【危機より学ぶ教訓】―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史

著者:MINKABU PRESS
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 この連載の冒頭で「金融環境の変化とともにこれまで様々な投資手法が生み出されてきました。デリバティブ(金融派生商品)もそのひとつですが、そのデリバティブにおいても多様な手法が生み出されています。(中略)過去に起きた金融危機を振り返りながら、この破壊と創造のサイクルをつぶさにみていきたい」と述べました。

 過去40年間に起きた数多くの金融危機の中から、特に重要と思われる10の金融危機をピックアップし、なぜ金融危機が起きたのか、そこでデリバティブがどのような役割を担っていたのかなどを中心に掘り下げてきました。

日経平均株価とニューヨークダウ工業株
出所:Refinitiv、各種報道
 

◆災いとなった新しいデリバティブ


 第1回目は、1980年代の米国において2度の危機に陥ったS&L(貯蓄貸付組合、Savings and Loan Association)の事例を取り上げました。S&Lは組合員の住宅資金用の貯蓄と貸付を目的として発展した金融機関で、当時の米国において住宅ローンといえば、S&Lなどの貯蓄金融機関から借りるのが一般的でした。

 そのS&Lは、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締めによる調達金利の上昇を受けて危機的な状況に陥った反省を踏まえ、短期変動金利で調達して長期固定金利で貸し出すビジネスモデルの修正や収益の多様化を図っていきます。その中で住宅ローンをMBS(Mortgage-Backed Securities、モーゲージ担保証券)に替え、これを束ねて分解・証券化したCMO(Collateralized Mortgage Obligation、モーゲージ証券担保債券)というデリバティブが開発されました。

 ところが、このCMOに組み込んだ商業用不動産ローンが不動産バブルの崩壊で次々と焦げ付きます。S&Lの財務体質が大きく棄損したため、S&Lを対象とした預金保険基金を運営するFSLIC(Federal Savings and Loan Insurance Corporation、連邦貯蓄貸付保険公社)も機能停止に追い込まれ、多くのS&Lの破綻を招く事態に至りました。

 同様の出来事は、第8回で取り上げたサブプライム住宅ローン危機でも起きました。2007年前後に米国で発生したサブプライムローン問題は、2008年のリーマン・ショックを引き起こした原因としてご存じの方も多いと思われます。サブプライム住宅ローンとは、低所得者やクレジットカードの延滞を繰り返す人など信用力の低い個人向けの住宅融資のことです。

 当時、そうしたサブプライム住宅ローンを束ねて分解・証券化したデリバティブ金融商品のRMBS(Residential Mortgage Backed Securities、住宅ローン債権担保証券)を、更に束ねて分解・証券化したCDO(Collateralized Debt Obligation、債務担保証券)というデリバティブ商品が開発されました。

 ここでも住宅バブルが弾け、サブプライム住宅ローンが次々と焦げ付くわけですが、その焦げ付きが、どのCDOに組み込まれているかが分からず、CDOがまとめて格下げされて売り込まれてしまいます。そのため、CDOにレバレッジを掛けて投資していたヘッジファンドが次々と破綻し、その影響が金融機関へと波及するという最悪の事態に陥りました。
 

◆問題となる投資行動の均一化


 また第2回では、1987年10月に起きたブラックマンデーについて取り上げました。週明け19日の米国株式市場が突然の大暴落に見舞われ、リスク回避の地合いが世界中の株式市場へと広がってしまった金融危機です。この背景には、株価上昇による収益を多少犠牲にしても、株価下落による損失を抑える投資手法のポートフォリオ・インシュアランスがあったといわれています。

 ポートフォリオ・インシュアランスは、先物やオプションといったデリバティブや債券を利用してリスクのウェートを調整しますが、これを多くの金融機関がプログラム売買で調整していたため、相場が一方通行になりやすくなっていました。そこにドル安に歯止めをかけようとしたルーブル合意の破綻が生じ、それをきっかけに相場が一気にリスク回避へと走ってしまったと見られています。

 投資行動が均一化することでポジションが集約され、何かをきっかけに離散するといった現象は、第5回で取り上げた1998年10月のLTCM(Long Term Capital Management)の破綻や第7回で取り上げた2003年6月のVaRショックでもみられたことです。LTCMはドリームチームと言われるほど優秀な人材をかき集めた米国のヘッジファンドでしたが、あまりにも優秀であったため、彼らのコンバージェンス(収斂)・トレードといった投資スタイルや投資対象を誰もが真似るようになったことが仇となります。

 そして、ここでもFRBによる利上げがきっかけで起きた通貨危機によりボラティリティが上昇。投資対象の価格がコンバージェンスするどころか、むしろ拡大してしまう深刻な事態が生じ、LTCMは破綻してしまいました。

 また、VaRショックにおいても、当時の国内機関投資家の多くがVaRを利用していました。VaRは予想最大損失額と日本語に訳されるリスク管理手法の一つで、デリバティブではありませんが、デリバティブを組成する際に使われる概念がベースになっています。

 このVaRの普及によって売買するタイミングが集中したため、相場が一方通行になりやすくなっていました。そして、長引く金融緩和で債券の買いポジションが集中していたことも重なり、国債入札の不調といったありふれた材料で始まったはずの債券売りが加速してしまい、売りが売りを呼ぶ事態となりました。
 

◆不十分なリスク管理


 第3回で取り上げた米カリフォルニア州オレンジ郡の破綻では、長短金利差を利用したレバレッジ投資とスワップ取引の一種であるインバース・フローターと呼ばれるデリバティブが問題になりました。

 これらは1人の財務担当役が考えた長短金利差と低金利の継続を前提とする戦略でした。しかし、FRBが金融政策を急激に引き締めたことによってその前提は崩れ、オレンジ郡という地方自治体の破綻を招くほどの大きな損失につながったケースです。ある意味ではリスク管理体制が十分ではなかったために起きた金融危機と言えるでしょう。

 似たような事例は第4回で取り上げた英ベアリングスの破綻でも起きました。これは金儲けに突っ走るトレーダーのヘッドと、トレーダーが暴走しないように見張る清算事務を兼務する立場となったシンガポールの社員が、日経平均の先物やオプションといったデリバティブを利用して見せかけの利益を膨らませる一方で、実際の損失を取引間違い処理用のエラー口座に隠していた事件です。

 いわばプレーヤーと審判を兼務させるといった考えられないリスク管理体制に遮られて、彼の問題行動を英国本社では見抜けないまま、阪神大震災という突発的な自然災害を契機に損失が一気に膨らみ、ベアリングスは破綻を余儀なくされました。

 リスク管理体制の不十分さが危機を招いたのは、第9回で取り上げた3.11オプションや第10回で取り上げたVIXインバースにおいても同様です。3.11オプションでは東日本大震災という、やはり突発的な事象が原因となりプットオプションのプレミアムが急騰しました。どれだけの損失が生じるかを考えないまま、リスクヘッジなしにオプションの売りポジションを持ってしまったことが災いとなったのです。

 VIXインバースにおいても、対象指標である「円換算したS&P500 VIX短期先物インバース日次指数」がどのようなもので、どのような値動きをする特性があるのかを把握していなかった投資家が、投資資金のほとんどを失う結果となってしまいました。

 もっとも第6回で取り上げた米総合エネルギー企業エンロンの場合、企業の不十分なリスク管理体制を指摘する立場であるはずの監査法人が積極的に関与し、簿外債務による粉飾を合法的に処理していたと考えられるようなケースもありました。この簿外債務の手法は第8回で取り上げたサブプライム住宅ローンでも使われています。

簡略化させた金融危機発生パターンの例

 このように金融危機は、地震などの突発的な事象や中央銀行の金融政策変更といった人為的な事象によって、マーケットの環境が大きく変わる時に起きることが多いようです。その一方で、金融危機が起きる前の長く安定したマーケット環境の下では、何とか収益を拡大させようとする、あるいはリスクを軽減させようとする投資家のニーズを満たすべく、従来のデリバティブをベースにより複雑化させた新しいデリバティブ商品が次々と生み出されてきました。

 しかし、それらは複雑であるため、新しい投資家はよく理解もせずに管理体制も不十分なまま利用し、中には大きくレバレッジを効かせる投資家も現れます。そして、デリバティブはあるときは金融危機のきっかけとなり、またあるときは金融危機の増幅装置として機能してしまったことが幾度もありました。

 デリバティブは危険な側面を持つ一方で、非常に便利で有益な「諸刃の剣」でもあります。そのため利用する際には、どのようなリターンが期待されるのか、どのようなリスクが懸念されるのか、その特徴への理解を十分に深める必要があります。過去にデリバティブでどのような問題が起きたのかを知ることは、その貴重な教訓となるのではないでしょうか。この連載が投資家の皆さまの金融リテラシー向上に役立つことを願っております。

このコラムの著者

MINKABU PRESS(MINKABU PRESS)

資産形成情報メディア「みんかぶ」や、投資家向け情報メディア「株探」を中心に、マーケット情報や株・FXなどの金融商品の記事の執筆を行う編集部です。 投資に役立つニュースやコラム、投資初心者向けコンテンツなど幅広く提供しています。