デリバティブを奏でる男たち【76】 セス・フィッシャーのオアシス(後編)

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 今回は、自称「エンゲージメント(建設的な目的を持った対話を行う)株主」として、東京株式市場での動きが目立っている香港拠点のオアシス・マネジメントを取り上げています。オアシスはセス・ヒレル・フィッシャー(Seth H. Fischer:通称、セス・フィッシャー)によって創設されました。彼は2002年にマルチ戦略ヘッジファンドの米ハイブリッジ・キャピタル・マネジメントから独立し、DKRキャピタル・パートナーズとともにDKRオアシス・マネジメントを創設します。2011年にはDKRオアシスをオアシス・マネジメントに再編。そこから次第に日本でのエンゲージメント活動を積極化させています。
 

◆アルプスアルパイン


 前編の後段で、オアシス・マネジメントが2018年に参戦した案件である、電子部品メーカーのアルプス電気(現在のアルプスアルパイン)と子会社アルパイン(2018年に上場廃止)の経営統合について触れました。オアシスは、子会社の少数株主が親会社から搾取されているとして、この経営統合に反対しました。しかし、同じく異議を唱えていた最強のアクティビストといわれるポール・エリオット・シンガーのエリオット・マネジメントは、経営統合後に行うとするアルパインの100円配当や、アルプス電気による400億円の自社株買いを評価して、経営統合を了承します。しかし、2019年に経営統合が成立した後、アルプス電気が3割に及ぶ業績の下方修正を行ったことなどから、オアシスは経営統合の無効と384億円の損害賠償を求めて訴訟を起こします。結果は1審も2審もオアシス側の敗訴となりました。

 ただ、2023年に入り、シティインデックスイレブンスやエスグラントコーポレーションなど、旧村上ファンド系とみられる投資家が、アルプスアルパイン株の保有比率を増加させており、今後も同社を巡る「物言う株主(アクティビスト)」の動向は見守って行く必要がありそうです。

アルプスアルパイン(月足)
アルプスアルパイン(月足)

 

◆サン電子


 オアシスは2020年、電子機器製造業者であるサン電子のプロキシー・ファイト(委任状争奪戦)で、日本初の勝利を収めました。2019年3月に大量保有報告書を提出し、同社の主要株主として登場したオアシスは、6月の定時株主総会で取締役5人の再任反対を提案します。理由としては4期連続の最終赤字見込みと、子会社が実施した増資の発行価額の低さを指摘しました。結果はオアシスの主張通りには行きませんでしたが、4割近くの賛同を得ます。手応えを得たオアシスはサン電子株の保有比率を引き上げ、コロナ禍の真っ只中である2020年4月に臨時株主総会を招集しました。4人の取締役の解任と、新たに5人の取締役選任を求めた結果、70%前後の賛成率で可決されます。このときはサン電子の筆頭株主である東海エンジニアリングの賛同も得られたようです。

 オアシス勝利後に、サン電子の株価は3四半期で3倍になりました。その後6四半期で株価は元の水準に戻りますが、2024年に入って再び動意づきます。3月に入ってオアシスが保有比率を引き上げてきたことが、思惑を呼んでいると考えられます。

サン電子(月足)
サン電子(月足)

 

◆フジテック


 また、オアシスはエレベーター専業大手のフジテックの案件において、探偵並みの調査能力を示しました。創業家の3代目である社長(当時)の同族会社とフジテックとの取引で、フジテックの株主よりも同族会社の利益を優先したものがないかを確認する第三者委員会の設置を2020年に求めます。これを会社側は受け入れませんでしたが、オアシスは2022年にも同じ提案を行いました。このときオアシスは膨大な資料を提示し、公開情報を基に経営の問題点を指摘するにとどまらず、非公開情報も含めて社長個人のプライベートを調べ上げます。

 そこでフジテックは弁護士事務所に、同族会社と自社との取引について調査を依頼しました。確かにそのような取引はありましたが、内容については適法であり、問題はなかったとします。ところが、その調査を行った弁護士事務所とフジテックとの関係、ならびに調査に対するフジテックのリリースが問題となりました。以前からフジテックと取引関係があった弁護士事務所に調査を依頼したことで調査の独立性が疑われます。そして、弁護士事務所が調査結果を公表する前に、フジテックが適法であるとするリリースを発表してしまったため、更に疑いが深くなりました。

 オアシスは再び調査を求め、これに議決権行使助言会社の二大巨頭である米グラスルイスと米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が、説得力のある調査がされていない、として賛同します。フジテックは定時株主総会の6日前に急遽、第三者委員会を設置し、定時総会の1時間前に社長は退任して自身の取締役選任議案を撤回しました。定時総会後の取締役会で社長は会長に就任しますが、オアシスは2023年2月に臨時総会を招集し、社外取締役全員を交代させる提案を行います。結果は3人が退任し、新たにオアシスが推薦する4人の社外取締役が選任されました。

 その後にオアシスは元社長であった会長の更迭を取締役会に要請し、全会一致で承認されます。同年の定時総会で元社長は返り咲きを狙いましたが、株主からの賛同は得られませんでした。因みに、フジテックの株価はコロナ禍以降、順調に右肩上がりとなっており、今後のオアシスの動向にマーケットが期待している可能性が感じられます。このほかにも東京株式市場においてオアシスが手掛けた案件は幾つか散見されており、彼らに対する投資家の注目度は一段と高まっているようです。(敬称略)

フジテック (月足)
フジテック (月足)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。