デリバティブを奏でる男たち【61】 コールバーグのKKR(後編)

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◆RJRナビスコの買収


 今回はプライベート・エクイティおよびLBO(Leveraged Buyout、多額の借金つまりレバレッジを利用した企業買収)業界のパイオニアといわれるKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)を取り上げています。

 RJRナビスコの買収は、同社を語る上で欠かすことのできない出来事といえます。1988年にKKRの共同経営者であるヘンリー・ロバーツ・クラビスからの提案に基づいて、当時のRJRナビスコの社長兼CEO(最高経営責任者)だったフレデリック・ロス・ジョンソンが、上場していたRJRナビスコにMBO(Management Buyout、経営陣による自社買収)を仕掛けました。このときジョンソンは米投資銀行シアーソン・リーマン・ハットン(後のリーマン・ブラザーズ、2008年に経営破綻)とその親会社であったアメリカン・エキスプレスから資金援助を得て1株75ドル(このときRJRナビスコの株価は56ドル程度)、都合およそ170億ドルの買収提案を行います。ところが、この提案にKKRが含まれていなかったことから、その数日後にKKRはLBOによる1株90ドル、都合およそ203億ドルの買収を提案しました。

 この買収には、米大手商業銀行バンカーズ・トラスト(1999年にドイツ銀行が買収)の融資や米投資銀行ドレクセル・バーナム・ランバート(1990年に破綻)のジャンクボンドが利用されています。しかし、KKRは多くの年金基金や大学基金などから運用資金を提供されており、この買収が敵対的であるという理由で、これらの顧客から批判を浴びます。この問題は後に『Barbarians at the Gate/ The Fall of RJR Nabisco(邦題、「野蛮な来訪者-RJRナビスコの陥落」、日本放送出版協会1990年)』として出版され、それがベストセラーとなり、映画にもなるほど社会的にも非難されました。KKRは経営陣とシアーソン・リーマン側に共同提案を持ちかけますが断られます。一方で、シアーソン・リーマン側は他のプライベート・エクイティ投資会社などに買収提案への参加を呼びかけてコンソーシアム(共同体)を形成しようとしますが、これも上手くいきません。

 

◆買収の結末


 最終的に経営陣とシアーソン・リーマン側は1株112ドル、KKR側は109ドルで提案を行いますが、RJRナビスコの取締役会はKKRの提案を受け入れます。買収価格の安い方を選択するといった経済合理性に欠ける選択でしたが、会社をできるだけ分割せず、従業員の給与などを2年間削減しないとの条件をKKRが呑んだためだったといわれています。加えて、ジョンソン社長兼CEOがオーナーとなることに懸念があったのかもしれません。というのもジョンソンは社用ジェット機を11機(RJR空軍などと揶揄されました)も購入し、高価な航空機格納庫や瀟洒(しょうしゃ)な内装の本社ビル(こちらはガラスの動物園といわれました)を建設するなど、贅(ぜい)の限りを尽くしていたからです。

 結局、買収提案を拒否されたジョンソンは会社を去りますが、買収提案前に決議しておいたゴールデン・パラシュートを使って5300万ドルもの巨額の退職金を受け取りました。ゴールデン・パラシュートとは、買収で既存の役員が退任に追い込まれた際、巨額の退職金や年金を付与するという契約を会社側と結ぶことで、買収コストを引き上げる買収防衛策の一つです。1961年にトランス・ワールド航空が社長との雇用契約に盛り込んだ(トランス・ワールドで、この契約が現実となることはありませんでした)ことがきっかけで広まったといわれています。

 さて、そのジョンソンの後任として、アメリカン・エキスプレスの社長で後にIBMの社長として同社の再建に貢献したルイス・ヴィンセント・ガースナー・ジュニアが就任します。彼はIBM社長を退任した後、KKRの同業であるカーライル・グループの会長となります。一方、KKRはRJR買収で7500万ドルの報酬を手にしましたが、その後の追加出資分などを含めると取引全体では損失を被っており、KKRはその後、単一の投資に多額の資金を投じないことを決定するほど、同社の買収は失敗した案件となりました。

 

◆上場と後継者選び


 KKRは2007年に上場を申請しました。第60回で取り上げたブラックストーンが上場してから2週間も経たないうちに行われており、同社をライバル視していた様子がうかがえます。しかし、2007年といえば、米サブプライム住宅ローン問題で信用収縮が起きていた時期であり、新規公開市場も事実上閉鎖されてしまったことで、上場は延期となってしまいます。翌年に新たな上場計画が発表されますが、リーマン・ショックにより、またしても延期。結局は2009年に欧州で上場した後、米国での上場は2010年になってしまいます。

 そこまでして上場した目的の一つに、同社の後継者問題がありました。ここで紹介してきたヘッジファンドなどを運営する多くの投資会社は、極めて属人的な会社がほとんどですので、後継者問題は必ずつきまといますし、なかなかスムーズにはうまくいかないため、大きな問題として挙げられます。

 KKRでは2017年、スコット・チャールズ・ナトールとジョセフ・ベイを共同社長兼共同COO(最高執行責任者)としました。1972年ニュージーランド生まれのナトールはペンシルベニア大学を卒業後、ブラックストーンを経て1996年にKKRに入社しています。1972年韓国生まれのジョセフ・ベイは、ハーバード大学で文学士号を取得。マグナ・カム・ラウド(成績上位10%の学生に授与される称号)で卒業した後、1996 年にゴールドマン・サックス・グループから KKR に入社します。彼らにはそれぞれに1億2100万ドル分の株式が与えられました。そして、2021年に両氏が共同CEOに就任。クラビスとロバーツは取締役会の執行共同会長となっています。

 

◆日本での活躍


 共同CEOに就任した韓国出身のベイは、買収対象をアジアにも拡大させており、日本もターゲットに入っています。2014年にはパナソニック ホールディングス <6752> [東証P]からヘルスケア事業部門であるパナソニックヘルスケア(当時)を買収。PHCホールディングス <6523> [東証P]に社名を変えて2021年に上場を果たしました。また、2017年には日産自動車 <7201> [東証P]から自動車部品のカルソニックカンセイ(2017年に上場廃止、現在のマレリ)を買収しています。

PHCホールディングス <6523> 週足



 同年には日立製作所 <6501> [東証P]からも通信や放送、半導体のシステムを手掛ける日立国際電気(2018年に上場廃止)や電動工具メーカーの日立工機(2017年に上場廃止、現在の工機ホールディングス)を買収しました。日立国際電気に関しては2020年に日本産業パートナーズ(JIP)へ売却。その後、2023年に日清紡ホールディングス <3105> [東証P]が買収しています。このほか、2020年には楽天グループ <4755> [東証P]と提携して、ウォルマートが所有するスーパーの西友(2008年上場廃止)を買収。2022年にはオリックス <8591> [東証P]から会計ソフトの弥生を買収するなど、活発に活動しています。

 こうした背景には、2015年からKKR日本法人会長に斉藤惇・JPXグループ元取締役兼代表執行役グループCEOが就任していることが大きく寄与していると考えられ、今後も日本での活躍が期待されます。(敬称略)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。