デリバティブを奏でる男たち【76】 セス・フィッシャーのオアシス(前編)

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 2024年に日経平均株価は34年ぶりに史上最高値を更新し、4万円の大台替えを果たしました。その原動力となったのは、新型コロナ対策に端を発し、ロシアのウクライナ侵攻でドライブが掛かった海外より波及したインフレ圧力であるとみています。これを受けて国内の脱デフレが鮮明になってきたことが挙げられるほか、2023年3月に東京証券取引所が上場企業に対して資本効率の改善を求め、これに多くの企業が応えたため、日本株が海外投資家から注目されるようになったことなども考えられます。ただ、一方で内外の「物言う株主(アクティビスト)」も活発に動き始めています。そこで今回は、アクティビストの中でも東京株式市場で目立った動きを見せている、香港を拠点とするオアシス・マネジメントを取り上げます。
 

◆オアシス創設前


 オアシスを創設したセス・ヒレル・フィッシャー(Seth H. Fischer:通称、セス・フィッシャー)は、ニューヨーク市に 4 つのキャンパスを持つ正統派ユダヤ教の私立大学であるイェシーバー大学を1993年に卒業しました。卒業後はイスラエル国防軍で働きます。1995年に退役した後は米ハイブリッジ・キャピタル・マネジメントで働き、最終的にはアジア投資のポートフォリオ・マネージャーとなりました。1992年にグレン・ドゥビンとヘンリー・スウィーカによって設立されたマルチ戦略ヘッジファンドのハイブリッジは、マンハッタン北部のワシントン・ハイツとブロンクスを結ぶ19 世紀に建造された水道橋に因んで名付けられました。同社は2004 年に米投資銀行のJPモルガン・チェースが買収しています。その2年前である2002年に、フィッシャーはハイブリッジから独立し、DKRキャピタル・パートナーズとともにDKRオアシス・マネジメントを創設しました。そして、2004年には拠点を香港へ移しています。

 DKRキャピタルは元々、米大手保険会社アメリカン・インターナショナル・グループ傘下のヘッジファンド、AIGインターナショナルという会社でした。それを同じくAIG傘下のトレーディング会社、AIGトレーディングで経営幹部をしていたゲイリー・S・ デイビスとバリー・L・クラインが買収し、DKRキャピタルとします。デイビスとクラインは、ジャンクボンドの帝王といわれた、投資銀行ドレクセル・バーナム・ランバートのマイケル・ロバート・ミルケンと一緒に働いた経験を持つ人物です。親会社のAIGは2008年のリーマン・ショックで事実上破綻に追い込まれ、一時国有化されました。同じタイミングでDKRオアシスが運用するファンドも損失が拡大し、償還請求が急増したため資金の引き出しを制限するといった事態となります。同ファンドは2011年に運用を停止、顧客に資金を返還し、DKRオアシスはオアシス・マネジメントに再編されています。

 

◆オアシス創設後の問題


 再編の3カ月後、香港の証券先物委員会(SFC、Securities and Futures Commission)は、オアシスとフィッシャーに、それぞれ750万香港ドル(約7400万円)の罰金と戒告処分を課しました。その理由は、DKRオアシスでファンドを運用していた2006年に、東京株式市場で行われた日本航空の相場操縦です。このとき日本航空は公募増資を実施することになっていました。SFCによると、増資の価格決定日の大引け間際に、オアシスは大量の引け成り買い注文を出します。ところが、大引け前にそれらを取り消して、今度は大量の空売り注文を出したといいます。その注文には直近公表価格以下での空売りを禁じる日本の証券取引法(当時)に違反するものも含まれていた、と日本の当局はみていました。加えて、空売りの決済日には、約定分の約7割という大規模なフェイル(受け渡し不能)を発生させ、公募で取得した株券等を用いて当該フェイルの約5割を解消させました。

 見せ玉や売り崩し、引け値関与が疑われる、こうした行為は日本でも問題になります。香港法令上では、オアシス及びフィッシャーが投資家として適格性を欠く恐れがある、とSFCは判断しました。オアシスとフィッシャーは法令違反を認めないものの、罰金を支払い、かような事態の再発を防ぐための自主的な措置を講じることで事態を収拾します。この問題は協議の結果、当該投資家がSFC監督下の香港に在住するため、SFCが処理することとなり、日本の当局は積極的に協力したとのことです。もっとも、日本国内の投資家が香港で同じような問題を発生させた場合、香港当局が積極的に協力し、日本の当局が罰金を科すといった事態になるのかどうかは、疑問が残るところです。

 

◆日本での活躍


 このような紆余曲折を経てフィッシャー率いるオアシスは、次第に日本でのアクティビスト活動を積極化させていきました。2014年には任天堂に対して、モバイルゲーム市場に注力すべきだ、と書簡を送ります。2015年には京セラに対し、保有するKDDI株を全て売却し、その半分の500億円を株主に還元すべきだ、と主張しました。また、2017年にはパナソニック(現在のパナソニック ホールディングス)に対して、子会社パナホームの買収価格が低すぎるとして買収計画に反対し、パナソニックは価格引き上げを余儀なくされます。同年にパソナ(現在はパソナグループの子会社)に対しても、経営陣による買収を提案しました。

 そして、2018年には電子部品メーカーのアルプス電気(現在のアルプスアルパイン)と子会社アルパイン(2018年に上場廃止)の経営統合にも参戦します。このときは最強のアクティビストといわれるポール・シンガーのエリオット・マネジメントも加わります。エリオット並びに、アルプス電気とアルパインの経営統合につきましては以下をご参照ください。

▼エリオットのポール・シンガー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【27】―
https://fu.minkabu.jp/column/1438

(敬称略、後編につづく)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。