エリオットのポール・シンガー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【27】― 

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◆日本では合併裁定取引が中心


 「最強のアクティビスト」として恐れられているポール・エリオット・シンガー(通称ポール・シンガー)のエリオット・マネジメント・コーポレーションは、三光汽船への投融資の後、日本においてアクティビストというより合併裁定取引、しかも相乗りを中心に投資していきます。

 例えば、2017年には日立製作所 <6501> [東証P]の子会社、日立国際電気(2018年に上場廃止)の株式を約9%まで保有します。当時、親会社である日立の了解を得て、米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)が1株2503円でTOB(株式公開買い付け)による日立国際電気の買収を予定していました。

 しかし、エリオットの買いとそれによる思惑で日立国際電気の株価は上昇。KKRはTOBを一旦延期し、買い付け価格を2900円に引き上げて仕切り直します。ところが、さらに株価が値上がりしたため、買い付け価格を3132円に吊り上げました。その後に株価は3132円を上回りますが、エリオットが応じてTOBは成立します。

 この一件でエリオットは約35億円の売却益を得たと言われています。ただ、「最強のアクティビスト」にもかかわらず表立って何も主張しないまま、時価を下回るTOBに応じた背景には、エリオットと日立がイタリアで争っていた案件があった、という穿った見方があるようです。2015年に日立はイタリアの航空・防衛大手フィンメカニカ(現在のレオナルド)から信号・車両部門のアンサルドSTS(2019年に上場廃止、現在の日立レールSTS)を買収することになっていました。

 ところが、エリオットはアンサルドSTS株を30%も買い集め、買収価格が安すぎるとして裁判所に訴えます。買収価格が安かったのは日立が赤字の車両部門をセットで買い取る約束になっていたからでしたが、エリオットの訴えに応じて裁判所は買収価格の引き上げ処分を日立に下します。これに対し日立は処分取り消しを求めて提訴するなど、問題は泥沼化していました。この問題に対する日立側の譲歩を引き出すべく、エリオットは日立国際の件に首を突っ込んだと見られています。

 2018年には電子部品メーカーのアルプス電気(現在のアルプスアルパイン <6770> [東証P])と子会社アルパイン(2018年に上場廃止)の経営統合にも参戦しました。この統合に対して、アルパイン株を10%近く保有する香港のヘッジファンド、オアシス・マネジメントが統合比率の低さを問題視していたところに、エリオットはアルプス電気とアルパインの両株式をそれぞれ約1割前後も保有します。

 この経営統合には株主の3分の2が賛成する必要があったものの、アルパインの定時株主総会では統合に反対するオアシスの株主提案(会社側の15円配当に対して325円の配当を要求)に3割弱の票が集まり、エリオットの動向が注目されていました。アルパインは経営統合を条件に100円配当の実施と、アルプス電気は経営統合後に400億円の自社株買いを発表。こうした株主還元によってエリオット側の了承を引き出し経営統合が成立します。もっとも、後の大量保有報告書をみると、エリオットは2020年3月のコロナショック後に保有比率を低下させており、手放すタイミングは良くなかったように見られます。

アルプス電気とアルパインの株価推移(円)
週次、1:0.68の統合比率に合わせて左右の縦軸を調整
 

◆続く泥沼化案件


 2019年には中堅不動産会社ユニゾホールディングス(2020年に上場廃止)のTOB合戦にもエリオットは参戦しました。この一件は格安航空券販売の最大手であるエイチ・アイ・エス <9603> [東証P]が、ユニゾに対して1株3100円の敵対的TOBを仕掛けたことに始まります。

 ユニゾ側は反対意見を表明。ソフトバンクグループ <9984> [東証P]傘下の米投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループと組んで、株式非公開化を目的に1株4000円で対抗TOBを仕掛けました。このTOBにエリオットのほか、国内独立系投資顧問のいちごアセットマネジメントなどが新たにユニゾの大株主として名を連ねてきます。

 しかし、ユニゾの株価が米投資ファンドのTOB価格を上回って推移したことなどから、ユニゾはフォートレス側にTOB価格の引き上げを求めました。ところが、フォートレス側から回答はなく、フォートレスが会社解体を視野に入れている可能性があることを懸念して、ユニゾはフォートレスのTOBへの賛同意見を撤回してしまいます。この時点でエイチ・アイ・エスは保有株式の売却を始めました。

 続いて米投資ファンドのブラックストーンが、1株5000円のTOBによりユニゾの全株取得を目指すと発表。その後にユニゾの従業員と米投資ファンドのローンスターが共同で設立した新会社、チトセア投資が1株5100円のTOBを発表。フォートレスがTOB価格を5200円に引き上げ、さらにはチトセア投資が1株5700円のTOBを発表するなど、買収合戦は一段ともつれ込みます。そして、ブラックストーンがTOB価格を6000円に引き上げると、チトセア投資も6000円に引き上げといった具合の泥仕合となりました。

ユニゾホールディングスの株価推移(円)

 チトセア投資は買収資金をローンスターからの優先株と融資で賄うものの、後に保有不動産を売却して買収資金を返済することになっていたらしく、買収合戦の最中からユニゾは保有不動産の売却を急ぎます。保有資産が減ると買収妙味が薄れるため、エリオットやいちごはチトセア投資のTOBに応じて脱出することにしました。

 チトセア投資はユニゾを買収した後、ローンスターに発行した優先株546億円分を987億円で買い戻し、融資1510億円をも返済。都合およそ2500億円もの資産が流出したことで、同社発行の社債が返済できないのではないかとの思惑が錯綜します。社債価格は一時、額面の4割まで下落し、社債を保有していた金融機関の多くは評価損の計上を余儀なくされました。
 

◆話題の銘柄にも食指


 また最近の話題として、エリオットは東芝 <6502> [東証P]が実施した2017年の増資を引き受けており、2021年に入って保有比率を5%弱まで引き上げ、保有比率10位以内の大株主となったようです。東芝に関しては前回に紹介したトム・ステイヤーが創業したファラロン・キャピタル・マネジメントのところで触れておりますので、そちらをご参照ください。

▼ファラロン・キャピタルのトム・ステイヤー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【26】
https://fu.minkabu.jp/column/1408

▼ファラロン・キャピタルのトム・ステイヤー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【26】
https://fu.minkabu.jp/column/1421

 そのほか電気自動車メーカー、テスラ<TSLA>の共同創業者にしてCEOのイーロン・マスクが最近、買収に名乗りを上げたことで話題になっているツイッター<TWTR>について、エリオットは以前から大株主として会社経営に口を挟んでいました。例えば、2020年3月には共同創業者のジャック・ドーシーCEOがアフリカに移住すると発表した後、エリオットは業績目標の未達などを理由にジャック・ドーシーを追放し、取締役会の4議席を受け渡すよう圧力をかけます。

 このときはエリオットなどからの取締役受け入れと20億ドル規模の自社株買い実施でドーシーのCEO継続となりましたが、2021年11月にはドーシーの即時退任が発表されます。その背景として、新しくCEOとなる最高技術責任者(CTO)のパラグ・アグラワルがドーシーを追放した、との見方が出ました。そのドーシーと親しいマスクがツイッター株を買い始めたのは、この直後からだと言われています。

 ツイッターがマスクの取締役起用を発表するも、マスクはこれを直前に拒否。その後に1株54.2ドルでツイッター全株式を買い取る提案を発表しました。一方、買収提案に対してツイッター側は、ポイズンピルで応戦。取締役会の承認なしに15%以上の株式を取得した場合、他の既存株主に有利な条件で株式を追加購入できる権利を与えるとした後に買収提案を承認するなど、事態は二転三転しています。恐らくはエリオットも買収を承認したものと考えられますが、もう少し行方を見守る必要がありそうです。(敬称略)

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。