2003年 VaRショック(後編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【7】 

著者:MINKABU PRESS
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◆VaRショックで起きたこと


 2003年6月、20年国債の入札結果が1%割れと思わしくなかったことがきっかけとなり、それまで緩やかな利回り低下を示していた10年国債が0.4%台をピークに反転。わずか2ヵ月余りで一時1%近くも上昇する債券市場の暴落が起きました。金融機関の不良債権問題が深刻化し、大和銀行とあさひ銀行の合併によって誕生したりそな銀行へ2兆円の公的資金が注入された翌月の出来事です。

日本10年国債利回り(%)
出所:Refinitiv

 2000年のITバブル崩壊直後に日銀はゼロ金利の解除を行うという失策を演じ、景気悪化に拍車が掛かります。このため、日銀は2001年3月から量的緩和政策という非伝統的な金融政策に踏み込むことを余儀なくされます。その後も目標とする当座預金残高を増やす政策が続けられ、2003年3月から5月にかけては3度も増額させるという量的緩和を執拗に行っています。

 こうした日銀の継続的な緩和策を受けて債券市場では金利低下、すなわち債券価格の上昇が長く続くことになりました。一般的に上昇相場が長く続くマーケットにはポジションが集まるものです。しかし、上昇がいつまでも続く訳ではなく、どこかで反転します。その時、ポジションが偏っていると、反転する際に急落に見舞われることが多くなります。また、VaRショックでは、他にもポジションが偏る理由があったのです。
 

◆同じ手法による弊害


 第2回ではブラックマンデーが起きた背景について、「ポートフォリオ・インシュアランスが下落に拍車を掛けてブラックマンデーが起きた」と結論づけました。デリバティブなどを利用して株価上昇による収益を多少犠牲にしても、株価下落による損失を抑えるリスク管理手法であるポートフォリオ・インシュアランス、これを用いて多くの機関投資家がコンピュータ・プログラムで自動売買していたために、売りに歯止めが掛からなかったわけです。

 これと同じようにVaRショックが起きた当時は、今でも横並び意識が強い国内機関投資家の多くがVaRによるリスク管理を行っていました。VaRの特性上、緩やかに上昇する相場ではリスクが低下することから、多くのポジションを取ることが可能になります。しかし、下落する相場ではVaRが示すリスクが上昇するので、ポジションを減らさなければならなくなります。

つまり、リスク管理手法として優れているVaRも、多くの投資家が同じ手法を使えば売買するタイミングが集中するために、上がる時には買いが買いを呼ぶ一方、下がる時には売りが売りを呼ぶ展開になりやすくなります。そして「買わねばならない欲望より、売らねばならない恐怖が勝る」という投資家心理を考えると、上がる時よりも下がる時の方がスピードアップすることは容易に想像できるでしょう。
 

◆日本的なマネジメント


もっとも、当時の国内機関投資家はVaRを利用したポジション調整の際、コンピュータ・プログラムによる自動売買を行っていなかったようですので、ブラックマンデーほどの激しい値動きではありませんでした。それでもVaRショックがブラックマンデーと似たような構図の暴落となったのは、日本的なマネジメントが背景にあったからとみられています。

国債の入札が思わしくないことで債券が売られるのは珍しいことではありません。そのときに債券買いポジションが集まっていたために、債券売りが嵩むこともあり得る話なのです。つまり、VaRショックのきっかけとなった債券の下落は、現場レベルではその時は「長続きするような状況ではない」と判断された場面だったのかもしれません。

しかし、一時的な現象であったとしても債券が下落すれば、それにより評価益が減少、もしくは評価損が増加し、VaRが示すリスクも拡大します。このときにALM(資産・負債管理手法、Asset Liability Management)委員会などで、マーケット感覚が鈍い経営者などから「大丈夫なのか」と問われても、所詮はマーケットのことですから「大丈夫です」と言い切れるものではありません。そのため、現場担当者はVaRの指示に従ってリスクを減らすべく、コンピュータ・プログラムの自動売買のように債券売りを出すことになります。こうした日本的なマネジメント構造によって、売りが売りを呼ぶ事態になったとみられています。
 

◆新たな手法


 VaRショックを契機に新たなリスク管理手法が求められるようになりました。前回に「VaRには幾つかの算出方法があります」と述べて、分散共分散法(デルタ法)に触れましたが、他にも実際の過去のデータによってVaRを算出するヒストリカル法や、乱数を利用して出た値によってVaRを算出するモンテカルロ・シミュレーション法などがあります。

 ヒストリカル法によるデータ分布の裾は、分散共分散法の仮定となる正規分布に比べて厚い(ファット・テール)という特性があり、分散共分散法が示すVaR値が現実よりも低くなる可能性を防ぐ効果があると考えられます。また、モンテカルロ・シミュレーション法はオプションなどの非線形リスクを計測するのに向いていると言われていますので、これらの方法を組み合わせることが推奨されています。
リスクファクターの変動:ファットテールなケース
出所:日本銀行金融機構局 金融高度化センター資料より抜粋

 更に新たなリスク管理手法としてストレステストも導入されるようになりました。これは1つまたは複数の変動させるリスク要因を決め、各資産の変動幅を設定し、ポートフォリオの価値の変化を計算する方法です。例えばブラックマンデーのような事態が起きたことを想定し、保有各資産にどれだけの損失が発生するかを計算するわけです。こうしたシナリオを用いたからといって、必ずしも今まで見逃していたリスク要因が認識できるようになる訳ではありませんが、VaRだけに頼ってリスク管理するよりは優れた手法であるといえるのではないでしょうか。
 

このコラムの著者

MINKABU PRESS(MINKABU PRESS)

資産形成情報メディア「みんかぶ」や、投資家向け情報メディア「株探」を中心に、マーケット情報や株・FXなどの金融商品の記事の執筆を行う編集部です。 投資に役立つニュースやコラム、投資初心者向けコンテンツなど幅広く提供しています。