デリバティブを奏でる男たち【98】 臆病者には不向きなハイダー・キャピタル(前編)

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 前回は2024年にプラス52%もの驚異的なパフォーマンスを記録したヘッジファンド、ディスカバリー・キャピタル・マネジメントを紹介ました。ディスカバリーは、第2回で取り上げたジュリアン・ハート・ロバートソン・ジュニア(Julian Hart Robertson Jr. 1932-2022)が率いたタイガー・マネジメントの出身者、タイガーカブであるロバート・ケネス・シトロン(Robert Kenneth Citrone)が共同創設者です。ディスカバリーは、年間パフォーマンスの変動が大きく、機関投資家からは敬遠されがちです。しかし、長期的に見れば非常に高いリターンを上げており、「年間のブレを気にしないファミリー・オフィスや超富裕層の個人投資家にとっては、むしろ魅力的な投資先と言える」と述べました。

 今回は、このディスカバリーと並び称されるほど年間パフォーマンスの変動が激しいハイダー・キャピタル・マネジメントを取り上げます。

 

◆クオンツを絡めたグローバル・マクロ系のヘッジファンド

 

 ハイダー・キャピタルを創設したのは、サイド・ナジム・ハイダー(Said Nazem Haidar)です。彼は1961年生まれとされ、1979年にハーバード大学に入学し、経済学の学士・修士号を取得しました。その後、シカゴ大学の博士課程に進み、1986年に卒業しています。卒業後は、当時の米名門投資銀行ドレクセル・バーナム・ランバート(1990年に経営破綻) に就職し、先物・オプション部門でクオンツ調査ディレクターを務めました。1989年には、米名門投資銀行だったリーマン・ブラザーズ(2008年に経営破綻) に転職し、クオンツ戦略グループのディレクターに就任します。さらに1994年、クレディ・スイス・ファースト・ボストン(2006年にクレディ・スイスとなり、2023年にUBSグループ<UBS>が救済合併)に移り、債券自己勘定取引の調査責任者を務めました。そして1997年、独立してハイダー・キャピタル・マネジメントを創設します。

 ハイダー・キャピタルはグローバル・マクロ系のヘッジファンドに位置づけられます。実際、同社の公式サイトでは「グローバル・マクロ投資に独自のアプローチを適用し、機会を捉えたトレード戦略を活用する」と説明されています。投資哲学としても「金融市場の変化に適応し、世界経済データ、地政学リスク、財政・金融政策に基づいてポジションを決定する」「高流動性の証券に投資し、変動に迅速に対応できる柔軟性を確保する」とも述べられており、典型的なグローバル・マクロ戦略を採用しているといえます。

 一方で、創設者であるサイド・ハイダーの経歴(デリバティブ、クオンツ、債券取引の専門家)から、金利先物市場においてクオンツ分析を駆使した投資も行っている可能性が高いと考えられます。ハイダー・キャピタルの公式サイトでは「当社の競争力の源泉は、機動力と戦略的な投資機会への集中にある」「学術研究で特定された投資の異常や、実務家が発見した市場の歪みを活用し、長期にわたり安定した超過リターン(アルファ)を獲得してきた」点も強調されています。これらの記述から、投資家としての経験を活かしながら、学術的アプローチも取り入れていると推測されます。具体的には、景気循環や市場の周期的な動きをクオンツ分析によって捉え、投資戦略に活用していると考えられるでしょう。

 

◆特定イベントに関連する再現性のあるトレード

 

 ハイダー・キャピタルは、市場のリスク要因との相関を最小限に抑えつつ、リスクとリターンの非対称性(上昇余地が大きく、下落リスクが小さい構造)を追求する投資戦略も採用しています。特に、金融市場における特定のイベントを利用した再現性のあるトレードを行っており、政府債の入札やシンジケーション(銀行団による債券の共同引受)、月末の債券指数のリバランス(調整)、金利差による為替変動などを狙っています。

 政府債の入札やシンジケーションでは、債券市場の需給バランスが変動するため、その影響を利用したトレードが可能になります。例えば、新発債が市場に供給されると、需給の悪化により既存債の価格が下落する可能性があるため、事前に売っておき、後から買い戻す戦略が取れます。金利や金利差の変化を利用した裁定取引(アービトラージ) も考えられるでしょう。

 月末の債券指数リバランスでは、政府や企業の新発債が指数に組み入れられ、既発債が満期を迎えると指数から除外されます。市場の価格変動によっても指数の構成比率の変更が行われます。これに合わせて、債券インデックス・ファンドは月末に債券の売買を行うため、特定の債券の需給バランスが大きく変動します。例えば、新たに指数に組み入れられる債券は買われやすいため、事前に仕込んでおく戦略が考えられるでしょう。なお、株価指数のリバランスでも同様の需給の偏りが一時的に生じるため、類似の戦略が可能です。

 ハイダー・キャピタルは、サイド・ハイダーのリーダーシップのもと、グローバル・マクロ戦略に加え、クオンツ分析を駆使し、アービトラージや二国間金利差取引、キャリー・トレードなどのレラティブ・バリュー(相対価値)戦略を展開していると考えられます。こうした戦略は他のグローバル・マクロ系のヘッジファンドや債券・為替市場で売買するクオンツ・ファンドでも行っています。しかし、同社の最大の特徴は、そこではありません。(敬称略、後編につづく)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。