デリバティブを奏でる男たち【69】 バフェットの右腕にして左脳のチャーリー(後編)

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 今回は100歳を目前にして残念ながら鬼籍入りした著名投資家、バークシャー・ハサウェイの副会長であるチャールズ・トーマス・マンガー(Charles Thomas Munger:通称チャーリー・マンガー、1924-2023)を取り上げています。

 世界三大投資家のひとりに数えられるウォーレン・エドワード・バフェット(Warren Edward Buffett:通称ウォーレン・バフェット)は「チャーリーのインスピレーション、知恵、そして参加なしに、現在の状況を築けなかっただろう」と故人を悼みました。この言葉は、まともな企業を素晴らしい価格で買うことについての知識は忘れて、素晴らしいビジネスを公正な価格で買おうじゃないか、というマンガーの投資哲学が大きく影響していることを物語っています。このマンガーの投資哲学に従い、バフェットはバリュー株投資の追求を止め、公正な価格で取引されている素晴らしい会社を追求するようになり、バークシャーは大きく成長しました。
 

◆保険会社のフロートを活用


 もうひとつバークシャーを大きくしたのは、保険会社のフロートだと考えます。保険会社は加入者から保険金や年金などの掛け金を集め、それらを運用しながら後で加入者に保険金や年金を支払います。こうした現金収支上の時間差のことをフロートといいます。保険会社を傘下に持つ運用会社にとって、フロートは解約による資金逃避の可能性が極端に少ない、非常に都合の良い資金源となります。ちなみに、第33回で取り上げたレオン・デイビッド・ブラック(通称レオン・ブラック)が率いていたアポロ・グローバル・マネジメントでもフロートが活用されています。以下をご参照ください。

▼プライベート・エクイティの巨人、アポロ・グローバル(後編)ーデリバティブを奏でる男たち【33】ー
https://fu.minkabu.jp/column/1551

 バークシャーは1996年に自動車保険会社ガイコ(GEICO、Government Employees Insurance Company、公務員保険会社)、1998年に再保険会社ゼネラル・リーなど、次々に保険会社を買収。2022年にも損害保険や再保険を中心とした持ち株会社アリゲニー(2022年10月上場廃止)を買収しました。これらの買収によってバークシャーは現在、世界でも有数の保険会社になっています。これら保険会社から生じる豊富なフロートを活用し、投資活動を展開することで安定的な長期投資が可能となりました。もっとも、前回に触れた通り、素晴らしいビジネスは普段から非常に高く評価されており、暴落でもない限り公正な価格になるタイミングは滅多にありません。それを待ち続けているためか、バークシャーの現金相当保有額(米短期国債を含む)は2023年9月末時点で、過去最高の1572億ドルまで積み上がっています。

 

◆マンガーの投資哲学


 マンガーには毒舌との評判もありますが、バフェットに投資哲学を再考させるくらいですから、並外れたストーリー・テラーでもあった、といわれています。加えて、彼独特の投資に対する哲学や格言は多くの投資家たちを魅了してきました。そうした投資で成功するための思考の枠組みを、彼はメンタル・モデルと呼んでいました。この言葉は元々、認知心理学の用語で、人が世界をどのように認識して解釈しているのか、といった思考の前提となる認知モデルのことを指しています。彼はこれを投資の世界に持ち込みました。

 マンガーがよく使っていたメンタル・モデルのひとつに「反転」があります。これはドイツの数学者カール・グスタフ・ヤコブ・ヤコビ(1804-1851)の考えによるものです。常に問題を反転させて考えると解決策が見つけやすくなる、という思考方法です。例えば「有能なファンド・マネージャーを選ぶにはどうしたら良いのか」という問題を、「無能なファンド・マネージャーがどうして選ばれるのか」に置き換えて考えるのです。投資プロセスがいい加減なのに、たまたま直近の運用成績が優れていたファンド・マネージャーなどは、その答えに近いのではないでしょうか。となると当初の問題に対しては、短期的な結果ではなく、堅実な投資プロセスかどうかに焦点を絞って選別すれば良い、という考えにたどり着きます。

 この他にもマンガーは「確証バイアス」というメンタル・モデルも使っていました。人間は自分が信じていることを証明する材料や同意する意見のみを探し、信じていることを疑うような材料や反対する意見を排除する傾向があります。これを確証バイアスといい、特に相場の世界ではありふれた傾向といえるのではないでしょうか。しかし、確証バイアスにこだわると、自らの相場観に問題があることを示す材料や意見のほか、トレンドを転換させるような新たな材料が出てきても「無視し続ける」という危険な状態になることを、投資家は常に自覚する必要があります。こうしたメンタル・モデルを幾つも組み合わせて、マンガーは投資対象を見つけ出し、それを買うタイミングを測っていたようです。

 そして、マンガーが考える究極のメンタル・モデルは「ロラパルーザ効果」だと思われます。ロラパルーザとは本来、並外れた、例外的な、または珍しい物、人、出来事を意味します。様々なメンタル・モデルが同じタイミングで同じ方向に作用し始めた時、非合理的な行動を引き起こす可能性が大幅に高まり、ロラパルーザな結果を招くことを指しています。恐らくマンガーは、このロラパルーザ効果によってマーケットのオーバーシュート(上下を問わず極端に行き過ぎた状態)が引き起こされる、と考えたのではないでしょうか。相場格言では「山高ければ谷深し」といいます。ということは、ロラパルーザ効果によって相場が上へオーバーシュートすれば、次に起こる現象は下へのオーバーシュートです。このときこそ素晴らしいビジネスが公正な価格になるタイミング、とマンガーは判断していたのではないでしょうか。こうした見方が本当に正しいのかどうか、今となっては本人に伺うことはかないませんが、バフェットをはじめ、その意志を継いだ者たちが今後のバークシャーを担っていくものと考えられます。マンガーの生前の功績を偲び、心からご冥福をお祈りすると同時に、マンガー亡き後のバークシャーの活躍に期待しましょう。(敬称略)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。