今回はかつて英国ヘッジファンドのゴールド・スタンタードとみなされていたランズダウン・パートナーズを取り上げています。2001年に立ち上げたロング・ショート戦略の先進国株式ファンドは空売りで名を馳せ、同社の旗艦ファンドになるまでに成長しました。2013年にランズダウンは、郵政省(現・英国ロイヤルメール)の民営化に参加するよう選ばれたわずか16の機関投資家の1つにもなっています。運用資産残高も2015年には210億ドルに達しました。しかし、2024年6月時点では72億ドルに減少しており、第90回で取り上げたマーシャル・ウェイスの690億ドル(2024年10月時点)と比較すると、大きく見劣りします。一体なにがあったのでしょうか。
◆続出する経営メンバーの退陣
2013年に共同創業者の一人であり、最高経営責任者(CEO)であったポール・マーティン・ラドック卿(Sir Paul Martin Ruddock)が退任します。慈善事業など他の関心事に力を注ぎたいとのことであり、2015年に彼は当時の財務大臣から国家インフラ委員会の委員に任命されています。
ラドック卿の代わりとしてランズダウンは、南アフリカで創設されたプライベートバンク兼資産運用会社であるインベステックの英国投資銀行部門会長、アレクサンダー・チャールズ・ウォレス・スノー(Alexander Charles Wallace Snow、通称アレックス・スノー)を招聘しました。彼は株式仲買人エボリューションを設立し、2011年にインベステックに売却しています。スノーはランズダウンでは新しいチームを結成し、2015年にはエネルギーファンドを立ち上げます。
2014年にはもう一人の創業者であるスティーブン・アンドリュー・ハインツ(Steven Andrew Heinz)も第一線から退きます。彼は引き続き同社のマネージング・ディレクターとして情報技術開発を監督するものの、オーストリアを拠点とするようになりました。
その一方、先進国株式ファンドを運用するスチュアート・グラント・ローデン(Stuart Grant Roden)がランズダウンの会長に就任します。しかし、そのローデンも2016年に同ファンドの運用から退きます。2015年にスイスの世界的な鉱業・商品取引の大手であるグレンコアが、チャイナ・ショックに伴う商品相場の下落により多額の損失を抱えたことに目を付け、グレンコアに空売りを仕掛けたことなどが背景にあるようです。グレンコアの株価はその財務面が強固であることが分かると急騰し、ランズダウンは打撃を受けてしまいました。
この年にはラドック卿の代わりに招いたスノーもCEOを解任されます。彼は会社を拡大できなかったことへの不満を理由に、解任の9カ月後にランズダウンを退職しました。その後を追うようにローデンも、社を多角化する試みが失敗したことに不満を抱き、「他の利益を追求する」として2018年にランズダウンを去っています。一時は200億ドルという運用資産額を誇っていましたが、それだけの資金を運用しながら好成績を維持することは「至難の業」だといわれています。そのため、多角化は必要だったのでしょうが、なかなか上手くいかなかったと考えられます。
こうした経緯から想像するに、ランズダウンにおいては運用成績が社内の力関係を左右するのでしょう。そのため、創業者であっても退任を余儀なくされる、といったことが起きたのかもしれません。
一方でランズダウンの創業者は、同社の大株主でもあります。ランズダウンは2006年に米名門投資銀行であるモルガン・スタンレー<MS>の運用子会社、モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメントに19%の株式を売却していますが、他はほとんど創業者の二人が握っています。彼らは新しい経営チームにインセンティブを与えるため、株式を売却することを選択しませんでした。それでもマネジメント能力に長けていれば良いのですが、大株主が優秀な経営者とは限りません。例えば駅前の不動産を大量に保有する大地主が手放さないために、その駅の開発が他の周辺の駅よりも著しく遅れてしまう、といったケースを考えてみてください。それと同じことがランズダウンにも起きた可能性は否めないようです。
◆旗艦ファンドの閉鎖と新展開
2016年に投資先であるビジネス・ネットワーキング・サイト運営会社リンクトインが、マイクロソフト<MSFT>に買収されたことで一時的に運用成績が上向くこともありました。しかし、同年の英国による欧州連合離脱(ブレグジット)の影響を見誤り、この年の運用成績はマイナスに落ち込みます。特に英商業銀行大手のロイズ・バンキング・グループ<LYG>の株式を保有したことで打撃を受けました。このとき低金利と支払い保護の不正販売スキャンダルによって、ロイズの株価は大幅に下落します。
また2019年末には、金融市場が反転の瀬戸際にあるとみて、「馬鹿げた」債券価格の大幅な下落やテクノロジー株の低迷、英国株の回復にランズダウンは賭けます。特に保有していたアマゾン・ドット・コム<AMZN>やアルファベット<GOOG>の買いポジションを手放し、一部のテクノロジー株に空売りを仕掛けます。また、大手航空会社は「大幅に」過小評価されており、魅力的な中期投資先であるとして、ドイツのフラッグ・シップであるルフトハンザ航空の買いポジションを積み上げ、そのサイズは多い時で総買いポジションの約4分の1にまで膨らみました。
そして迎えた2020年、コロナ・ショックに見舞われます。多額の損失に見舞われたランズダウンは同年7月、長期にわたる低迷を受けて旗艦ファンドである先進国市場ファンドを閉鎖すると発表しました。長引く強気相場で空売りの「機会を見つけるのがはるかに難しくなっている」ことが主因のようです。そのため、顧客は現金を引き出すか、既存のロングオンリー戦略か、ランズダウンが初期段階の企業に投資するために立ち上げるLDMオポチュニティーズと呼ばれる新しいファンドに投資することができる、と複数の選択肢を示しました。もっとも業界の一部では、ランズダウンのパフォーマンスが悪化したのは、売りポジションではなく買いポジションのせいだ、といった穿った見方もされているそうです。
しかし、旗艦ファンドを閉めたとはいえ、ランズダウンは諦めていません。新たな戦略を採用し、流通チャネルを拡大させるため、2023年に11億ドルを運用するロングオンリー・ファンド、クルックス・アセット・マネジメントを買収しました。クルックスの創設者である第4代準男爵リチャード・ピーター・ピーズ卿(Sir Richard Peter Pease, 4th Baronet)は、2015年にクルックスを設立する前、ヘンダーソン・グループ(2017年にジャナス・キャピタル・グループと合併し、現在はジャナス・ヘンダーソン)の英投資運用会社であるヘンダーソン・グローバル・インベスターズで働いていました。そこで彼はスター・マネージャーだったようですが、今回の買収で運用業務から引退しています。
クルックスは2022年、米独立系金融サービス会社であるスティーブンスにも少数株を売却していました。今後ランズダウンは、クルックスの顧客関係とスティーブンスとの提携を活かして、英国と米国の資産管理市場をターゲットにすることを目指すようです。
また、2024年3月には、スノー解任後にランズダウンの経営を切り盛りしていたスザンナ・リン・ナットン(Suzanna Lynn Nutton、通称スージー・ナットン)が退職し、代わりにリチャード・ブライアン・マー・ヘイワース(Richard Brian Marr Heyworth、通称ブライアン・ヘイワース)が同社のCEOに就任しました。彼は2021年にHSBCアセット・マネジメントから共同マネージング・パートナーとしてランズダウンに入社し、年金基金やファンドなどの機関投資家といった顧客基盤を越えて事業を多様化することに貢献しています。新体制となったランズダウンが今後どのように発展していくのか、注目していきたいと思います。(敬称略)