったようです。
2004年に帝国臓器製薬(現在のあすか製薬ホールディングス)に対してMBOを提案したところ、会社側は未上場会社のグレラン製薬との合併を発表しました。これをダルトンは、保有比率を低下させる会社側の防衛策的手段と捉え、帝国臓器1株に対してグレラン1.5株の合併比率が既存株主に不利だとして反対し、株主総会で会社側と対立します。しかし、合併は承認され、2005年10月の合併後に帝国臓器の商号はあすか製薬に変更されました。
2006年にはサンテレホン<2007年5月に上場廃止>(2013年に日東工業が子会社化)に対して、1株1100円でTOB(株式公開買い付け)を仕掛けます。これに対して会社側は新株予約権の発行を取締役会で決議して対抗しました。ダルトンは発行差し止めを訴え、東京地裁で勝訴します。2007年に会社側は1株1120円でMBOを実施し、ダルトンの保有株を買い取って上場廃止の道を選びました。
2007年にはフジテックと日本精化に対して、いずれも1株900円でMEBO(経営者と雇用者による自社の買収)を提案します。これに対してフジテックは買収防衛策を株主総会で諮りました。当時フジテック株を15%も保有していたダルトンは委任状争奪戦(プロキシー・ファイト)に持ち込みますが、防衛策は株主から7割近くの賛同を得て可決されます。2007年といえばスティール・パートナーズがブルドックソースに対してTOBを成功させたものの、会社側の新株予約権の発行差し止めを求めた裁判では敗訴しており、アクティビストに対して抵抗する風潮が強まっていたようです。MBOに焦点を当てたファンド運営が思うように実行しにくいと感じたダルトンはJMBOファンドを諦め、アジア株式でのロング・ショート戦略を展開するダルトン・アジアファンドを2008年に立ち上げました。
フジテック 2006~2008年の週足
ただ、日本精化もダルトンの提案を拒みますが、対立する他社とは対応が異なりました。対案として配当性向の向上や自社株買いの実施などを公表し、ダルトン側も提案を取り下げるなど、ある種のエンゲージメント(建設的な目的をもった投資先との対話)が行われたようです。これ以降、ダルトンは「株主と経営陣の対立は企業価値にとってマイナス」であり、アクティビストとみなされることは「我々にとって良いことはなかった」と考え、次第に対話路線を重視し始めます。
日本精化 2006~2008年の週足
2019年には投資していた新生銀行(旧日本長期信用銀行、現在のSBI新生銀行、2023年9月に上場廃止)に対して、報酬は1円で良いとしてローゼンワルドの社外取締役への選任を求めるとともに、自社株買いの強化などを訴えました。この提案は株主総会で2割弱の承認しか得られませんでしたが、新生銀行が翌年に205億円を上限とした自社株買いを発表するなど、対案を引き出すことに成功しています。これに手応えを感じたダルトンは、2020年に英国でニッポン・アクティブ・バリュー・ファンド(NAVF)を立ち上げました。2億ポンド(約290億円)規模で運用を開始し、日本の中堅企業20社程度に投資して自社株買いを要請します。そのうちの3分の1以上が要請に応じたとのことです。
◆ミクロだけじゃないダルトン
このようにダルトンは、日本で活発に投資活動とエンゲージメントを行っている投資会社ですが、基本的に創設者3人が、それぞれ得意とする3つの投資戦略で構成されています。
ローゼンワルドは、ベンジャミン・グレアム(1894-1976)の会社、グレアム・ニューマン・コーポレーションで働いていた祖父から教わったバリュー株投資戦略をアジア地域に特化して展開しているようです。
パースキーは、シティバンク(シティグループ傘下の銀行)勤務時代に教わったキャッシュフローに集中する融資担当者向けの教育プログラムを生かし、ディストレスト・クレジット(経営難に陥っている企業が発行している債権)投資戦略を行っていました。当初は二桁の高い運用成績を上げていましたが、2006年にファンドを閉じて資金を顧客に返還します。しかし、リーマン・ショックを経て2009年になると、再びディストレスト・クレジット・ファンドを立ち上げるなど、投資環境に応じた運用スタイルを展開しているようです。
そして、コムズは新興国を中心とするグローバル株式のロング・ショート戦略を担当しています。基本的には買い持ちで20~40銘柄を3~4年程度保有し、売り持ちでは最大で20銘柄を2~6四半期程度の期間と想定していますが、魅力的な株が見つからないときは無理をせずに現金のまま置いておくことに抵抗はないようです。
このようなダルトンは、2024年になると「日本株の事例:マクロ的な見方」(以下の引用を含め筆者仮訳)と題したリリースを公表しました。ここでは「確かに、私たちは常に個々の証券をケースバイケースで評価することに重点を置いています。しかし、時には一歩下がって、より大きな経済・金融の全体像を見ることが賢明です」と前置きしながら、以下のようなマクロ的な視点を提案しました。
それは「個人が低利回りの普通預金口座に保有している推定14兆ドルを解放し、相当額を株式に再配分すること」と「機関投資家に真の受託者のように振る舞わせ、企業にリターンを増やすよう圧力をかけること」で、「投資家のアニマルスピリットを解き放ち、時間をかけて株価のリターンを生み出すことに集中させる」可能性があり、「これは、1970年代に米国で始まった年金や貯蓄に関する規制や税制上の優遇措置の変更」と似ているとしています。
そして「企業は、①過剰資本を削減することで収益性を改善し、②より高い配当を支払うことで投資家への魅力を高め、③自社株を取得することで(1株当たり)利益を増やすこと」ができるとし、「経営陣は、バランスシート上の現金を温存することが成功の秘訣ではないことを理解し始めています。インセンティブの変更が強力な景気刺激効果をもたらし、企業業績を押し上げる可能性があることに気づき始めている人もいます」と指摘しました。最後に「日本社会では、公的・私的を問わず、複数のソースからバリュエーションの水準向上を求める大きな圧力がかかっています。そして重要なことは、バリュエーションの上昇とリターンの向上が、個々の企業、より広い経済、社会全体に素晴らしい影響を与えることができるというメッセージを人々が『理解』し始めている」とし、「楽しい時代はまだ終わっておらず、まだ始まったばかりです」と締め括りました。こうした見方が日経平均株価の史上最高値更新につながっているのでしょう。「楽しい時代」と定義づける、これからの旅路におけるダルトンの活躍に期待したいところです。(敬称略)