2007年 サブプライム問題(後編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【8】

著者:MINKABU PRESS
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◆焦げ付きのカラクリと金利上昇


 2005年から2006年にかけて、新築・中古住宅の販売減少やサブプライム住宅ローンに対する懸念が生じ、好循環は悪循環に転じていきました。背景には、この住宅ローンに仕掛けられたカラクリなどが大きく影響しています。

 低所得者やクレジットカードの延滞を繰り返す人など、信用力の低い個人向けの住宅融資であるサブプライム住宅ローンには、様々なタイプがあります。例えば30年ローンの最初の2~3年間は支払い金利を低く抑えた「2/28(two twenty-eight)」や「3/27(three twenty-seven)」、最初の数年間は返済総額を低く抑えた「オプションArm」など。特にオプションArmには、最初の数年間に金利しか支払わない「IO(Interest Only)」、更に支払額を抑えた「ネガティブ・アモチゼーション(negative amortization)」などといったタイプもありました。

 当然、これらは後から支払額が増えていきます。特にネガティブ・アモチゼーションに至っては、当初の支払金額が利息より低く抑えられており、足りない部分が新規借り入れとして元本に加えられていくので、借入元本が雪だるま式に増加していきます。しかし、目先の支払い額が少ないということで、サブプライム住宅ローンではこれらのタイプが多かったようです。

 また、これらローンは変動金利であるため、市中金利が上昇すれば支払額は更に増加します。前編で触れた通り、米連邦準備制度理事会(FRB)は2000年のITバブル崩壊以降、政策誘導目標金利を6.5%から1%にまで引き下げましたが、2004年6月からは緩やかに引き上げを始め、2年かけて5.25%まで戻しました。

 つまり、多くのサブプライム住宅ローンは、借り入れるタイミングで政策金利が低く抑えられていたことによって拡大し、2004年の税制優遇で一気にブームとなりました。ところが、返済額が増え始めるタイミングでは政策金利が高くなっており、支払い返済額が一気に増えて支払い遅延や支払い不能が2006年前後から多発します。これが新築・中古住宅の販売減少やサブプライム住宅ローンに対する懸念へと発展していきます。

焦げ付きのカラクリ
 

◆金融機関への波及


 こうした問題は当初、宅建業者や住宅ローン専門業者に限られていましたが、次第に大手金融機関へと波及します。時価総額で欧州最大だった英HSBCは2006年12月、米国の住宅事情が悪化して不良債権が増加したと発表。これが原因で株価急落に見舞われました。

 続いて2007年6月にベア・スターンズが運用している2本のファンドが危機的な状況に陥ります。そのうちの1つは投資家から6億ドルの資金を集め、サブプライム住宅ローンのCDO(債務担保証券)に投資し、そのCDOを担保に米大手証券のメリルリンチから資金調達をして再びCDOを買い、それを担保に資金調達をして、またCDOを買うという錬金術まがいの行為を繰り返していました。

 最終的に同ファンドがメリルリンチから借り入れた金額は60億ドルに及んでいたとされ、10倍のレバシッジを効かせていたと考えられます。となるとCDOの価格が10%以上値下がりすると、投資家から集めた6億ドルはすべて吹き飛ぶことになりますが、それが現実のものとなってしまいました。

 更に、2007年8月にフランスの大手銀行BNPパリバは、運用している3本のファンドについて、米サブプライム住宅ローン市場の混乱により価格算出、募集、解約・返金業務の一時停止を余儀なくされる事態に陥ってしまいます。
 

◆SIVを使ったABCP


 加えてドイツ産業銀行(IKB)も同様の理由で資金繰りに行き詰まり、同行の親会社などに肩代わりしてもらうことになりました。IKBは次のようなスキームで積極的にRMBS(Residential Mortgage Backed Securities、住宅ローン債権担保証券 ※前編参照)やCDOに投資していました。まずSIV(Structured Investment Vehicle、仕組み投資会社)というSPC(Special Purpose Company、特別目的会社)を簿外で設立し、そこに債権を譲渡します。これによりIKBは自己資本比率を高めることができます。

 そして、SIVは譲渡された資産を担保にABCP(Asset-Backed Commercial Paper、資産担保付き短期約束手形)を発行し、調達した資金でRMBSやCDOに投資し、これを担保に再びABCPを発行するということを繰り返していました。しかし、サブプライム問題によるRMBSやCDOの価格下落で被った損失により資金を返済できなくなってしまったのです。

SIVスキームのイメージ

 加えて、こうしたSIVのスキームはIKBに限った話でなく、他の金融機関やヘッジファンドも行っていた一般的なスキームでしたから、資金繰りの行き詰まりもIKBに限った話ではなく、その後に解約や返金を停止するヘッジファンドが続出しました。

 更に問題を深刻化させたのが、格付け会社による格下げです。2007年8月にムーディーズやS&Pが、数百にものぼる大量のRMBSやCDOといった証券化商品を大幅に格下げしました。中には、最上級のトリプルAからデフォルト(債務不履行)寸前のトリプルCまで一気に17段階も格下げされた証券化商品もありました。高格付けの証券化商品しか持てない金融機関やファンドは、格下げされた証券化商品を自動的に売却するため、それらの価格は更に値下がりし、問題に拍車を掛けていきました。

 サブプライム住宅ローンの返済遅延や返済不能は5兆円程度だったようですが、それらが多くのRMBSやCDOに混ざっていました。そして、どれにどれだけ混ざっているのか全く分からずに人々の不安が募り、それが様々な仕組みで増幅されて、100年に一度の金融危機と言われたリーマン・ショックを引き起こしたと考えられます。
 

◆救済と破綻


 サブプライム住宅ローンのCDOにレバレッジを掛けて投資したファンドの損失が元で、ベア・スターンズは2008年3月に事実上破綻します。しかし、1998年にLTCMが破綻した際、救済のためのコンソーシアム(共同出資団)にベア・スターンズが資金を提供しなかったためか(※第5回後編参照)、どの金融機関も救済の手を差し伸べようとはしませんでした。結局、米連邦準備制度理事会(FRB)が290億ドルの公的資金を注入し、JPモルガン・チェースによる救済買収の合意へとこぎつけます。2007年1月に1株170ドルもしていたベア・スターンズの買収額は1株10ドルにすぎませんでした。

 これで危機的な状況は去ったかにみられましたが、住宅価格がピークアウトした2006年に組まれたサブプライム住宅ローンが2008年に次々と支払い遅延や支払い不能に陥ります。そのため、米住宅公社のフレディマックとファニーメイが経営危機に至り、2008年9月には2000億ドルの公的資金が注入されて両公社は公的管理下に置かれることとなりました。

 このとき米大手証券のリーマン・ブラザーズにおいても経営危機が表面化しますが、ベア・スターンズや住宅公社の救済を受けて「何らかの救済がなされるだろう」と見られていました。しかし、当時のポールソン米財務長官は一切、救済の手を差し延べずに破綻させてしまいます。当時、フランスの経済財務雇用相だったラガルド欧州中央銀行(ECB)総裁は「何が恐ろしかったと言えば、リーマン・ブラザーズを破綻させたポールソン米財務長官の決断だ」と述べています。

 リーマン・ブラザーズの破綻から先の大混乱は周知の通りですが、ベア・スターンズが救済され、リーマン・ブラザーズが救済されなかったのはなぜでしょうか。これについて、ベア・スターンズのときはFRBによる流動性供給の仕組みがなかったためであり、リーマン・ブラザーズのときは流動性供給の仕組みが整っていたことから、破綻が連鎖する可能性が低いと判断されたと説明されています。

 しかし、リーマン・ブラザーズ破綻の後、メリルリンチがバンク・オブ・アメリカに吸収合併されたときに、米財務省は不良資産救済プログラム(TARP)のもとで合計250億ドルの支援を行っています。リーマンを支援しなかった米財務省の姿勢は理解に苦しむとしかいいようがないものです。

 ただ、元ゴールドマン・サックス証券の会長兼最高経営責任者だったポールソン米財務長官とリーマンのファルドCEO(最高経営責任者)との間には「個人的な確執」があり、それが米財務省のダブル・スタンダードにつながった、との見方もなされています。

 いずれにせよ、リーマン破綻後に世界の金融市場は更なる激流に翻弄されていくのですが、増幅する危機の姿を見誤ったことが危機対策の重大なつまずきにつながったことは確かなようです。
 

このコラムの著者

MINKABU PRESS(MINKABU PRESS)

資産形成情報メディア「みんかぶ」や、投資家向け情報メディア「株探」を中心に、マーケット情報や株・FXなどの金融商品の記事の執筆を行う編集部です。 投資に役立つニュースやコラム、投資初心者向けコンテンツなど幅広く提供しています。