デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史―【1】 1980年代 S&L危機(後編)

著者:MINKABU PRESS

◆優遇措置を後ろ盾に起死回生を狙ったS&L


 オイルショックによるインフレを抑えるために実施された高金利政策で瀕死の状態に陥ったS&L(貯蓄貸付組合、Savings and Loan Association)ですが、米当局の規制緩和や一層の優遇措置といった時間稼ぎと金融環境の好転によって息を吹き返します。そして多くのS&Lが、規制緩和や優遇措置を後ろ盾に起死回生を狙って次々と業容を拡大していきます。その方法は主に(1)急速な資産の拡大、(2)資産構成の多様化、そして(3)モーゲージローン(不動産の抵当権を担保にした貸付=住宅ローン)の多様化でした。

 まず(1)の「急速な資産の拡大」ですが、S&Lは新規で高金利の長期固定モーゲージローンを積極的に拡大させます。資産内の低金利モーゲージローンの比率を低下させることで収益構造の改善を図ったのです。S&Lの総資産は1982年末から3年間で約1.5倍に膨れ上がり、その増加率は他の金融機関の2倍以上だったと言われています。もっとも、この方法では長短金利差を収益とする点は従来のビジネスモデルと変わらないわけですから、再び金利が上昇すれば、またしても深刻な状態に陥ることは容易に想像できます。

 また(2)の「資産構成の多様化」については、規制緩和によりS&Lは消費者ローンや商工ローン、商業用不動産モーゲージローンなども手掛けることが可能となりました。これらはモーゲージローンよりも貸付期間が短いため、長期固定による不確定要素を緩和するという点で有効な方法と考えられていました。そこでS&Lは商業用不動産モーゲージローンに傾斜していき、あっという間に資産構成比率の1割以上を占めるようになってしまいます。当時はオイルショックから経済を立て直す目的で様々な特例措置や優遇税制などが設けられ、商業用不動産の投資ブームにあったこともS&Lの背中を推したと考えられます。

 しかし、ここでも問題を抱えており、不動産開発には様々な不確定要因があるほか、周期的に過剰投資が繰り返される傾向があり、それだけに緻密な情報収集能力や高度なリスク管理体制が求められる分野であるともいえます。起死回生を狙って次々と業容を拡大させる「お気楽な商売」ぶりのS&Lが、新しく許可された融資対象にそうした厳しさと慎重姿勢をもって取り組むことは、とうてい望むべくもないことだったのです。
 

◆デリバティブを活用した信用拡張装置の登場


 そして(3)の「モーゲージローンの多様化」においては、主力資産であったモーゲージローンは固定金利から変動金利へとシフトしていきます。これにより(1)で指摘した金利上昇リスクがなくなります。また、デリバティブの活用もみられました。S&Lは既存のモーゲージローンを売却し、代わりにモーゲージローン債権を担保とする証券であるMBS(Mortgage-Backed Securities、モーゲージ担保証券)の比率を高めていきます。1980年にS&Lの資産の8割を占めていたモーゲージローンは、1988年には6割程度まで低下し、低下分の約半分はMBSに置き換えられました。

 MBSは、S&LがSPV(特別目的会社)に売却した金利や償還期限などが同質のモーゲージローン債権を束ねたプールで組成される仕組みになっています。これに政府支援機関の保証を付けて投資家に売却するわけです。S&Lはモーゲージローン債権をSPVに売却する際に、対価としてこのMBSまたは現金を受け取ります。
MBSの仕組み

 MBSは自前のモーゲージローンより収益性は落ちますが、モーゲージローンの資産構成比率を落とすことによってS&Lに求められる必要自己資本は減少します。また、MBSはモーゲージローンよりも遥かに高い流動性があるため資金調達の担保として利用でき、S&Lの資金調達能力を格段に引き上げました。

 金利急騰局面において既存のモーゲージローンを売却すれば売却損が発生しますが、この問題を「モーゲージ・スワップ」というデリバティブが解決します。これは既存のモーゲージローンと、政府支援機関であるフレディマック(連邦住宅金融抵当公庫)やファニーメイ(連邦住宅抵当公庫)が発行する同額面のMBSとを交換する取引です。もちろん、政府支援機関が発行するMBSは事実上、政府保証付きとみなされ、高い流動性と担保能力がありますので、モーゲージの証券化(セキュリタイゼーション)は爆発的に拡大しました。

 ところが金利低下局面になると、モーゲージローンの借り手が借り換えをするようになり、既存のモーゲージローンの期限前償還が多発したことで、それらを裏付けとするMBSは実質的に利回りが低下する、という新たな問題が生じます。

 そこでCMO(Collateralized Mortgage Obligation、モーゲージ証券担保債券)というデリバティブが開発されました。この金融商品は金利・満期の異なる様々なモーゲージローンを放り込んだプールから得られるキャッシュフローをクーポンとする債券で、発行体の資産構成からモーゲージローンはなくなりませんが、売却損を発生させることなく、資金調達を可能にしました。
CMOの仕組み

 しかも、この債券は満期、利回り、元利金支払い順序が異なる幾つかのクラスに分かれています。その特徴は満期が短いクラスは利回りが低いものの、元金の支払い優先度が高いというものです。反対に満期が長いクラスは利回りが高いものの、元金の支払い優先度が低くなります。つまりモーゲージ・プールから得られる元金の支払いは満期の短いクラスから割り当てられ、その支払いが終わるまで次のクラスは元金の支払いが受け取れないという構造になっています。

 こうした様々なクラスの債券を派生させることで、期限前償還のリスクを分散・軽減するだけでなく、様々な投資家の多様なニーズを満たすことができるようになり、満期の短いクラスには商業銀行など、満期の長いクラスには生保や年金などと様々な機関投資家がCMOへ投資をするようになりました。

もっとも実際のCMOのプール内は、S&Lがモーゲージローンを政府支援機関のMBSとモーゲージ・スワップで交換・取得したMBSでほとんど満たされており、S&Lはこれを担保に資金調達していました。そして、調達した資金で再び政府支援機関のMBSを購入してCMOを構築し、それを担保に資金調達を繰り返すという信用拡張装置となっていったようです。

 こうした信用拡張装置で得た資金でS&Lは、(2)の 「資産構成の多様化」で指摘したように商業用不動産モーゲージローンを拡大させ、これらでもCMOを組成していきました。ただ、信用拡張装置は担保価値が下がらなければ順調に機能しますが、担保価値が下がり始めると信用収縮装置へと転換してしまいます。
 

◆不動産バブルの崩壊とS&Lの破綻


 オイルショックによって原油価格が上昇したことにより、米国においては石油依存度の高いテキサス州などの南西部の州で不動産バブルに沸きましたが、1986年に原油価格が急落。更に同年、税制改革が行われて不動産投資に対する優遇が事実上、元に戻ってしまいました。これによって不動産バブルは弾けてしまいます。

しかし、リスク管理のノウハウが乏しく問題に気づかないS&Lは、更に商業用不動産モーゲージローンを増やしていったのです。しかも、それらの多くは新規開発に用いられるのでなく、資金調達ができずに保有不動産の強制売却を迫られていた開発業者のロールオーバー(資金の借り換え)需要を満たしたに過ぎなかったのです。また、たとえ問題に気付いたとしてもロールオーバーに応じなければ、モーゲージローンの支払い遅延→不良債権化→貸倒引当金の積み増し→収益圧迫という悪循環に陥るため、応じざるを得ない状態になっていました。
FSLIC(連邦貯蓄貸付保険公社)が保証していたS&Lとその資産
※ FSLIC(連邦貯蓄貸付保険公社)が保証していたS&Lとその資産
出所 FDIC(連邦預金保険公社)資料より抜粋


 ただ、このような自転車操業が何時までも続くわけはありません。S&Lの財務内容が悪化することで、ロールオーバーに応じることもできなくなり、不動産開発業者は破綻。そのため、S&Lの財務内容は更に悪化するという悪循環に陥り、ついに取り付け騒ぎまで起きました。

S&Lが受け入れた預金者の預金は、S&Lを対象とした預金保険基金を運営するFSLIC(Federal Savings and Loan Insurance Corporation、連邦貯蓄貸付保険公社)によって、その一部ないし全額が保護されることになっていました。しかし、その仕組みのためにFSLICが債務超過に陥り、ついにはFSLICが機能停止に追い込まれ、多くのS&Lの破綻を招くという事態になってしまったのです。

 この破綻の処理費用には様々な試算がありますが、アメリカ会計検査院(GAO、General Accounting Office)が1996年に発表した報告書によると、救済資金の調達コストまで含めて約4810億ドルに達したようです。また、この際に取られた破綻処理方法は1995年に日本で大問題となった住宅専門貸付会社の巨額不良債権、いわゆる住専問題を処理する際に参考されたと言われています。


※本連載では金融危機の中で創造と破壊を繰り返しながら進化してきたデリバティブ投資の進化の過程を追っていきます。1980年~2018年の間に起きた代表的な「ビッグ10」ともいうべきマーケットを揺るがした金融危機の事例を取りあげていく予定です。

日経平均株価とニューヨークダウ工業株

このコラムの著者

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