2003年 VaRショック(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【7】 

著者:MINKABU PRESS
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◆馴染みの薄い債券の暴落


 第7回は2003年6月に日本の債券市場で起きたVaRショックについて取り上げます。日本の債券市場は過去に何度か暴落を経験していますが、それによって上場企業が倒産に追い込まれたり、金融機関が経営破綻に陥ったというわけではありません。そのため、債券市場にほとんど参加することがない個人投資家の方には馴染みの薄い出来事かと思われます。そこで、まずVaRショックに触れる前に、債券市場を襲った4大ショックである「ロクイチ国債暴落」「債券先物暴落」「タテホショック」「資金運用部ショック」について簡単に振り返ってみましょう。

日本10年国債利回り(%)
出所:Refinitiv、1985年10月までのデータは月足、その後は日足

 1980年のロクイチ国債暴落は、1979年4月頃から1980年4月にかけて起きました。ここで言うロクイチ国債とは、1978年から1979年にかけて発行された表面利率6.1%の国債を指します。当時は景気拡大と1978年末から始まった第2次オイルショックによって物価が上昇していました。これを受けて日銀は1979年4月から1980年3月にかけて5 回にわたって合計5.5%の利上げを実施します。これに沿うようにロクイチ国債の利回りが1980年4月に一時12%まで上昇する一方、債券価格(額面100円)は70円台まで急落してしまいます。このため、国債を保有していた金融機関は大混乱に陥ったのです。

 1985年10月の債券先物暴落は、債券先物取引が初めて行われた直後に起きました。その前の月に米国の「双子の赤字(財政・貿易赤字)」の解消に向けてドル高是正を目指すプラザ合意が成立したものの、日銀の円買い・ドル売り介入にもかかわらずドル安は進まず、日銀は短期金利の高め誘導に踏み切ります。ところが、船出したばかりの債券先物取引にとってこの日銀の一手はまさに青天の霹靂でした。当時、債券先物取引は初商いのご祝儀買いで買いポジションが膨らんでいたこともあって、取引開始の数日後には2日間も連続でストップ安に張り付いたまま値付かずの状態だったと言われています。

 1987年9月のタテホショックは、第2回で取り上げたブラックマンデーの前月に起きた債券市場の暴落です。それ以前はディーリング相場と言われるくらい債券が盛んに買い上げられたのですが、さすがに10年債利回りが日銀の誘導目標であった公定歩合に接近すると債券相場の上昇はピークアウトし、大幅な調整に見舞われてしまいます。これを受けて当時、上場企業であったタテホ化学工業が債券先物での財テク(財務テクノロジーの略、バブル全盛期に隆盛を極めた企業による余剰資金を利用した資金運用)に失敗し、286億円もの損失を出して債務超過に陥ります(※現在、タテホ化学工業はエア・ウォーターの子会社)。企業の財テク資金の引き揚げなどが警戒されて、債券の調整はさらに深刻化し、5月に2.6%程度だった10年国債の利回りは10月に6%を超える水準にまで上昇します。

 1998年11月に起きた資金運用部ショックは、大蔵省(現在の財務省)の資金運用部が国債の買い入れ中止を発表したことによる需給悪化懸念が直接の原因でした。資金運用部はバブル崩壊後の景気回復が思わしくないため、1993年1月から国債買い入れを実施していました。しかし、1998年7月に発表された経済対策により国債の大量発行が見込まれるようになると、「公的部門の債務膨張」を理由に格付け機関による格下げが実施されたため、資金運用部は買い入れ中止を発表。こうした供給増と需要減が重なり、10月に0.7%台だった10年国債の利回りは翌年2月に2.4%を超える水準にまで上昇しました。
 

◆BIS規制改定案が普及を後押したVaR


 そして、2003年6月に起きた本題のVaRショックですが、その前にVaRの説明が必要かと思われます。第5回のLTCMのところでも簡単に触れましたが、VaRとはValue at Riskの略称で、予想最大損失額と日本語に訳されているリスク管理手法のひとつです。

 その手法は、過去のある一定期間(観測期間)のデータをもとに、将来の特定期間(保有期間)内に起こり得る収益率の分布を予測し、ある一定の確率の範囲内(信頼水準)で保有している資産が最大でどれくらいの損失を被るのか、を理論的に算出するものです。VaRには幾つかの算出方法がありますが、ここでは分散共分散法(デルタ法)を説明します。

 観測期間の各データから保有期間内に起こり得る収益率をそれぞれ求め、各収益率が平均からどれだけ離れているかをグラフ上にプロットすると、平均近くのデータ数が多くなる一方、平均から大きく離れたデータ数は少なくなり、概ね下のグラフに示したような正規分布曲線を描くと仮定します。


 この分布においては統計上、平均±標準偏差(各収益率が平均からどれだけ乖離しているかの平均値)の範囲内に全データの68.3%のデータが収まります。さらに範囲を平均±(標準偏差×2.33)まで広げると全データの99%のデータが収まり、この範囲内で被る最大損失額をもってVaRとします。

 このVaRのメリットは為替、株式、債券といった異なる金融資産においても統一的にリスクを計量化し、相関などを考慮することで合算も可能になること、恣意的な将来の予測を排除できることなどです。その一方でデメリットは、過去の一定期間のデータを使って計量化しているため、期間内に起きなかったような大きな変化やショックが発生した場合のリスクが把握できないことなどが挙げられます。

 BIS規制(バーゼル銀行監督委員会による銀行の自己資本にかかる合意)の改定案によって、1997年末から自己資本の算出に市場リスクを一部勘案することが盛り込まれ、その算出方法としてVaRが盛んに使われるようになって普及が進んだと言われています。

 しかし、それがためにVaRショックは起きたとされています。一体どういうことなのでしょうか。(後編につづく)

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