プライベート・エクイティの巨人、アポロ・グローバル(後編)ーデリバティブを奏でる男たち【33】ー

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◆配当リキャップ


 レオン・デイビッド・ブラック(通称レオン・ブラック)が率いていたアポロ・グローバル・マネジメント<APO>のようなプライベート・エクイティ(PE、未上場株式に投資を行うファンド)は、ディストレスト債(経営破綻先や不良債権先などが発行する債券) 投資などでも高い利回りを得ています。こうした投資資金の回収方法としては、基本的に投資先の事業を立て直した後にIPO(株式新規公開)を行う、あるいは投資先の同業他社・他の投資会社へ売却するなどが想定されます。

 もちろん、それらは単独で行われるケースもあれば、幾つかある投資先の同業同士を合併させる、あるいは投資先を事業ごとに分割、もしくは一部をスピンオフ(特定の部門を分離して新会社として独立)するなど、如何にして企業価値を高めるかに焦点を当てながら様々な手法を活用しています。また、「配当リキャップ」と呼ばれる手法で投資資金の全額、もしくは一部を回収することもありました。

 配当リキャップは投資先の企業に借金や社債発行など多額の資金調達を実施させ、投資の一部、もしくは全額を特別配当として受け取るというものです。場合によってはアポロ自身が高利回りの借金や社債を引き受けることも考えられます。万一、投資先の企業が破綻した場合、資金回収は株式よりも債権が優先されますし、配当支払いよりも債権の金利支払いが優先されます。デット・エクイティ・スワップ(債権の株式化)ならぬ、エクイティ・デット・スワップ(株式の債権化)といったところでしょうか。
 
 もちろん、この手法はマーケット環境が低迷していてIPOや他社への売却が難しい場合に採用されることが多いと考えられます。また、重工業や化学工業などの装置産業、あるいは不動産業など多額の資金を必要とする業種には向かない一方で、キャッシュフローを多く生み出す企業に向いている手法といえます。ただし、配当リキャップをやり過ぎると金利負担から資金繰りが悪化し、再び経営破綻につながるケースもあったようです。
 

配当りキャップを実施する企業の貸借対照表イメージ図

 アポロはこの手法を2013年に買収した老舗菓子メーカー、ホステス・ブランズ<TWNK>(旧インターステイト・ベーカリー・コーポレーション)でも実施しています。「トゥインキー」などのブランドで知られる同社は、2012年に2度目の米連邦破産法第11条(チャプター11、日本の民事再生法に相当)の適用を申請して経営破綻。翌年にアポロと同業のチャールズ・ディーン・メトロプーロス・アンド・カンパニーなどが、同社を4.1億ドルで共同買収しました。その後にホステスはクレディ・スイス・グループ<CS>から約13億ドルを借り入れ、そこから約9億ドルを配当リキャップとして投資家に支払います。ホステスの再建は順調に進展し、2016年7月に上場を果たしています。

       ホステス・ブランズ 月足

ホステス・ブランズ<TWNK> 月足

◆アポロの活躍


 また、アポロは2008年に石油化学品の世界的な製造業者、ライオンデルバセル・インダストリーズ<LYB>にも投資しています。ところが、2009年4月にライオンデルバセルはチャプター11を申請して経営破綻してしまいました。これでアポロも終わりかと見られたのですが、アポロは同社の債権を買い集めます。その後、ライオンデルバセルの業績は急速な回復に至り、2010年4月には経営再建が完了。同年10月には上場も果たしました。

 一時は窮地に追い込まれたアポロでしたが、この投資により96億ドルの利益を叩き出したと言われています。これは共同設立者であるジョシュア・J・ハリスの功績だったと見られています。ただ、アポロ自身は当初、2008年の株式公開を目指していたのですが、2011年に延期しています。リーマン・ショックに加え、このライオンデルバセルの問題が障害になったのかもしれません。

       ライオンデルバセル・インダストリーズ 月足

ライオンデルバセル・インダストリーズ<LYB> 月足


 そのほかアポロは保険会社にも投資しました。アポロの創設時に米カリフォルニア州の生命保険会社エグゼクティブ・ライフから、額面60億ドルの社債ポートフォリオを30億ドルで買い取った話は前編で触れましたが、他にも保険会社から様々な資産を買い取ります。そして、後にはアポロが支援してアテネ・ホールディングという保険会社まで設立しています。

 保険会社は加入者から保険金や年金などの掛け金を集め、それらを運用しながら後で加入者に保険金や年金を支払います。こうした現金収支上の時間差は「フロート」と呼ばれ、保険会社を傘下に持つ運用会社にとっては、解約による資金逃避が極端に少ない、非常に都合の良い資金源となります。
 
 アテネが集めた掛け金によりアポロは潤沢なディストレスト投融資の資金を確保したうえ、それらを運用する際、しっかりと運用受託手数料まで取りました。こうした保険会社を利用したビジネスモデルは、ウォーレン・バフェットのバークシャー・ハサウェイ<BRK.A>を手本にしたと言われています。さらにアポロは2016年にアテネを上場させました。これらは共同設立者であるマーク・J・ローワンの功績だったと言われています。

 

◆スキャンダル


 ところが、2020年秋にとんでもないスキャンダルが発生します。アポロの共同設立者でCEO(最高経営責任者)兼会長であるブラックが、未成年者人身売買の罪で起訴され獄中自殺に至った人物を、個人的に税務アドバイザーとして雇い1.58億ドルを支払っていたことが発覚しました。ブラックに何の罪もなかったようですが、世間の批判が高まり、アポロの評判は落ち始めます。

 事態を収拾すべくブラックは2021年3月にCEOと会長の職から退き、後任のCEOとしてシニア・マネージング・ディレクターであったローワンを指名しました。共同設立者でもうひとりのシニア・マネージング・ディレクターであったハリスは、CEO競争に敗れた後にその職を辞任しましたが、引き続き同社の取締役としてとどまっています。

 ところが、ブラックは辞任後すぐに、元モデルの女性から恐喝と虐待を受けたとして告発されます。ブラックは元モデルに900万ドルを支払ったことを認めたものの、訴えの内容については否認。そして、この告発はCEO競争に敗れたハリスの陰謀であるとして、彼を訴えるといった泥仕合に発展しています。
 
 こうした足元の問題を、新しくCEOの座に就いたローワンは如何にして収拾するのでしょうか? 手始めに彼はアテネを買収して上場廃止にしました(上場廃止前にアポロはアテナの株式35%を保有)。その理由ですが、他の少数株主から出ていた「アテネがアポロに依存し過ぎ」「支払う手数料が高ぎ」などといった批判をかわす狙いもあったのでしょう。しかし、何よりも現金収支上の時間差である「フロート」の利用が脅かされることがないようにしたかったのだと想像されます。

 そして、これから米国経済にリセッション(景気後退)という嵐が来て、ディストレスト投資のチャンスをもたらす、その時をじっと待ち構えているのではないでしょうか。(敬称略)

 

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。