デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史―【1】 1980年代 S&L危機(前編)

著者:MINKABU PRESS

◆米国の住宅ローンの担い手であったS&L


 金融環境の変化とともにこれまで様々な投資手法が生み出されてきました。デリバティブ(金融派生商品)もそのひとつですが、そのデリバティブにおいても多様な手法が生み出されています。過去に遡ると、一つの金融危機はそれを契機に危機を克服するための、あるいは逆境下においても成長を追い求めるための投資手法を誕生させますが、いずれ訪れる金融危機によりマーケットは大きなダメージを負います。時には新しく生まれた投資手法が危機の遠因となることもあります。しかし、マーケットの再生とともにまた新たな投資手法が創造され、そしてマーケットの破壊の波をくぐり抜け、次々と進化していった、と考えることもできるのではないでしょうか。この連載では過去に起きた金融危機を振り返りながら、この破壊と創造のサイクルをつぶさにみていきたいと思います。

まず第1回目は、1980年代の米国において2度の危機に陥ったS&L(貯蓄貸付組合、Savings and Loan Association)の事例を取り上げます。

S&Lは組合員の住宅資金用の貯蓄と貸付を目的として発展した金融機関で、個人などから集めた短期の小口貯蓄性預金を長期固定金利の住宅モーゲージローンで運用する、といった長短金利差を収益とするビジネスモデルでした。ちなみに、モーゲージとは譲渡抵当(担保権)付きという意味です。ただ、S&Lは商業銀行ではないため、小口貯蓄性預金には決済機能は事実上付与されていませんでした。
優遇されたS&Lの仕組み

 当時の米国において住宅ローンといえば、S&Lなどの貯蓄金融機関から借りるのが一般的でした。その背景には世界大恐慌以降、ニューディール政策の一環としてS&Lが住宅金融制度の中核に組み込まれ、商業銀行など他の金融機関に比べると不動産融資規制や自己資本規制が緩かったほか、資金が集まりやすいように高い預金金利が許されていたこと、などが挙げられます。

 またS&Lは地域密着型で、その経営は組合員から選出された人物に任されていました。当時を物語るエピソードとして「3-6-3ルール」というものがあります。これは「3%の金利で預金を集め、6%の金利でモーゲージローンを貸し付け、3時になったらゴルフ場に向かう」というS&Lの「お気楽な商売ぶり」を揶揄したものでした。
 

◆危機の引き金となったオイルショックと金利上昇


ところが1970年代に入ると、度重なるオイルショックで原油価格が高騰します。物価上昇を抑制するため、米連邦準備制度理事会(FRB)が高金利政策を実施したことで、市中金利は上昇していきます。S&Lも預金金利を引き上げたのですが、既存の長期固定モーゲージローン金利に反映させることはできず、預金金利の引き上げにも限界がありました。このため、S&Lから激しい資金流出が起こり、モーゲージローンの縮小と住宅建設の減少につながってしまいました。
原油価格とFRBの誘導目標金利(1972年~1995年)
出所:リフィニティブ、BPの「Statistical Review of World Energy」
※原油価格において1972~1975年はドバイ原油、1976~1982年はWTIの各年足、1983年3月以降はWTIの月足データ


そして、遂には預金金利が貸出金利を上回る逆ザヤ状態となって、S&Lの経営状態は一気に悪化します。まるでマイナス金利の導入によって赤字経営を余儀なくされた国内の地方金融機関のような状態であったと想像されます。米国では1970年以降に大口定期預金から次第に金利が自由化され、規制緩和も進んでいましたが、変動金利のモーゲージローンや金融先物取引といったデリバティブを利用した金利リスクヘッジがS&Lに許可されたのは1981年以降だったのです。

こうした構造的な問題によって1979年から1982年の間に多くのS&Lが次々と危機的な状況へと陥り、この状況を脱するため当局によって様々な支援がなされました。まず、S&Lに決済機能を付けた貯蓄性預金が許可され、貸し付けも住宅融資だけでなく、消費者ローンや商工ローン、商業用不動産モーゲージローンなども許可されていきます。

さらには自己資本規制の一段の緩和、自己資本の水増し、あるいはモーゲージローン売却損の繰り延べや、繰り延べ損失の資産計上といった会計基準の緩和など、通常では考えられない救済措置が実施されたのです。それでも存続が難しいS&Lは、自主的あるいは当局の指導や財政支援のもとで合併し、何とか営業停止や閉鎖を回避していきます。

これらは構造的な問題を先送りにする対症療法でしかなかったものの、1982年後半以降、金利が低下し、危機的な状況も和らいでいきます。

しかし、それがために「お気楽な商売ぶり」は温存され、規制緩和によって多くのS&Lが起死回生の業容拡大に走り出します。後に致命的な事態を招くこととなりますが、この業容拡大にデリバティブが大きな役割を果たしていたのです。 (後編につづく)

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