スリー・アローズ・キャピタルの破綻(前編)―デリバティブを奏でる男たち【43】―

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◆FTXの破綻


 バハマに本拠地を置く暗号資産の大手交換業者、FTXトレーディングの経営破綻は、2022年の金融界における大きなトピックとなりました。2019年にサミュエル・バンクマン・フリード元CEO(最高経営責任者)によって創設された同社は、その巧みな宣伝手法などにより、わずか2年で業界3位の交換業者となります。ところが、暗号資産(仮想通貨)市場の低迷などを背景に資金繰りが悪化し、2022年11月に連邦破産法第11条(チャプター11)の適用申請を余儀なくされました。
 
 この破綻によりFTXが支援をしていた暗号資産の大手貸付業者、ブロックファイも同月にチャプター11を申請します。一般的に支援する側が経営破綻したからといって、支援される側も破綻するというわけではありません。しかし、ブロックファイはFTXから受けた金融支援が約2.75億ドルである一方、FTXのグループ企業に対して約6.8億ドルもの融資および暗号資産の貸し出しを行っており、その返済が滞ったことで連鎖破綻に追い込まれたとみられています。
 
 また、FTXは最近まで他の暗号資産関連企業の支援にも前向きでしたが、その資金はフリード元CEOが保有する個人的な企業の1つで、FTXの親会社にあたるアラメダ・リサーチを通じて、FTXに預けられていた顧客資産およそ100億ドルが流用されていた、と言われています。日本の証券業界において証券会社は、顧客資金を経営資金と分別勘定することが義務付けられています。そして、暗号資産業界においても交換業者は、暗号資産交換業者に関する内閣府令によって分別管理が義務付けられているのです。
 

◆破綻理由は3AC


 しかし、FTXは分別管理を行っていなかったようです。こうしたことが破綻後の報道などによって次第に明らかになってきました。顧客資産を流用してアラメダが支援を申し出た先に、カナダ・トロント市場に上場していた暗号資産の大手貸出業者、ボイジャー・デジタルがあります。2022年6月にアラメダはボイジャーに対して、2億ドル相当のUSDコイン(その価格が米ドル連動するよう設計されているステーブル・コイン)とビットコイン1万5000BTCの貸し出しを可能にする信用供与を行いました。

 しかし、ボイジャーは翌月にチャプター11を申請します。当時ボイジャーの貸付債権は総資産の半分近くにのぼり、その60%近くが主要取引先向けの債権でした。内訳は3.5億ドルの融資とビットコイン1万5250 BTCの貸し出しで構成されていた、と言います。この主要取引先が2022年7月に破産法の申請を行った暗号資産大手ヘッジファンドのスリー・アローズ・キャピタル(通称3AC)でした。
 

◆創業者は同級生のコンビ


 ピーク時に180億ドルを運用していたと主張する3ACは、2012年にカイル・デイビスと朱蘇(チョー・スー)によって設立されました。二人は米国で超一流とされる寄宿進学校のフィリップス・アカデミーの同級生です。同校はブッシュ大統領父子も卒業するなど、名門中の名門校ですが、授業料も世界一高額と言われています。そのため、生徒の多くは大金持ちや著名な家柄のようですが、二人はボストン郊外の比較的控えめな家庭環境で育ち、朱は6歳のときに家族と一緒に米国に来た中国人移民でした。

 卒業後、デイビスと朱はコロンビア大学に進学しました。二人とも数学を専攻し、朱は最優等位(Summa Cum Laude)を取得するほど優秀だったようです。大学卒業後、朱はスイスの主要投資銀行クレディ・スイス・グループ<CS>に就職。東京支店でデリバティブのトレーダーとして働き始めました。1年遅れて大学を卒業したデイビスは、朱を追いかけて同行東京支店でインターンとして働き始めます。

 朱は2008年の金融危機の際に解雇されてしまい、その後は世界最大級のマーケット・メーカーであるオランダのフロー・トレーダーズ、シンガポール支店に転職しました。そこで裁定取引の技術を学び、ETF(上場投信)を中心に売買することでトップトレーダーの仲間入りを果たします。これに自信を持った朱は2011年にドイツのメガバンクであるドイツ銀行<DB>に移籍しますが、長続きしません。遂にはクレディ・スイスに残っていたデイビスと相談してヘッジファンドを立ち上げることにしました。

 自分らの貯金と両親からの借金で約100万ドルをかき集め、3ACを立ち上げます。社名の由来はお気づきの通り、戦国武将の毛利元就が3人の息子に授けた「3本の矢」の教えです。2カ月足らずで運用資金を2倍にした彼らは、キャピタルゲイン課税のないシンガポールへの移住を決め、そこでファンドも登録しました。ここから会社を更に大きくするため、資金調達に奔走しますが、誇るべき実績も家柄もほとんど持たない彼らは資金集めに相当苦労したようです。
 

◆新興国通貨から暗号資産へ


 この頃の3ACは、新興国通貨のデリバティブでサヤ抜きをしていた、と言います。当時のFX(外国為替証拠金)取引は電子プラットフォームに移行したことから、異なる銀行で提示される価格やスプレッドの違い、あるいはミスプライスを見つけるのは簡単だったようです。もっとも銀行側は、こうした取引に応じることを嫌がり、2017年までに彼らを取引から締め出してしまいました。

 そこで彼らは主要取引市場をFXから暗号資産に変更します。この頃の暗号資産は取引所間の価格差(インターマーケット・スプレッド)が大きく、取れるサヤも大きかったようです。特に韓国の取引所では、他国の取引所に比べて相対的に高い価格となることが多く、「キムチプレミアム」と名付けられるほどでした。また、現物と先物との間の価格差も大きく、裁定取引を頻繁に行うことができたと言います。そして、この大きな価格差により多少の高金利で資金調達しても利益が出るため、3ACは借入金を増やしていきました。

 更に朱は、暗号資産業界の主要ソーシャルメディアであるツイッターで意識的に「有名人になる」ことを目指します。朱はビットコインが今、価格上下サイクルの底であり、ここから数百万ドルに上昇する長期強気相場が始まるとする「スーパーサイクル論」をツイッター上で展開しました。この頃からビットコインの価格が上昇に転じたことで、朱は高い支持を得ることに成功し、好きなだけお金を借りることができると自慢するほどになっていました。

ビットコイン/ドル(週足)

ビットコイン/ドル(週足)
出所:MINNKABU仮想通貨(https://cc.minkabu.jp/pair/BTC_USDT
 
 次第に3ACは、暗号資産から暗号資産交換業者の株式、暗号資産投信、あるいはDeFi(Decentralized Finance分散型金融)と言われる中央管理者不在の金融サービスなど、さまざまな暗号資産関連に投資対象を広げていきました。なかでもグレースケール・ビットコイン・トラストと言われる投資信託に20億ドルも投資していましたが、これが後に破綻の引き金となります。(敬称略、後編につづく)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。