パーシング・スクエアのビル・アックマン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【17】―

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◆SPACとCEFを組成


 前回は特別買収目的会社(SPAC)にも投資するサバ・キャピタル・マネジメントのボアズ・ワインスタインを紹介しましたが、今回はSPACを組成するパーシング・スクエア・キャピタル・マネジメント(2020年11月現在、約131億ドルの運用資産を保有)のビル・アックマンを取り上げます。このSPAC、パーシング・スクエアトンティーン・ホールディングスは、2020年7月の上場の際に40億ドルを調達した過去最大のSPACとして話題になりました。

 その後に同SPACは、世界最大の米音楽会社であるユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG、ユーロネクスト市場に2021年9月上場)の株式10%を、親会社であるフランスのメディア大手ビベンディから上場の際、40億ドルで取得する計画を2021年6月に発表します。

 ところが、投資の仕組みが複雑で投資家からの支持が得られず、米証券取引委員会(SEC)からもニューヨーク証券取引所のSPAC規定に違反する可能性を指摘され、SPACによるユニバーサル株取得を撤回。代わりにアックマンの主力ヘッジファンドであるパーシング・スクエア・キャピタル・マネジメントがUMG株を購入することにしました。

 また、アックマンは、サバ・キャピタルの投資戦略のひとつであるクローズドエンド・ファンド(CEF) も組成しています。このCEF、パーシング・スクエア・ホールディングスは2012年12月に立ち上げられ、2014年10月にユーロネクスト株式市場にIPO(新規公開)を果たしました。しかし、アックマンが注目される点は、SPACやCEFの組成で有名なのではなく、生粋のアクティビスト(物言う株主)であることです。

◆自信家


 ウィリアム・アルバート・アックマン(通称ビル・アックマン)は、米ニューヨークのユダヤ系不動産仲介会社、アックマン・ジフ不動産グループ会長の息子として1966年に生まれました。ハーバード大学にて極めて優秀な成績で社会学の学士号を取得。1988年に同大学を卒業した後は父親が経営する会社で2年間働きます。その後、ハーバード・ビジネス・スクールに入学しました。

 ビジネス・スクール在学中に、父親の仕事である不動産仲介業に不満を持ち、むしろその仕事の顧客である投資家に興味を持ちます。そして、子供の頃から自信家であったアックマンは、大胆なことに卒業後は同級生とファンドを立ち上げることにしました。もちろん、周囲からは強く反対されますが、伝説的な投資家であるリチャード・レインウォーターに相談したところ「正しくあるために年を重ねる必要はない」と背中を押されたと言います。

 また、アックマンは、1992年に破産を申請した百貨店チェーンのアレキサンダーズ<ALX>への投資に成功して更に自信をつけました。父親の会社で働き、不動産の知識を身に着けていたアックマンは、この会社が負債以上に価値のある不動産を所有していることを知っていたので、破産しても投資する価値があると踏んだのです。

 その思惑通り、アレキサンダーズは店舗を全て閉鎖して5000人を解雇した後、上場不動産投信(REIT)の運営会社として復活しました。株価が2.5倍になったところでアックマンは利食いましたが、最終的に40倍以上になったとのことです。

アレキサンダーズ<ALX,ドル>

 これまで『デリバティブを奏でる男たち』で取り上げた多くのヘッジファンド創設者は、どこかの金融機関で下積みをしたり、どこかの投資家に弟子入りして修行したりしながら、様々な投資手法や自らの投資スタイルを確立した後、独立するのが一般的でした。

 しかし、アックマンは1992年にビジネス・スクールでMBAを取得した後、すぐに300万ドルをかき集めて予定通り投資会社ゴッサム・パートナーズを設立しています。このようなケースは極めて異例と言えますが、彼が如何に自信家であるかを物語るエピソードでもあるでしょう。
 

◆ロックフェラーへの投資


 ゴッサム・パートナーズを設立して程ない1995年、アックマンはニューヨークを代表する建造物、ロックフェラー・センターを手に入れて再建しようと画策します。1990年代になると不動産市況が崩れ始め、ロックフェラー・センターに融資するREIT、ロックフェラー・センター・プロパティーズの株価も大きく低迷していたからです。

 彼はこのREITを買い占めるべく資金調達に奔走しました。父親の勧めでリューカディア・ナショナル・コーポレーション(現在のジェフリーズ・ファイナンシャル・グループ<JEF>)の社長ジョセフ・スタインバーグに相談したところ、この件でパートナーを組むこととなり、ともにREITを買い占めて株主割当増資を取締役会に提案します。

 結局、提案は却下され、デビッド・ロックフェラーとゴールドマン・サックス・グループ<GS>などの大手グループが株式を買い取り、REITは上場廃止となりました。そのため、ゴッサムはロックフェラー・センターを手に入れることはできませんでしたが、買い占めたREITは買値より高く引き取られたうえ、リューカディアからは報酬として50万ドルの小切手が送られてきたそうです。

 これはアックマンが行った最初のアクティビスト投資だと言われています。この投資によりアックマンの評判は高まり、投資資金が集まるようになったほか、デビッド・ロックフェラーでさえ、ゴッサムに投資するようになりました。後にアックマンは本格的なアクティビストとして名を馳せていきますが、まだそこに至るまでには幾多の紆余曲折が待ち構えていました。(敬称略、後編につづく
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。