ミーム株のロビン・フッダー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【5】―

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◆米証券投資アプリ、ロビンフッド


 第5回では、2020年のコロナショック以降に米株式市場で一躍注目される存在となった「ロビン・フッダー」について取り上げます。ロビン・フッダーとは特定の誰かを指す名称ではなく、米証券投資アプリ「ロビンフッド」を利用して投資を行っている個人投資家を意味する総称です。

 同アプリを提供するロビンフッド・マーケッツ社は、最高経営責任者(CEO)であるブルガリア系のウラジミール・テネフと、スタンフォード大学で同級生だったインド系のバイジュ・プラフルクマール・バットが、2013年に創業しました。

 2011年に旋風を巻き起こした金融機関や政界に対する抗議運動「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」に触発され、富裕層以外にも金融サービスの裾野を広げられるスマートフォン用のアプリを開発しよう、と考えたのが始まりでした。

 彼らが開発したアプリ「ロビンフッド」の特徴は、取引方法が非常にシンプルで使いやすいうえ、新たな取引や入金があった時は画面上に紙吹雪を飛ばしたり、スクラッチカード(オンライン版)を使って1株を無料で提供するなど、スマホ世代やゲームアプリ世代を意識したサービスが用意されていることにあります。

 そして最大の特徴は、何と言っても売買手数料が無料であること。これには他の証券会社も度肝を抜かれ、慌ててネット系証券会社が追随するなど、各社はその対応に追われることになりました。証券会社の主要な収益源であるはずの売買手数料を無料にして、ロビンフッドは一体どのようにして収益を稼いでいるのでしょうか?
 

◆ロビンフッド、3つの収益源


 同社の収益源は主に、①貸株、②資金提供、③情報提供の3つであると考えられます。①と②に関しては既存の証券会社も同様ですが、分別管理によって保管している顧客保有の株式をカストディアンなどの貸株業者に貸し出すときの手数料、あるいはマージン・トレーディング(信用取引)や先物などのデリバティブ取引の際に提供する資金の金利で稼いでいます。

 特に②の「資金提供」に関しては、ロビンフッドでは「ゴールド」という月額5ドルのサブスクリプション(定額制)サービスを通じて行います。また、顧客は口座開設後であれば、入金完了前でも1000ドル程度の株を買うことができるほか、最低1ドル以上かつ100万分の1株単位で買うことができるなど、既存の証券会社では考えられないような、低所得の若者には有難いサービスが満載となっています。

 また、③の「情報提供」については、ハイ・フリークエンシー・トレーディング(HFT、高頻度取引)業者などのマーケットメーカー(値付け業者)に顧客の注文を流し、リベートを得る仕組みである「ペイメント・フォー・オーダー・フロー(PFOF)」でも稼いでいます。

 一方のマーケットメーカーは、この仕組みで集めた注文を店内で付け合わせ、市場の最良気配でマッチングさせることで売買スプレッドを得るほか、マッチングできない注文は市場に流すことで、取引の活性化を図りたい取引所から手数料をもらっています。
 

◆電子掲示板「レディット」、急増する登録者数


 ロビンフッドは、こうした手軽さを武器に2020年末で口座数が1300万件を突破、米国の株式市場でロビン・フッダーは一大勢力となりました。彼らはBBS(電子掲示板)である「レディット」を通して意見や情報を交換、議論し、共有を行っています。

 「レディット」ではさまざまなトピックについて、「サブレディット」と呼ばれる小コミュニティが形成されており、投資関連の「サブレディット」も数多く存在します。なかでも注目されているのが、2021年6月現在で1000万人を超える登録者が株式やオプション取引について語り合う「ウォールストリートベッツ(r/wallstreetbets)」です。

 「ウォールストリートベッツ」は当初、投資に関する専門家の分析や意見よりも、素人のとんでもない銘柄選択や取引を議論する場を作ろうとして2012年に立ち上げられました。立ち上げ後の数年間は登録者数が数千人程度でしたが、ロビンフッドの売買手数料無料化に他社が追随するようになった2019年頃から様子が一変します。登録者数が急増し、コロナショック時には100万人を突破しました。そして、このサブレディットを一躍有名にしたのが、米ゲームストップの株価急騰劇でした。これにより登録者数は倍増しました。


 

◆ゲームストップ株の玉締め


 世界最大のコンピュータゲーム小売店である米ゲームストップの株価は、冴えない業績推移を受けて低迷を続け、2020年4月には3ドル割れとなる場面もありました。ところが、その後に同社への投資が「ウォールストリートベッツ」などで注目されるようになり、株価は少しずつ回復し始めます。

 一方でファンダメンタルズの見通しに沿わない株価上昇は、空売り筋のターゲットとなります。このときに空売りを仕掛けたのが、米ヘッジファンドのメルビン・キャピタル・マネジメントや米投資調査会社シトロン・リサーチなどでした。シトロン・リサーチといえば、同社が2016年に東証マザーズ上場のCYBERDYNE <7779> [東証M]を汚物呼ばわりして空売りを仕掛けたことはあまりにも有名です。

乱高下する米ゲームストップ株価(ドル)
出所:Refinitiv、2020年1月から2021年6月11日までの日次データ

 「ウォールストリートベッツ」では、こうした空売り筋は徹底的に敵視され、買い煽りが急増します。2021年になるとゲームストップの株価は上昇ピッチを速め、一時は483ドルまで駆け上がります。この急騰は、ロビン・フッダーによる買い煽りを受けて、空売り筋が買い戻しを余儀なくされた結果であるとみられています。ところが、その後すぐに株価は暴落し、2月には39ドル割れまで売り込まれてしまいます。一体、何があったのでしょうか。(敬称略、後編につづく

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。