メルビン・キャピタルのゲイブ・プロトキン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【5】―

◆プロトキンの経歴


 第6回は、前回に取り上げたロビン・フッダーによって、世界最大のコンピュータゲーム小売店である米ゲームストップ株の買い戻しを余儀なくされた米ヘッジファンド、メルビン・キャピタル・マネジメントのガブリエル・プロトキン(通称ゲイブ・プロトキン)に注目します。

 プロトキンは1979年頃にユダヤの家系に生まれ、米国メイン州ポートランドで育ち、ノースウェスタン大学の経済学部で学びました。2001年に同校をマグナ・カム・ラウディ(首席ではないものの、それに準ずる好成績で卒業する生徒に与えられる名誉)で卒業し、成績優秀な大学生の友愛会「ファイ・ベータ・カッパ」のメンバーでもあることから、極めて優れた学生だったことが推測されます。

 彼は大学を卒業後、ケネス・グリフィン率いるイリノイ州シカゴのヘッジファンド、シタデル・インベストメントの戦略アナリスト、投資会社ヘンリー・クラウンのプライベート・エクイティ・アナリストを経て、コネチカット州グリニッジのヘッジファンド、ノースサウンド・キャピタルで2年間、消費関連株のアナリストを務めました。

 ちなみに、ノースサウンド・キャピタルを率いるトーマス・マコーリー(通称トム・マコーリー)は、第2回で取り上げたジュリアン・ロバートソン率いるタイガー・マネジメントの門下生、つまりタイガー・カブ(子トラ)です。

タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/945

タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/955


ガブリエル・プトロキンを取り巻く相関図
 

◆分析重視の運用スタイル


 2006年になるとプロトキンはスティーブン・A・コーエン率いるヘッジファンド、SACキャピタル・アドバイザーズに転職します。そこでは傘下のシグマ・キャピタルでポートフォリオ・マネージャーを務め、主に小売、インターネット、レストラン、ゲーム、宿泊施設、消費者向け製品など、消費セクターやテクノロジー株を専門とし、18億ドルのポートフォリオを管理していました。

 デイトレーダーのように比較的短期間で大きな勝負をする激しいトレード・スタイルのコーエンと異なり、プロトキンの運用スタイルは企業の厳格な研究に基づく米国内株のロング・ショート戦略です。

 もちろん、投資判断は証券会社などの銘柄リポートに頼るのでなく、キャッシュフローから製品需要まで全てを分析する詳細なモデルを使って企業を調べ、ビッグデータを解析しながら投資対象の業界トレンドを読んで投資していたようです。

 また、クレジットカードのデータやショッピングモールの人出といったデータも早い段階から活用していた、といいます。彼は後に設立する自分のファンドを「非常に人間集約的な場所」と表現していることから、多くの人を雇いながら企業のデータを収集・解析していたのではないでしょうか。
 

◆メルビン・キャピタル設立


 2013年になるとSACで組織的なインサイダー取引問題が発覚。元ポートフォリオ・マネージャーが有罪判決を受けるなど、一大スキャンダルが巻き起こります。プロトキンも関係者として名前が挙がっていましたが、有罪判決を受けることも、起訴されることもありませんでした。

 もっとも、その後にSACが閉鎖されたため、彼は自らのファンドであるメルビン・キャピタル・マネジメントを設立します。このメルビンという社名は、コンビニエンスストアを経営し、自分の仕事に倫理と誠実さを持っていた祖父にあやかっているそうです。

 メルビンは設立の際にコーエンが2億ドルを投資し、当初は約10億ドルで運用が始まったといいます。初年度の2015年は運用成績が47%という好調な滑り出しとなり、同年のトップパフォーマンス・ファンドリスト(10億ドル以上)で2位にランクされるほどの好成績でした。その後、2017年は同41%、2018年は同▲6%でしたが、2019年と2020年はおよそ同50%のパフォーマンスをあげています。

 こうした好成績が奏功して資金が集まり始め、同ファンドの運用総額は2021年初めに約125億ドルにまで膨らみました。コーエンの出資額も10億ドルに増え、彼のファミリー・オフィスであるPoint72アセット・マネジメントは2019年の利益のうち、約3分の1がメルビン・キャピタルからの分配金だったそうです。
 

◆任天堂の空売り


 ゲームストップ株のショート・スクィーズによる買い戻しが起きる前までは、東京株式市場においてメルビン・キャピタルの名前を聞くことは少なかったようですが、実は2018年に任天堂 <7974>の空売りで話題になったことがありました。当時の空売り報告によると、同年6月から7月にかけて50万株前後の空売りを仕掛けていたことが分かります。

 当時、2017年に発売された家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」の販売台数が目標に届かないといった懸念を背景に、任天堂の株価は軟調に推移していました。そして、任天堂は2019年1月、年末商戦の伸び悩みを理由に2019年3月期のスイッチの販売目標を2000万台から1700万台に下方修正しました。

軟調に推移する任天堂の株価(円)
出所:各種報道

 おそらくプロトキンは詳細なデータ解析により、販売未達の可能性を感じて任天堂株の空売りを仕掛けたものと想像されます。それはゲームストップ株の空売りについても同様のようでした。(敬称略、後編につづく)

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。