ミーム株のロビン・フッダー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【5】―

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◆ミーム株


 世界最大のコンピュータゲーム小売店である米ゲームストップの株価は2021年に入って間もなく大きく買い煽られました。BBS(電子掲示板)「レディット」の小コミュニティ「ウォールストリートベッツ(r/wallstreetbets)」などで買いを煽ったのは、米証券投資アプリのロビンフッドを利用して投資する個人投資家、ロビン・フッダーらであるとみられています。



出所:Refinitiv、2020年1月から2021年6月11日までの日次データ、前編のグラフ再掲

 彼らは「You Only Live Once(人生は一度限り)」の頭文字を取った「YOLO」や「To The Moon(月を目指せ)」などを合言葉にして、特に空売りの多い銘柄にターゲットを絞って買いを煽り、ヘッジファンドなどの空売り筋の買い戻しを狙います。こうした銘柄は「ミーム株」と呼ばれ、その代表的な銘柄の1つがゲームストップでした。

 ミーム(meme)とは元々、人から人へコピーされるさまざまな情報を意味する言葉でしたが、最近は「ウォールストリートベッツ」や、同じレディットの小コミュニティである「スーパーストンク」などで盛んに煽られる銘柄を指す言葉となりました。2013年頃、東京株式市場においてもこれと似た特徴を持つ投資家が出現していました。日本では彼らを「イナゴ投資家」と呼び、イナゴ投資家のターゲットにされた銘柄の株価を「イナゴタワー」などと称していたことが思い出されます。

 ただ、「イナゴ投資家」と違い、ロビン・フッダーらはミーム株の買い煽りに現物株の買いだけでなく、個別株のコール・オプションも用います。オプションを買うとプレミアムの支払いだけで、手持ち資金以上のポジションを保有することが可能になります。もちろん、ロビンフッドを使えば、売買手数料も無料になります。

 彼らの買いに対してマーケットメーカーやディーラーは売り向かうことになりますが、オプション売りのポジションに対するヘッジとして現物株を買うことになります。つまり、コール・オプション買いは現物株買いにつながっていきます。

 こうした資金効率の良いフィードバック・ループ(繰り返し軌道修正を促すことで結果が増幅されること)によって株価は値上がりを続け、空売りを仕掛けるヘッジファンドなどは追い証が払えなくなり、ショート・スクィーズ(玉締め)を余儀なくされたものと考えられます。そして、空売り筋の買い戻しによりさらに株価が急騰したのです。

 ショート・スクィーズとは、市場参加者のポジションが売り(ショート)に傾き、信用取引などで逆日歩が発生するといった供給不足に陥っている際、大きく買いを仕掛けて売り方の買い戻しを誘う手法、もしくはそれによって株価が急騰する現象を指します。ゲームストップ株については2021年1月に浮動株の1.4倍もの空売りが積み上がっていた、との報道もありました。


 

◆買い制限で急落、そして炎上


 前編で示した通り、ロビンフッドの成り立ちが、2011年に起きた金融機関や政界に対する抗議運動「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」であったこともあり、ロビン・フッダーらがヘッジファンドなどを目の敵にする心情は理解できます。

 そして、ゲームストップ株の買い戻しを余儀なくされたヘッジファンドらは、巨大な損失を被りました。これは所有する資産が増加し続ける上位1%の富裕層ではなく、99%に属するロビン・フッダーの勝利と言えます。こうした出来事を経て、最近はヘッジファンドや証券会社のトレーディング部門などに、空売りリスクを数字で示すサービスを始めた調査会社なども現れ始めました。

 一方で、一時483ドルまで急騰したゲームストップ株は、その後に暴落します。その理由はロビンフッドなどの証券会社数社がゲームストップをはじめとするミーム株の現物やオプションの買いを制限したからだと考えられます。

 これにロビン・フッダーは怒りをあらわにし、空売りで損失を受けたヘッジファンドが取引制限を裏で操作しているとの噂も加わって「ウォールストリートベッツ」では大炎上しています。しかし、ロビンフッドなどの証券会社が取引を制限したのは、清算会社から巨額の保証金を要求されたためとみられます。

 現物株やデリバティブなどの売買では、取引相手の信用力を考える必要はありません。それは取引決済に問題が生じた場合、清算会社が最終的な「決済」の相手になるという仕組みが整っているからです。これを日本では日本取引所グループ <8697>傘下の日本証券クリアリング機構(JSCC)が担っています。

売買から決済に至る関連諸機関 ~有価証券の売買に係る清算・決済~


出所:日本証券クリアリング機構「<図>売買から決済に至る関連諸機関」(https://www.jpx.co.jp/jscc/seisan/genbutsu/acceptance_debt/seisan_kikan.html)を基に作成
※ネッティングとは、対当する債権債務部分を相殺するように、各取引当事者間で、売付数量と買付数量、支払金額と受取金額の差額を計算し、その差額について各取引当事者との間で決済を行うこと


同社については、株価指数オプションを売る場合に必要な証拠金を計算するときに用いる「SPAN証拠金」を提供している会社として、オプション取引をしている投資家には馴染みのある会社と思われます。なお、「SPAN証拠金」については先物初心者入門コラム「株価指数オプションとは?」をご参照ください。

▼先物初心者入門コラム「株価指数オプションとは?」
https://fu.minkabu.jp/beginner/column/7


 

◆金の切れ目が縁の切れ目か


 この仕組みを機能させるため、清算会社は証券会社に対して保証金を預託することを義務付けています。米国において、こうした業務を担う証券保管振替機関、デポジトリー・トラスト・アンド・クリアリング・コーポレーション(DTCC)は、このときロビンフッドに対して30億ドルの保証金を要求したとされます。ロビンフッドによると、この金額は前日の10倍だったとのことです。

 清算会社が求める保証金額が、どのように算定されるかは定かではありませんが、値動きが激しくなれば激しくなるほど、決済が不履行となるリスクは高まります。そのため、取引している投資家がミーム株など急騰した銘柄を大量に保有している証券会社に対して、清算会社が高額の保証金を求めるのは当然のことでしょう。

 しかし、これは資本の蓄積がある歴史ある会社ならばあまり問題になりませんが、設立して10年に満たないような急成長企業にとっては一大事です。そこでロビンフッドは投資家から資金を集めると同時に、取引を制限することでリスク低減を図りました。取引制限は奏功し、保証金は約14億ドルに減額されたそうです。

 これによってロビンフッドが債務不履行に陥る事態は回避されましたが、取引が制限されたことなどでゲームストップの株価は下げ止まらず、3週間程度で高値から10分の1以下にまで下落しました。

 昔の仕手株のようにファンダメンタルズの裏付けが乏しい株価急騰は、理屈が通らないだけに買いを呼び込むと天井知らずですが、買いが途絶えると「山高ければ谷深し」になるものです。なお、ゲームストップ株は、その後300ドル以上に値を戻す場面があるなど、乱高下が続いています。

 恐らくは米政府による手厚い失業給付金がなせる業(わざ)だとみていますが、それも2021年9月の期限を前に打ち切りとする州が約半数に及んでいるようです。「金の切れ目が縁の切れ目」になるかもしれません。

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。