アパルーサ・マネジメントのデビッド・テッパー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【14】―

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◆損失を恐れては大きなリターンを出せない


 ドリームチームと称えられたヘッジファンドのLTCM(Long Term Capital Management)が破綻した1998年に、デビッド・テッパー率いるアパルーサ・マネジメントは▲29%という厳しい成績に見舞われました。LTCM破綻の原因となったルーブル危機で、ロシア投資が大損となってしまったためです。

 テッパーはゴールドマン・サックス・グループ<GS>に在籍していた当時から、新興国への投資も手掛けていました。それは彼にとって種類の異なるクレジット投資でしかなく、基本的に各国とその様々な投資対象を分析し、注目する変数の曲線に変化が表れたら素早く動くという投資スタイルで臨んでいました。

 そして、彼は「損失を出すことは悪いことではなく、勝つチャンスを失うことこそ悪。損失を恐れては大きなリターンを出せない」との信念に基づき、失敗した翌年には再びロシア債を買い集めて+61%という高い運用成績を上げました。

 過去に損失を被った投資対象など二度と触りたくない、という投資家も多いと思われます。それが人の心のあり方というものですが、テッパーは失敗した対象への再チャレンジを厭いません。私はトレーダーの世界で、過去に損失を被った投資対象は「もう一度挑戦して少しであろうとも利益を出せ」という教えを聞いたことがあります。そうしないと苦手な投資対象が増えてしまうからです。冷静に考えれば分かりそうなことですが、なかなか実行できるものではありません。

1997~1999年のLTCM破綻前後 出所:Refinitiv、日次データ

 また、米総合エネルギーIT企業大手のエンロンが破綻した翌年の2002年も▲25%と苦しい成績でしたが、翌2003年にはエンロンをはじめ、ワールドコムやコンセコなど、当時に巨額債務を抱えて破綻した企業の債券を買い集め、+149%というとんでもない成績を叩き出しています。

2001~2003年のエンロン破綻前後 出所:Refinitiv、日次データ  
 

◆落ちている金を拾え


 リーマン・ショックが起きた2008年には▲27%と、またしてもうんざりするくらいの悪い成績に見舞われます。しかし、2009年2月にはアメリカン・インターナショナル・グループ<AIG>、バンク・オブ・アメリカ<BAC>、シティグループ<C>など、苦境に立たされていた金融機関の株式や債券を買い集めるといったディストレスト投資(経営危機に陥っている、あるいは陥ってしまった企業の株や債券などへの投資)を行っています。

 これらの金融機関は米政府から公的資金が注入され、国有化の噂などで株式や債券の価格は急落していました。なかには額面の5%の価格で取得した債券もあったようです。これがまさに彼の投資哲学である「落ちている金を拾え」ということなのでしょう。

 当時の米政府が提示した資本支援制度の白書などによると、公的資金により米政府が取得したこれら金融機関の優先株は、時価より遥かに高い価格で普通株に転換されることになっていました。そのため、テッパーは米政府が資金を出すことで金融機関を破綻させるつもりはないし、国有化する意思もない、と結論づけてディストレスト投資を決行したのです。

 買い集めた株式や債券は翌月、更に値下がりし、なかには紙くず同然になったものもありました。そのときはアパルーサ内で幹部同士の衝突が絶えなかった、といいます。しかし、3月末からは大きく反発し、2009年は+132%という驚異的なリターンを計上しました。その利益は70~80億ドルに達するとされており、この年にテッパーは40億ドルの報酬を手にします。

2007年~2009年のリーマン・ショック前後 出所:Refinitiv、日次データ

 このように運用成績が悪かった翌年にこそアパルーサの底力が発揮されたのは、前編でも触れたテッパーの優れた直観像記憶が影響していると思われます。直観像記憶とは、見たものを写真のように正確に記憶して後から再現できるという特殊能力です。この能力を使い、テッパーは失敗した時の辛い状況をことあるたびに正確に思い出すことで、失敗から学びを得ていたといわれています。
 

◆適切な運用サイズ


 アパルーサ・マネジメントは、オフショア・パロミノ・ファンド・リミテッド、サラブレッド・ファンドのオフショア・バージョンとオンショア・バージョン、および旗艦ファンドのアパルーサ・インベストメントの4つのファンドを運営しています。これらは高い運用成績によって運用資産額が巨大化していきました。ところが、2011年から毎年のように投資家へ資金を返還しており、ファンドの運用資産の規模が100億ドル程度に収まるように調整しています。

 テッパーは、リターンを得るゲームをしているのであって、資産を持つゲームをしているのではない、と述べています。また、資産規模が大きくなったからといって、それが投資家に更なる利益をもたらすとは限らない、とも考えているそうです。例えば運用成績の良いトレーダーに対して、もっと稼いでもらおうと運用資産額を増やしても、稼ぎが増えるどころか、かえって運用に失敗するケースがあると言います。世の中には様々な投資スタイルがあり、それぞれのスタイルに見合った資産規模というものがあるようです。
 

◆転身か、戦略転換か


 テッパーは学生時代にアメリカンフットボールをしていた経験があるためでしょうか、2009年に米ナショナルフットボールリーグ(NFL)、ピッツバーグ・スティーラーズの株式を5%取得しました。2018年には同じくNFLのカロライナ・パンサーズを23億ドルで買収しています。

 さらに翌年にはプロサッカークラブのシャーロットFCを設立。3~4億ドルでメジャーリーグサッカー (MLS)のフランチャイズ権を獲得し、2022年より同リーグに参戦することになっているなど、スポーツ事業に多くの時間を割くようになりました。そして、2019年には外部資金を全て返還し、アパルーサをファミリーオフィスへ転換すると宣言します。

 その一方、第2回で取り上げたタイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソンのように、テッパーは優秀な部下を次々と独立させました。後進を手助けすることは以前からも行っており、例えばダニエル・ローブが1995年に自身のファンドを立ち上げる際、アパルーサのオフィス内に席を貸していました。

 前編で触れたように、テッパー自身が独立の準備をする際、投信業界の巨人であるマイケル・F・プライスがオフィスの席を貸してくれたように、テッパーはローブの独立をサポートしました。ローブのファンドは、後にソニーグループ <6758>やセブン&アイ・ホールディングス <3382>などの株主として登場したことから日本でも有名になったアクティビスト(物言う株主)ファンド、サード・ポイントとして名を馳せます。

 そのほか、2011年にアパルーサのシニアアナリスト、マシュー・クナウアーが株式とクレジットの市場に投資するヘッジファンド、ノコタ・マネジメントを立ち上げる際に資金を提供しています。2015年にアパルーサの役員だったエリック・コールが、世界のクレジット市場に投資するヘッジファンド、ウォーランダー・アセット・マネジメントを設立する際にも資金提供を行いました。

 また、2019年にはテッパーの甥でアパルーサに15年勤務した上級役員のアーロン・ワイトマンが、株式とクレジットに投資するファンド、キャッスルナイト・マネジメントを立ち上げる際に1億ドルを出資しています。2021年にはアパルーサのCOO(最高執行責任者)であるジェフリー・カプランが、成長企業やメディア・スポーツ業界などへの投資を行うプライベート・エクイティ(PE、未公開株)投資会社、アンダルシアン・プライベート・キャピタルを設立する際にも数億ドルを出資したとのことです。

パシフィック・ガス&エレクトリックの株価
 このようにテッパーはスポーツ業界に転身したのか、あるいは資産運用の戦略転換をしたのかは定かではありませんが、保有する資産をトレード以外にも様々な方法で活用しているのは確かなようです。また、2019年1月にチャプター11(米連邦破産法第11条、民事再生法に相当)の適用を申請した米電力会社大手、パシフィック・ガス&エレクトリック<PCG>の大株主として、2020年末にはローブとともに名を連ねるなど、ディストレスト投資も相変わらず盛んに行っており、今後も目が離せない投資家の一人と言えるでしょう。(敬称略)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。