◆VIX短期先物とは
NEXT NOTES S&P500 VIX インバースETN(以下、VIXインバース)が対象指標としている「円換算したS&P500 VIX短期先物インバース日次指数」のVIX短期先物(S&P 500 VIX Short-Term Futures Index Total Return)とは、東京証券取引所の上場資料によると「シカゴ・オプション取引所(CBOE)に上場しているVIX先物の第1および第2限月のロング・ポジションを日々ロールする取引のリターンを測定する指数」とあります。
「ロールする」とはロールオーバー(Rollover、乗り換え)のことを指し、第1限月(当限)のポジションを手放して第2限月(翌限)のポジションを持つという意味です。具体的にはポジションがロング(買い)の場合は当限売り・翌限買い、ショート(売り)の場合は当限買い・翌限売りといった作業を行います。先物のロング・ポジションを期日(取引最終日)以降も維持しようとする場合、この作業が必要になります。
VIX短期先物では、VIX指数先物の当限が期日になった時点で翌限のロング・ポジションを100%持っています。そして、翌日からこのポジションを毎日一定割合(約3.3%≒100%÷30日)ずつロールオーバーし、再び当限が期日になる1カ月後に翌限のロング・ポジションが100%になっているようにします。こうした作業を行いつつ、日々のロング・ポジションのリターンを測った指数がVIX短期先物なのです。ということは、VIX指数とVIX短期先物は似て非なるものであり、トレンドは似ていますが、値動きはかなり異なるものになることが分かります。
出所:Refinitiv
◆ロールコスト
VIX短期先物はVIX指数の変化そのものの影響を受けますが、ロールオーバーによってVIX指数先物の当限と翌限との価格差(限月間スプレッド)にも大きく影響を受けることになります。先物取引において、当限の価格が翌限の価格より低い状態を「コンタンゴ(Contango、順鞘もしくは期先高)」と言い、その反対に当限の価格が翌限の価格より高い状態を「バックワーデーション(Backwardation、逆鞘もしくは期先安)」と言います。
前編で触れた通り、VIX指数はS&P500の1カ月後の予想価格変動率です。一般的に株価指数は1カ月後よりも2カ月後の方が大きく変動する可能性が高いと考えられますので、VIX指数先物は当限よりも翌限の方が高くなることが多く、1年を通じて8割から9割程度は期先高のコンタンゴ状態のようです。そのため、日々のロールオーバーでは、安い当限を売って高い翌限を買う、といった価格差によるコストが頻繁に発生しますので、VIX短期先物は継続的に値下がり圧力にさらされます。
こうした問題はS&P500 VIX短期先物を原指標とするVIXインバースや国際のETF VIX短期先物指数 <1552> [東証E]に限った話ではありません。先物を原指標とする他のETNやETFにも同様のことが言えますので、これらは長期投資向きではないことを承知の上で投資すべきです。
ところが、これを逆手にとってVIX短期先物のショートを持ち続ければ、継続的に値上がり圧力を享受することができる、とも考えられます。これを具現化したのがVIXインバースでした。インバース(Inverse)とは「逆」という意味で、東証の上場資料によると、S&P500 VIX短期先物インバース日次指数は、2005年12月20日の指数値を100,000ポイントとして次のような計算式で表され、VIX短期先物が1%下がれば、1%上がるようになっています。
当日の指数値= 前日の指数値 ×(1 - 1 × S&P500 VIX短期先物指数の前日比変動率)
◆連動するのは前日比のみ
とはいえ、長期的な値動きにおいてVIX短期先物指数とVIX短期先物インバース日次指数とが全く逆になっているかというと、必ずしもそうではありません。下のグラフでは分かりやすいようにVIX短期先物指数の縦軸を反転させてみましたが、結構違いがあります。
出所:Refinitiv、S&P Dow Jones Indices LLC
VIXインバースの上場資料には「インバース型指標は、変動率が原指標の日々の変動率の-1倍となるように算出されているため、前営業日と比較するとその変動率は原指標の-1倍となりますが、2営業日以上離れた日との比較においては、複利効果により、原指標の変動率の-1倍以上又は未満となる場合があります」と記されています。
つまり、インバース型のETNやETFは、前日比ならば変動率が原指標のマイナス1倍ですが、2営業日以上離れた日と比較したときの変動率は、必ずしも原指標のマイナス1倍とは限らない、ということです。これはインバース型に限った話ではなく、レバレッジ型でも同様ですので、繰り返しとなりますがこれらのETNやETFは長期投資向きではないことは十分に理解しておくべきでしょう。もちろん、東証で大変人気があるNEXT FUNDS 日経平均レバレッジ・インデックス連動型上場投信 <1570> [東証E]においても同様です。
日経レバ<1570>の上場資料に付されている留意点
●レバレッジ型指標は、変動率が原指標の日々の変動率の2倍となるように算出されているため、前営業日と比較するとその変動率は原指標の2倍となり、仮に原指標が一日で50%以上値下がりした場合は、投資金額の全額を失います。また、2営業日以上離れた期間での比較においては、複利効果により、原指標の変動率の2倍以上又は未満となる場合があります。
●レバレッジ型指標は、原指標が上昇トレンドにある場合において、収益をさらに強く求める指標であるため、原指標の上昇を見込む場合には有用ですが、原指標が上昇・下落を相互に繰り返す場合、上記の複利効果によりレバレッジ型指標は逓減していくという特性があり、このような場合、投資者は利益を得にくくなりますので留意が必要です。また、中長期にわたって投資をする場合、原指標の変動率とレバレッジ型指標の変動率の乖離が大きくなる可能性があり、留意が必要です。
●レバレッジ型指標に連動するETF/ETNは原指標が上昇(下落)を続けた場合、市場価格と理論価格が乖離し、その結果理論価格に近い価格で売買することが出来なくなる可能性がより高くなるため、留意が必要です。なお、このような市場価格と理論価格の乖離は一般的には理論価格が呼値の制限値幅内の値となった際に解消されると考えられます。
出所:https://www.jpx.co.jp/equities/products/etfs/issues/files/1570-j.pdf
◆急落の背景
また、何らかの悪材料をきっかけに、市場が大きくリスク回避に傾くとボラティリティは上昇します。このときにVIX指数先物も上昇しますし、同先物の限月間スプレッドは期先高のコンタンゴから期先安のバックワーデーションとなることが多く、VIX短期先物にはダブルで上昇圧力がかかって急騰します。ということは、VIX短期先物インバースにはダブルで下落圧力がかかって急落することになります。
これが2018年2月に起きたVIXインバース暴落の正体です。2月5日にニューヨーク・ダウ工業株は前週末比1175ドル(4.6%)安となり、当時として史上最大の下げ幅を記録しました。このときVIX指数は37.32ポイントと前週末比115%上昇、VIX短期先物も先週末比96%上昇します。そのため、VIX短期先物インバース日次指数が96%下落し、VIXインバースは「対象指標の値がその前日における対象指標の値の20%以下となった場合(中略)、自動的に早期償還されます」という早期償還条項に抵触してしまいました。
こうした極端なリスク回避となった主な背景として、米国金利の上昇などが指摘されています。当時は順調な景気回復を受けて日銀による量的緩和政策の終焉観測、あるいは欧州中央銀行(ECB)による緩和縮小計画の前倒しなど、日欧の中央銀行が金融政策の舵を引き締めへ切りそうだとの見方があり、米連邦準備制度理事会(FRB)も利上げペースを速めるのではないか、などといった観測が強まっていました。
そのタイミングで発表された2018年1月の米雇用統計で、物価の先行指標とみられる平均時給の前年比上昇率が8年半ぶりの大きさになったことからインフレ懸念が台頭。FRBの利上げペース加速観測が一段と強まる中、米10年債利回りが一時2.88%とほぼ4年ぶりの高水準に上昇します。これを受けてそれまで上昇基調だった米国株も一転して急落してしまいました。
VIXインバースは価格が急落したまま早期償還となり、買い手は投資金額のほとんどを吹き飛ばしてしまいました。信用取引でレバレッジを効かせていない限り、損失は投資金額に限定され、第9回で取り上げた3.11オプションの投資家のように、投資金額以上の損失は出なかったと思われます。
しかし、このように極めて複雑でリスクが大きい金融商品に投資しているとの認識を持っていた買い手は、ほとんどいなかったと考えられます。先人が陥った同じ失敗を繰り返さないためにも、いま一度、自分が投資している金融商品がどのような特徴を持つものであるのかを、しっかりと確認しておく必要があるのではないでしょうか。