[Vol.2128] 二人の大統領がベネズエラを変えた

著者:吉田 哲
ブックマーク
原油反発。米主要株価指数の反発などで。58.45ドル/バレル近辺で推移。

金反発。ドル指数の反落などで。4,463.70ドル/トロイオンス近辺で推移。

上海ゴム(上海期貨交易所)反発。26年05月限は16,050元/トン付近で推移。

上海原油(上海国際能源取引中心)反発。26年02月限は428.2元/バレル付近で推移。

金・プラチナの価格差、ドル建てで2142.15ドル(前日比24.15ドル縮小)、円建てで12,444円(前日比105円縮小)。価格の関係はともに金>プラチナ。

国内市場は以下のとおり。(1月6日 18時05分時点 6番限)
23,093円/g
白金 10,649円/g
ゴム 350.1円/kg
とうもろこし (まだ出来ず)
LNG 1,799円/mmBtu(25年8月限 5月27日15時39分時点)

●NY原油先物 月足 単位:ドル/バレル

出所:MarketSpeedⅡより筆者作成

●本日のグラフ「二人の大統領がベネズエラを変えた」
前回は、「小ベネチア、大自然、OPECの原加盟国」として、ベネズエラの位置を、確認しました。

今回は、「二人の大統領がベネズエラを変えた」として、ベネズエラの自由民主主義指数を、確認します。

1月3日にベネズエラで起きたことを説明するには、1990年代に戻る必要があります。以下は、ベネズエラの自由民主主義指数です。自由民主主義指数は、V-Dem研究所(スウェーデン)が算出・公表する、自由度・民主度の高さを示す指標です。

選挙制度、法の支配、表現・言論の自由など、自由度・民主度に関わる多数のデータによって算出されています。

ベネズエラの同指数の推移を確認すると、高い山から水が滝となって落ちるように、急低下していることが分かります。落ちるきっかけとなったタイミングは、1998年ごろです。同年はベネズエラでチャベス氏が大統領になった年でした。この年から、同国の自由度・民主度は、低下の一途をたどり始めました。

原油生産国であるベネズエラには、経済的に比較的豊かな時代がありましたが、石油利権は米国資本と手を結んだ特権階級に独占され、貧富の差が拡大していました。石油を通じた米国との関わりが深くなればなるほど、その差は大きくなっていきました。

こうした中、1989年に首都カラカスで貧困層を中心とした大規模な暴動が起きました。そして、その暴動は軍隊によって鎮圧され、多数の死傷者が出ました。カラカス動乱です。

当時、チャベス氏は暴動を鎮圧する陸軍側にいましたが、貧困層を含む自国民を鎮圧する政府に不信感を抱き、クーデター(政権転覆)を画策しますが、失敗し、捕らえられました。しかし、釈放を望む運動によって釈放されたことを機に、軍事的な考え方から言論を中心とした姿勢に転換しました。

そして、1998年の大統領選挙に立候補し、「貧者の救済」を掲げ、勝利しました。石油がもたらす利益を国民に分配する仕組みづくりをすることを明言しました。しかしその後は、反米姿勢を強く打ち出すなど(国連総会で米国を「悪魔」と複数回述べた)、強固な権力を築いたことで、同国の自由度・民主度は低下しました。

また、イラク戦争(2003年)などがきっかけで原油価格が上昇し、経済が潤う中、汚職がまん延したり、野党を排除する姿勢を鮮明にしたりして、国家の運営が不安定化しました。自身の大統領任期を事実上無期限にする憲法改正を行ったことも、不安定化に拍車をかけました。

このころには、資源を生産する国が陥る可能性がある「資源の呪い(豊富な資源が自国の経済発展や民主主義向上を妨げる要因になること)」に、ベネズエラはかかってしまっていたといえます。チャベス氏が病死した後、2013年に大統領になったマドゥロ氏(先日、米国に拘束された)もまた、同じ路線を進み始めました。

マドゥロ氏が大統領になった翌年、「逆オイルショック」と呼ばれた記録的な原油相場の大暴落が発生し、混乱に拍車がかかりました。反政府デモが勃発したり、ハイパーインフレに苦しんだりする中、深刻な人権侵害や違法な物品の取引が横行するようになりました。マドゥロ体制のもと、ベネズエラは国家の体(てい)を成していない状態に陥っていたといえます。

図:ベネズエラの自由民主主義指数

出所:V-Dem研究所のデータをもとに筆者作成

 

このコラムの著者

吉田 哲(ヨシダ サトル)

楽天証券経済研究所 コモディティアナリスト
1977年生まれ。超就職氷河期の2000年に、新卒で商品先物会社に入社。2007年よりネット専業の商品先物会社でコモディティアナリストとして活動を開始。2014年7月に楽天証券に入社。2015年2月より現職。「過去の常識にとらわれない解説」をモットーとし、テレビ、新聞、雑誌、インターネットなどで幅広く、情報発信を行っている。大学生と高校生の娘とのコミュニケーションの一部を、活動の幅を広げる要素として認識。キャリア形成のための、学びの場の模索も欠かさない。