デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史―【9】 2011年 3.11オプション(前編)

著者:MINKABU PRESS

◆運命の東日本大震災、そのときマーケットは…


 第9回は2011年に起きた東日本大震災の際に、オプション市場を襲った破壊的な状況を取り上げます。ここでは、当時の状況を「3.11オプション」と名づけます。東日本大震災は時間が経過しても体験者には忘れることなどできない悲惨な出来事です。それはマーケットにも深い爪痕を残しました。

 2011年3月11日、午後2時46分にその震災は起きました。三陸沖の宮城県牡鹿半島の東南東を震源とする巨大地震で、マグニチュードは9.0と国内観測史上最大規模でした。後に判明する地震と津波、火災による死者・行方不明者は2万2000人超に上り、経済的損失は16~25兆円に達すると推計される、まさに未曾有の災害が東北地方を中心とする東日本を襲ったのです。

この日は週末の金曜日であると同時にメジャーSQ(先物・オプション清算日)であったため、先物・オプションの市場参加者はちょうど一区切りつくタイミングでした。加えて、発生時間からお分かりのように株式市場の取引終了近くの出来事です。プロの投資家のマニュアルには「非常時には先物を売って逃げろ」とあるとされていますが、都内でトレードしていた市場参加者を中心として、この震災に対応できた者はわずかであったと推測されます。

 震災発生後、先物やオプション市場では午後4時30分からナイトセッションが始まり、日経平均先物が急落に見舞われます。しかし、1万円割れの後は乱高下しながらも前日の終値から3%程度の下落で取引を終了しました。当時のナイトセッションは、翌朝の午前5時30分まで取引する現在とは異なり、当日の午後11時30分まででした。
東日本大震災前後の日経平均株価(円)
出所:Refinitiv
 

◆二次災害の恐怖


 週明け3月14日の取引では、一部の市場関係者の間で計画停電によって取引ができなくなる事態も懸念されたようですが、そうした懸念すら吹き飛ばす更に重大な問題が昼に発生します。この日は朝から相場は下落して始まり、寄り後すぐにTOPIX先物で取引を一時中断するサーキットブレーカーが発動されるくらい軟調な地合いでした。そして、追い打ちを掛けるように、前引けを前にして「原子力発電所で水素爆発が起きた」との衝撃的な報道が流れたのです。

 これ以前から震災の影響により原発に問題が生じていたとの報道はありましたが、爆発の映像を目の当たりにして後場の日経平均株価は急落します。引け際に日銀が緊急の追加緩和の実施に踏み切ったにもかかわらず、前週末比6%以上も下落して取引を終了しました。20年のコロナショック時に日経平均株価が前日比で最も大きく下落したのは3月13日の6.1%ですから、ほぼそれに匹敵するほどの下落でした。しかし、本当の恐怖は翌日に待ち受けていました。

 この日も朝から売り物を浴びて相場は値下がりしていましたが、前引け後に当時の菅直人首相が原発周辺で更なる放射性物質の漏えいの可能性が高まっていると発言したことをきっかけにして株式先物が急落。225先物、TOPIX先物ともにサーキットブレーカーが2回連続で発動されるという異例の事態に陥りました。結局この日、日経平均株価は前日比で10%以上も値下がりし、1日の下落率としては1987年10月のブラックマンデー、2008年10月の世界金融危機(リーマン・ショック)に次ぐ歴代3位の記録を刻んだのです。
 

◆オプション市場の惨劇


 このときの225オプション市場は異常な値動きだったと言われています。例えば、アット・ザ・マネーだった当限8750円のプット・オプションのプレミアムは、後場の急落場面で1040円という値が付いていました。当限のアット・ザ・マネーのプレミアムが4ケタになることは滅多にありません。それが現実となっていたということは、いかにボラティリティが跳ね上がっていたかを如実に物語ります。事実、このときのインプライド・ボラティリティは94を超えていました。

 また、3月14日のナイトセッションでプレミアムが一時1円だった当限5500円のプットが、3月15日の後場には155円と155倍に跳ね上がります。アット・ザ・マネーから3割以上も下に離れている権利行使価格のプットが3ケタになること自体も常軌を逸していたと言えるでしょう。その一方でアット・ザ・マネーから3割以上も上に離れている権利行使価格の当限コールはプレミアムがわずか2円でした。

 オプションの妥当なプレミアムは、ブラックショールズ・モデルで算出する場合、原資産価格、権利行使価格、ヒストリカル・ボラティリィティ、残存期間、金利の5つのパラメータを使います。これによると権利行使価格と算出されるインプライド・ボラティリティは以下のグラフのような関係になります。

インプライドボラティリティグラフ

 つまり、インプライド・ボラティリティはアット・ザ・マネーから離れると高まっていき、それは左右対称であるという前提に基づきます。このカーブをスマイルカーブと言いますが、実際のスマイルカーブは左右対称ではなく、アット・ザ・マネーから同じ価格だけ離れている場合、権利行使価格が高い方よりも権利行使価格が低い方がインプライド・ボラティリティは高くなります。これは上がる時よりも下がる時の方が緊急を要し、コールよりもプットの方が潜在的に需要は高い、ということを示しています。激しく暴落しているとなれば、その差は前述のように極端な状況になるわけです。

 事態を重く見た証券会社はそれぞれ自主規制に走りました。具体的には3月15日のナイトセッションから、オプション売りに必要な証拠金を基準となるSPAN証拠金×100%から200%に倍増させます。また、日経225オプション取引の売建玉の枚数上限を当面の間0枚へ変更する、つまりは新規売り禁止にするなどの処置を取ります。しかし、いま振り返るとこれらの規制は震災直後に出すべきであり、遅きに失した感は拭えません。(後編につづく)

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