デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史―【5】 1998年 LTCM(前編)

著者:MINKABU PRESS

◆ドリームチーム


 第5回は1998年10月に起きたLTCM(Long Term Capital Management)の破綻について取り上げます。LTCMは1994年に米国の名門投資銀行だったソロモン・ブラザーズ(※)において、「キング・オブ・ウォールストリート(ウォール街の帝王)」と呼ばれた債券トレーダーであるジョン・メリウェザーが設立したヘッジファンドです。(※スミス・バーニーと合併の後、親会社の合併により現在はシティグループ)

 彼はソロモン・ブラザーズ時代に金融工学の専門チームを組織して莫大な利益を稼ぎ出し、その功績もあって副会長の地位まで登りつめます。しかし、1991年に同社で国債の不正入札や市場操作などといった不正・不法行為が発覚。その責任を取って彼は辞任に追い込まれました。

しかし、彼は当時の部下などをかき集めて1994年に自らヘッジファンドを立ち上げます。その中には、米連邦準備制度理事会(FRB)の元副議長や、後にオプションなどの理論価格を算出するブラック・ショールズ・モデルを起草したことでノーベル経済学賞を受賞した2人の経済学者も加わっており、「ドリームチーム」と称えられるのにふさわしい陣容でした。ところが、この史上最強といわれたヘッジファンドはわずか4年程度で破綻してしまいます。
90年代の米10年国債利回りとドル円
 

◆レラティブ・バリュー型戦略


LTCMのトレード・スタイルはレラティブ・バリュー(相対価値)型戦略です。この戦略は、売りと買いを組み合わせるロング・ショート型戦略の一種ですが、将来的に同じ価格へ収斂する2つの投資対象の価格が何らかの理由で歪むときに、割高な投資対象を売って割安な投資対象を買います。そして、時間をかけて価格が収斂していくのを待つスタイルであることから、別名コンバージェンス(収斂)・トレードとも言われます。

例えば、日経225先物と日経平均株価のアービトラージ(裁定)取引は代表的なコンバージェンス・トレードですが、LTCMの場合、当初は債券のコンバージェンス・トレードを専門に行っていました。具体的には、人気があって割高になりやすい新発の30年国債と、人気が離散していて割安になりやすい既発の30年国債のコンバージェンス・トレードなどがあげられます。

そのほか、株式の裁定取引と同様に、債券とその債券先物、期間が同じでも異なる発行体の債券、あるいは長期国債とモーゲージ債など、LTCMは世界中のありとあらゆる債券価格の収斂する組み合わせを探し、最先端の金融工学で理論価格を算出しては、歪みが生じたときにポジションを持って収斂するのを待ち続けました。
コンバージェンス・トレードの考え方

また、LTCMは後に株式のコンバージェンス・トレードも行います。例えば、上場企業同士のM&Aにおいて買収する側の株価と買収される側の価格差を狙ったリスク・アービトラージ、あるいは同銘柄の他国間価格差(例えばオランダのダッチとイギリスのシェル)を狙ったインターマーケット・スプレッド取引などです。
 

◆リスクを警戒、先駆して数学的に定量化


またLTCMはリスクに対して非常に慎重で、多くの議論や研究に時間を費やして、リスクを数学的に定量化した初めてのヘッジファンドのひとつであると言われています。例えば、保有しているポジションに対しては1990年代に生み出されたVaR(予想最大損失額、Value at Risk)という手法を採用していました。

この手法は後の「2003年 VaRショック」の項で詳しくご説明しますが、その日本語訳である「予想最大損失額」が意味する通り、保有しているポジションから予想される最大損失額を計算する方法です。この手法において、LTCMは相関性の低いポジションを選択することで予想最大損失額を相殺し、リスクを低減させていました。

LTCMは流動性リスクに対しても神経質でした。ヘッジファンドは一般的に短期の借入金を利用しますが、先ほども触れたとおり、コンバージェンス・トレードを成功させるには時間が必要であり、それが社名のロング・タームたる所以となっています。

ですからLTCMは、長期の融資や特別なクレジットライン(信用供与枠)の確保に努めたほか、投資家の解約は3年間できないようにしました。もっとも、3年間の解約停止は評判が悪かったのか、後に投資額の3分の1であれば毎年の解約を可能に変更しています。
 

◆運用成績の低下


こうしたレラティブ・バリュー型戦略と厳しいリスク管理により、LTCMは1994年に10カ月で19.9%、1995年は42.8%、1996年は40.8%といった凄まじい運用成績を叩き出しました。もっとも、裁定取引でもお分かりのように、いくら市場が荒れようと同戦略で狙える歪みはわずかですので、こうした取引の場合、借入金によるレバレッジで運用収益率を高めます。

例えば、1995年時点におけるLTCMの資産収益率は2.45%程度だったのですが、それがレバレッジにより42.8%の運用成績になったということは、単純計算でレバレッジが17倍以上ということです。LTCMは多い時で25倍以上のレバレッジを効かせていたと言われています。しかし、1997年になると運用成績が半減したことから、LTCMは一段とレバレッジを効かせ、リスクを取るようになります。ときには株価指数オプションのショート・ストラドルも組んでいたと言われています。運用成績の低下は顧客のミラーファンドによる影響が大きかったようです。

「ドリームチーム」と呼ばれたLTCMには多くの金融機関が投資していましたが、その高い運用成績などからLTCMの洗練された取引手法を、それら金融機関が次第に真似するようになりました。市場の歪みを取るレラティブ・バリュー型戦略は、競争相手が多くなればなるほど妙味の少ない取引になる、という宿命があります。また、一般的にポジションが偏れば偏るほど、ボラティリティ(予想変動率)が高まった際に大きく売り込まれます。そして、1997年のアジア通貨危機が起きました。(後編につづく)
 

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