新債券王のジェフリー・ガンドラック(後編)―デリバティブを奏でる男たち【11】― 

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◆トータル・リターン戦略とは


 ジェフリー・ガンドラックが「新債券王」と称されるほど、彼が率いるダブルライン・キャピタルが急成長を遂げた背景の一つとして、MBS(モーゲージ担保証券)を中心とする「トータル・リターン戦略」と名付けられた債券運用手法が挙げられます。

 一般的にMBSは公社債よりもデュレーションが短いという特性を持っています。デュレーションとは、元利金の平均回収期間を指すほか、金利変動時には債券価格の変動度合いを表すため、金利感応度を示す指標としても使われます。

 MBSは不動産担保ローンの元利金返済をキャッシュフローの原資としますので、下の図のように満期時に元本が一括で返済される公社債よりも、早い段階から元本の返済が進むため、こうした特性が生じます。

元利金回収状況のイメージ

 また、金利が低下する時に不動産担保ローンは、より低金利の不動産担保ローンへの借り換えが行われ、繰り上げ返済が増えることから、MBSのデュレーションは一段と短くなります。デュレーションは金利変動時に債券価格の変動度合い表す金利感応指標でもありますので、金利低下時にMBSの価格は上がりにくくなると言えます。しかし、金利が上昇するときには、想定よりも繰り上げ返済が見込まれないため、MBSのデュレーションは長くなり、MBSの価格は大きく下がる傾向があります。

 「トータル・リターン戦略」では、ファンド全体の価格変動リスクを抑える、つまりデュレーションを短くすることに主眼を置きますので、金利低下の終わり頃には将来の金利上昇を見込んで、期限前償還の現金を再投資せずにそのまま保有し、ファンド全体のデュレーションの短期化を目指します。一方、金利上昇の終わり頃には将来の金利低下を見込んで、利回りの高いMBSへの再投資で収益の向上を目指します。

 ここで問題になるのは、金利低下や金利上昇の終わりのタイミングを見つけることが難しいことですが、その点においてガンドラックは鋭い嗅覚を持っていました。それ故に「新債券王」と名付けられるほど、彼が率いるダブルライン・キャピタルは急成長を遂げることができた、と考えられます。
 

◆2013年に日本株買いを予測


 彼の嗅覚の鋭さは、前編で紹介した「早い段階からサブプライム危機を言い当てた」ことだけではありません。2012年末から「円売り、日本株買い」が当面は最も報われる投資になると主張していました。2013年1月の投資家向け会合では「私のベストアイデアは日本株だ」と言いのけています。

 安倍新政権の誕生により日本が強力な金融緩和へと踏み出したことで、これまでとは次元が違う、まさに異次元の金融緩和がデフレ体質の日本にインフレを醸成し、持続的な円安が日本の輸出企業を潤す、と考えたようです。

 結果はご承知の通り、継続的なインフレは醸成されませんでした。変動の大きい食品を除くコアCPI(消費者物価指数)は2014年に前年比+2%以上となっていますが、これは消費増税の影響によるものです。しかし、彼の予測通り、ドル円は2012年12月末の1ドル86円台から2015年6月末には125円台まで円安が進み、日経平均株価も同じタイミングで1万0395円から2万0235円へと上昇したのです。

円安と株高のアベノミクス

出所:Refinitiv、2011年から2015年までの月次データ

 

◆2016年にトランプ勝利を予測


 また、2016年の米大統領選挙においてガンドラックは、ドナルド・トランプが共和党の候補者指名争いで勝利確実となった辺りから、大統領選挙においても勝利することを前提に持論を展開しました。

 「投資家はトランプ政権の誕生に備えるべきだ」として、トランプが掲げる大規模な減税や財政出動の拡大から、米国債の発行増による債券需給の悪化が見込まれ、米国債相場の下落(利回りは上昇)をもたらす、としました。

 もっとも、ガンドラックが全てを言い当てられたわけではありません。2016年の同じタイミングで「米国株への投資は死に金だ」とも発言しており、米主要企業の業績は総じて振るわず、足元の相場上昇は売り方の買い戻しに過ぎない、との見方を示しました。その後の株価上昇は周知の通りです。
 また、2015年夏にも米国の経済成長期待は過大評価であるとして、「米連邦準備制度理事会(FRB)は年内に利上げしないだろう」と発言。当時2.4%近辺だった米10年物国債利回りは「年内にも再び2%を視野に入れる可能性が高い」との見方を披露しました。

 当時のイエレンFRB議長が議会証言で「FRBメンバーの大半は年末までに利上げが適切になると予測している」と述べたにもかかわらず、2015年内の利上げ観測を否定したのです。確かにその後は米金利が低下傾向をたどりましたが、FRBは2015年12月に9年ぶりの利上げ実施に踏み切っています。

トランプ政権誕生前後の米株と米金利

出所:Refinitiv、2015年から2019年までの週次データ

 

◆2017年夏に金利高と株安を予測


 銅先物価格を金先物価格で割った値と米10年国債利回りには相関性がある、と言われています。この値が2017年に、銅価格の上昇で高い水準にあったことから「債券利回りが上昇する兆し」として、ガンドラックは運用姿勢を「リスク回避の方向に切り替えていくべきだ」と指摘しました。

 また、ボラティリティ(予想変動率)の異常な低さから、米国株について「S&P500は12月までに少なくとも3%下げるだろう」と予想。S&P500のプット・オプションを購入します。その後、確かに米金利は上昇しますが、米国株も同様に上昇しました。

 しかし、2018年になると景気後退を懸念し、同年8月には「米金利は低下し、米国株はピークを迎える」と予測します。特に債券市場では売りポジションの偏りを指摘し、これが崩れる時に、株式市場が「景気後退のサイン」と心配する長短金利の逆転時期が近づく、と警告しました。

 そして、その予想通り、2018年12月に米金利の急低下と米国株の暴落が突然起こります。当時のムニューシン米財務長官が通称、暴落防止チーム(Plunge Protection Team)と呼ばれる「金融市場に関する大統領の作業部会(Working Group on Financial Markets)」を急遽招集し、事態の収拾に乗り出したほど、この株価急落は市場に衝撃をもたらしました。その後にFRBは利上げを停止しています。
 

◆2021年の予測


 2021年1月にガンドラックは、米株の極端に高いバリュエーションはFRBの金融緩和で支えられている、との見解を示し、「インフレ率の急上昇がゲームチェンジャーになる」と指摘しました。そして、2021年の米国株は「年前半高・後半安」になり、新型コロナウイルスの感染拡大後の金融緩和で続いてきた株高の局面が大きく転換することになる、と予測しています。

 確かに2020年12月に前年比+1.6%だった米国の食品とエネルギーを除くコアCPIは、2021年6月に同+4.5%まで上昇しましたが、米国株は史上最高値を更新し続けました。しかし、8月に入ってから米国株の上値が重くなっていることも事実です。となると、彼が予測する米国株安は、これから現実になるのでしょうか。(敬称略)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。