香港について その9

著者:近藤 雅世
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 香港の話題の最後である。それは取引は信用第一であるということだ。香港駐在中に経験した華僑との話で香港の話題を締めくくりたい。筆者は非鉄金属部門の代表として香港に駐在していた。実際は、半導体や、製鉄原料など、非鉄金属からはみ出た商品も取り扱ったが、要は鉄以外の取引を部下の香港人3人と私で取り仕切っていた。

 香港の非鉄金属総商会という団体があり、その董事長はセントラルの小さなビルの二階に、小汚いオフィスを構える劉さんであった。香港読みではラオさんである。鶴のように痩せたおじいさんで、太極拳の師範のような風貌であった。

 太極拳と言えば、香港着任直後から二人の香港人が、毎朝私を迎えに私のマンションにBMWで乗り付け、出社前にトンロー湾で太極拳を習いに連れていかれた。二百数十手ある太極拳の型はすべて戦いのときの防禦と攻撃の手である。町の公園では朝早くから老人たちが太極拳の演武をしているが、とてもゆっくり動くことにその意味が込められている。しかし、実際の太極拳は違うことをこの目で見た。ある日米国からおじいさんの師範の息子が帰ってきて、師範と戦った。この時初めて、太極拳はこんなに速くて荒い、恐ろしい動きなのだということを知った。空手の試合のように二人は間髪を入れず打ち込んでいた。聞けばこのおじいさんは、ベトナム戦争の時に米兵に実践の太極拳を教えて兵隊を鍛えた有名な師匠なのだそうだ。

 毎日迎えに来た二人の若者は、実は大富豪で、一人はセントラルのビルのオーナーで、ペントハウスに住む不動産業者であった。ある日彼が持つビルを売りたいが誰か日本人で買う人はいないかと聞かれ、早速日本に電話したら、200億円で買うという。すぐに電話すると、近藤さん、申し訳ないけど、もう400億円の買い手がいる。一日で200億円も、もうかってしまったから売るのは見合わせると、のたまった。空いた口がふさがらなかった。

 この二人がなぜ毎朝私に接近してきたのかという理由は半年後に分かった。もう一人のお兄ちゃんが、ビルのカーテンウォールという外壁を製作する工場の社長だった。しかし、まだ実績が無かったため、セントラルで受注したビルの工事について、私の会社に完工保証をしてほしいということが目的だった。この会社の工場に、日本のある有名なカーテンウォールメーカーの技術者が技術指導をしていた。本店に話を持ち込み、了解を得て、ビルの外壁の完成保証を前回お話しした資本金2ドルの、日本で言えば、三菱地所に当たる会社に対して行うこととなり、1年後無事ビルは完成した。建設中カーテンウォールの出来具合を見に、何度も現場を見に行ったものである。この香港のカーテンウォールメーカーはその後、香港ばかりでなく上海や北京で高層ビルを受注したが、そのスターティングポイントに私の保証行為があった。太極拳の費用や、20人程の設計者事務所や不動産会社の人と共に、夜な夜なナイトクラブの女性を連れ出して、食事をした費用なぞ、安いものであった。文章が長くなってしまったので、今回はここで終わり、次回を最終回としたい。

 

このコラムの著者

近藤 雅世(コンドウ マサヨ)

1972年早稲田大学政経学部卒。三菱商事入社。
アルミ9年、航空機材6年、香港駐在6年、鉛錫亜鉛・貴金属。プラチナでは世界のトップディーラー。商品ファンドを日本で初めて作った一人。
2005年末株式会社フィスコ コモディティーを立ち上げ代表取締役に就任。2010年6月株式会社コモディティー インテリジェンスを設立。代表取締役社長就任。
毎週月曜日週刊ゴールド、火曜日週刊経済指標、水曜日週刊穀物、木曜日週刊原油、金曜日週刊テクニカル分析と週間展望、月二回のコメを執筆。
毎週月曜日夜8時YouTubeの「Gold TV Net」で金と原油について動画で解説中(月一回は小針秀夫氏)。
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