1994年 オレンジ郡の財政破綻(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【3】 

著者:MINKABU PRESS
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◆過去最大規模の米自治体の財政破綻


 第3回は1994年に起きたオレンジ郡の財政破綻について取り上げます。米国では州の下位行政区分を郡(county=カウンティ)と呼びます。米国には幾つかの州にオレンジ郡という同名の郡が存在しますが、本コラムで言及するオレンジ郡は西海岸のカルフォルニア州南部に位置しています。人口は現在300万人程度ですが、カリフォルニア州ではロサンゼルス郡に次ぐ規模であり、全米でも5番目に人口が多い郡となります。

カルフォルニア州の面積は約42.4万km²ですから日本(約37.8万km²)より1割ほど広く、そのなかでオレンジ郡は面積2455 km²と大阪府(1899 km²)より3割ほど広いといったイメージです。

カルフォルニア州とオレンジ郡の位置

 当時のカルフォルニア州の総生産額は8兆ドルを上回っており、カナダを抜いて英国に次ぐ経済規模を誇っていました。カルフォルニア州をひとつの国に見立ててれば、オレンジ郡の破綻は日本では大阪府が破綻したのと同じくらいの衝撃になるでしょうか。

 そのオレンジ郡は1994年12月、連邦破産法第9条(Chapter 9)の適用を申請しました。米国では、企業が経営に行き詰まると日本の民事再生法に似たChapter 11を申請しますが、自治体の場合はChapter 9の申請になります。

日本で地方自治体の財政破綻と言えば、2007年の北海道・夕張市の事例が思い出されるくらいで、極めて特殊なことです。一方、米国においては1937年から1994年までの間に地方政府の破産申告は362にもおよび、珍しいことではありません。しかし、これほどの規模の財政破綻は当時の全米おいても過去最大であり、大きな衝撃をもたらしました。
 

◆レバレッジ投資


 自治体が破綻する要因として、歳入を上回る歳出といったプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の崩壊が考えられます。しかし、オレンジ郡が破綻した要因は、郡が運営する投資ファンドがデリバティブ取引などで15億ドルの評価損を出してしまうという希有な出来事にありました。

 オレンジ郡は郡の予算に加えて郡内の市、学区、特別区など200近くの地域公共機関から資金を集め、OCIP(オレンジ郡投資プール、Orange County Investment Pool)と称する投資ファンドを運営していました。運用総額が一時およそ75億ドルまでに膨れ上がったOCIPは、政府支援機関であるフレディマック(連邦住宅金融抵当公庫)やファニーメイ(連邦住宅抵当公庫)などが発行する長期債に投資していました。

 そして、同債券を担保にしてリバースレポ取引で資金調達をします。レポ取引は現金を担保として債券を借り入れる現金担保付債券貸借取引のことですが、リバースレポ取引とは反対に債券を担保として現金を借り入れる貸借取引を指します。

 当時の政府支援機関債の担保価値は非常に高く、担保掛け目は9割以上だったと言われています。リバースレポ取引で調達した資金は再び政府支援機関債に投じられ、更にそれを担保にリバースレポ取引を行っていたようです。このようにOCIPは、およそ130億ドルもの借金(≒75億ドル×0.9+75億ドル×0.9×0.9)をしてレバレッジを掛けていました。

 一連の取引を行うポイントは金利差にあります。リバースレポ取引の借入期間は数カ月と短いのですが、借入金利は政府支援機関債の利回りより低いことから利ザヤが発生します。いわゆる長短金利差を利用したレバレッジ投資です。そして、OCIPは最後に手にした資金で、インバース・フローターというデリバティブ金融商品などに投資していました。
 

◆インバース・フローター


 インバース・フローターはリバース・フローターとも言われ、逆変動利付債と訳されます。しかし、「債」とはいうものの、インバース・フローターは債券ではなくスワップ取引(等価のキャッシュフローを交換する取引)です。「仕組債」という金融商品全般に言えることですが、債券の利子に相当するキャッシュフローが定期的に発生し、満期になれば投資元本らしきものが返ってくる仕組みのデリバティブを使った金融商品を「仕組債」などと誤解するような名前にしているだけです。

それではインバース・フローターの具体例をみてみましょう。利回りを12%-2×6カ月LIBOR、金利更改6カ月、最低金利0%という条件にしますと、利回りを6カ月ごとに見直し、6カ月LIBORの変化に応じて手取り利回りは左下のグラフのように変化します。つまり、金利が下がると手取りの利回りが上昇しますが、金利が上がると手取りの利回りが下がり、6カ月LIBORが6%を超えると手取り利回りが0%になってしまいます。簡単にいうとインバース・フローターは、固定金利と変則的な変動金利とを交換するスワップ取引を、あたかも金利の低下を前提に配当利回りの拡大を目指す商品のように言い換えている、だけなのです。

ちなみにLIBOR(London Interbank Offered Rate)とは、ロンドンの銀行間取引金利のことで、多くのスワップ取引で参照金利とされています。しかし、不正操作の発覚を受けて、2021年末以降は恒久的に公表停止となる可能性が高まっています。

インバースフローターの利回り変化イメージ

 インバース・フローターの実際の取引は、右上の取引概要に示した通りスワップ取引です。単純なスワップ取引との違いは投資家が自ら債券を買うわけでなく、金融機関が代わりに買うという点にあります。ここで問題なのは単純なスワップ取引においても同様ですが、固定金利に見合う変動金利になっているか、ということです。

例で示した単純なスワップ取引の場合、金融機関は顧客からの金利回収の信用リスク、金融機関が引き受けることになる変動金利リスク、ならびに金融機関の純粋な利益と販売コストなどを考慮した金利を提示します。しかし、「仕組債」の場合はそれらを過大に考慮した金利を提示することが多い点が注意されるところです。

ただ、OCIPが手を出したインバース・フローターにおいて、そのような点はあまり問題になりませんでした。むしろ今後に金利が上昇しない、もしくは低下するという相場観に基づいた取引を行っていた、ということが問題となります。なぜならば、1994年になると金利は上昇を始め、懸念されながら半ば無視されていたリスクが顕在化していったからです。
 (後編につづく)
 

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