タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【2】―

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◆ロシア財政危機、第一の試練


 1998年8月に起きたロシア財政危機によって「ドリームチーム」と謳われたLTCM(Long Term Capital Management)が破綻しました。LTCMに関する詳細は以下をご参照ください。

▼1998年 LTCM(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【5】
https://fu.minkabu.jp/column/667

▼1998年 LTCM(後編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【5】
https://fu.minkabu.jp/column/668

 この危機による混乱を受けて、ジュリアン・ロバートソンが率いるタイガー・マネジメントも運用資産の約1割を失います。そして、翌月になると損失は更に拡大しました。混乱はデレバレッジ(レバレッジ・ポジションの巻き戻し)を引き起こし、低金利の日本円で調達して高金利通貨に投資する円キャリートレードも巻き戻しが急務となります。

 円キャリートレードとは、低金利の日本円で調達した資金を高金利の他通貨に投資し、金利差を狙う取引です。そのため、この取引では円売り・他通貨買いを行うことになります。また、狙っている金利差はわずかですから、利益を大きくするためにはレバレッジなどを利用して、ポジションを大きく膨らませる必要があります。

 となると、円売り・他通貨買いも大きく膨らみ、円安・他通貨高が予想されます。ところが、円キャリートレードが狙う金利差がわずかなだけに、市場が混乱するような地合いでは金利差がつぶれてしまったり、逆ザヤとなることも十分に考えられます。その際には円キャリートレードの巻き戻し(円買い・他通貨売り)が急がれることとなります。いわゆる、「リスク回避の円高」はこうした背景によって起こるわけです。

 一部ではリスク回避の地合いになれば、円キャリートレードが膨らんでいようがいまいが、とにかく円高になるとか、リスク回避の地合いで買われるのは日本円が安全資産(日本のカントリー格付けはシングルA+近辺で決して高いとは言えません)だからなどと、状況を理解していない解説が散見されることは嘆かわしいことです。

 さて、ロシア財政危機が勃発したこの頃、タイガー・マネジメントは円キャリートレードの拡大などを見込んで、巨大な円売りポジションを180億ドル相当も抱えていたようです。この180億ドルという金額は、ジョージ・ソロスとその右腕といわれるスタンリー・ドラッケンミラーが、1992年に英国政府を相手にポンド売りを仕掛けたときの約2倍に相当する規模だったとされます。しかし、ロシア財政危機やそれによるLTCMの破綻といった市場の混乱で同トレードは急激に巻き戻され、円高が進んだことで巨額の損失を被ってしまいます。

 しかも、タイガー・マネジメントは毎月の顧客向けレポートで、大きな損失を出していること、そして現在のポジションがどうなっているかなどを報告していました。そのため、タイガー・マネジメントが白旗を上げて巻き戻しそうなポジションがどのようなものであるか、市場参加者には丸分かりだったと言われ、LTCMと同様にトレーダーから狙い撃ちされる結果を招きます。

 このロシア財政危機とLTCMの破綻による巨額の損失は、米国株のリスク・アービトラージ(M&Aの際に割高な買収企業を売り、割安な買収される企業を買うといった裁定取引)やギリシャ・ドラクマへの投資拡大などにより半分以上を取り返すことができたものの、更なる試練がタイガー・マネジメントを待ち受けていました。それが1990年代後半のITバブルでした。
 

◆ITバブル、猛スピードで突進する機関車


 1990年代後半にインターネットが急速に普及し、インターネットを利用するビジネスが注目を浴びました。また、通信規制の緩和に伴い、大容量通信サービスを手掛ける新興企業や通信機器、同関連業者なども人気になります。

 株式市場においては、これら関連企業の株価が急騰するといった現象が世界中で見られました。そして、将来に⾒込まれる収益を期待して過度な投資が⾏われ、関連企業の株価急騰が続き、バブルへと発展していったのがITバブルです。

 ところが、期待された収益はなかなか実現せず、大容量通信サービスも期待されたほど普及しなかったことに加え、1999年から始まった米連邦準備制度理事会(FRB)による継続的な利上げが響き、ITバブルは2000年3月をピークに崩壊してしまいます。


 前編でも触れた通り、ジュリアン・ロバートソンは株式投資を得意としており、そのスタイルは割安な銘柄を買って、割高な銘柄を売るロング・ショート戦略です。ITバブルでもて囃されたネット系の新興企業はほとんどが利益を出しておらず、通信系企業も利益が期待されたほど伸びず、ロバートソンの投資基準で考えれば、喜んで売りを仕掛けたくなるような存在でした。

 しかし、ITバブルの勢いは強く、ロバートソンのロング・ショート戦略はなかなか奏功しません。それどころか、売っている割高なIT関連企業の株価は急騰を続け、買っている割安なオールド・エコノミー企業の株価は停滞を続けます。そのため、タイガー・マネジメントの運用成績は他の新興ファンドに比べて大きく見劣りするようになりました。

 ロバートソンは、これらIT関連企業の株価を「猛スピードで突進する機関車」に例え、いずれ脱線することは分かっているが、その前に立ちはだかることは馬鹿げていると考え、IT関連企業から遠ざかるようになります。そのため、運用成績はますます振るわなくなり、増える解約に対応するためにポジションを解消して、余計に評価損を膨らませるといった悪循環に陥りました。1998年のピーク時には約220億ドルまで膨らんだ資産運用額は、2000年には60億ドル程度まで縮小してしまいます。

 あまり得意でないグローバル・マクロ戦略では円売りにより巨額の損失を被り、得意とするロング・ショート戦略も上手くいかなくなったことから、ロバートソンは2000年3月に引退を決意。タイガー・マネジメントは運用する全てのファンドを閉鎖します。ところが皮肉なことに、そこからITバブルは崩壊し始めたのです。

 

 

◆タイガーカブ(子トラ)とタイガーシード(種トラ)


 さて、引退したロバートソンですが、そのまま業界から消え去ったわけではありません。タイガー・マネジメントはファンドを閉鎖したものの、会社の組織や設備などは存続させ、残った自己資金(ファンド解散時のロバートソンの持ち分は約15億ドル)を投入して後進を育成する事業に軸足を移します。

 そこではロバートソンが主要取引の主導権を握るのでなく、元の部下に対して指導したり、助言したり、あるいは豊富な人脈から必要な人物を紹介するなど、手厚いサポートを行い、数多くのタイガーカブ(子トラ)が巣立っていきました。中でもロバートソンが直接に資金提供した人たちをタイガーシード(種トラ)と呼びます(下表にタイガーカブやタイガーシードの主なメンバーを掲載しました)。

 彼らはロバートソンが得意ではなかったIT関連株投資やグローバル・マクロ戦略なども積極的に行うことで、全体としてはマルチ戦略といった投資スタイルに変貌を遂げていきます。そして、ロバートソンはこうした部下への投資が奏功し、総資産を45億ドル(2021年フォーブス調べ)にまで拡大させたとされています。
 

主なタイガーカブとタイガーシード
ファンドマネージャー ファンド コメント
デビッド・ゲルステンハーバー アルゴノート・キャピタル・マネジメント タイガーカブ
ブライアン・ケリー アジアセンチュリー・クエスト・キャピタル LLC タイガーカブ
ジョン・グリフィン ブルーリッジ・キャピタルホールディングスLLC
ブルーリッジ・キャピタルオフショア
タイガーカブ
ローレンス・ボウマン ボウマン・ファイナンシャル・マネジメント タイガーカブ
ロベルト・ミニョーネ ブリッジャー・マネジメント タイガーカブ
フィリップ・ラフフォント コートゥエ・マネジメント タイガーカブ
アーノルド・スナイダー ディアフィールド・マネジメント・コ・ニー タイガーカブ
ロブ・シトローネ ディスカバリー・キャピタル・マネジメント LLC CT タイガーカブ
フィリップ・ダフ ダフ・キャピタル・アドバイザーズLP タイガーカブ
クイン・リオルダン エルムウッド・アドバイザーズ タイガーカブ
J ケビン・ケニー・ジュニア エマージング・ソブリン・グループLLC タイガーカブ
アーサー・B・コーエン ヘルスコーマネジメントLP タイガーカブ
リー・ホブソン ハイサイド・キャピタル・マネジメント L P タイガーカブ
ジョン・リクーレツォス ホップライト・キャピタル・マネジメント タイガーカブ
ロバート・ビショップ インパラ・アセット・マネジメント タイガーカブ
スティーブ・シャピロ イントレピッド・キャピタル・マネジメント タイガーカブ
ジョン・ターラー ジャット・キャピタル・マネジメント LP タイガーカブ
ロバート・カー ジョホー キャピタル LLC タイガーカブ
スティーブン・マンデル ローン パイン キャピタル LLC タイガーカブ
クリス・クリスティニク ロングホーン キャピタル パートナーズ LP タイガーカブ
タイガーシード
リー・エインズリー マーベリック・キャピタルLTD タイガーカブ
ジェームズ・ライル ミルゲート・キャピタル タイガーカブ
トム・マコーリー ノースサウンドキャピタル タイガーカブ
ダン・モアヘッド パンテラ・キャピタル・マネジメント タイガーカブ
ロバート・エリス リッジフィールド・キャピタル・マネジメント タイガーカブ
ピーター・ヴィグ ラウンドロック・キャピタル・マネジメント タイガーカブ
トム・ブラウン セカンドカーブキャピタルLLC タイガーカブ
クリス・シャムウェイ シャムウェイ・キャピタル・パートナーズ タイガーカブ
藤原 フユキ スピードウェル タイガーカブ
ロバート・ピッツ ステッドファスト・キャピタル・マネジメントLLC タイガーカブ
アヌ・ムルガイ スラニアキャピタルパートナーズ タイガーカブ
マーティン・ヒューズ トスカファンド・アセット・マネジメント タイガーカブ
ポール・トゥラドジ トゥラッドジ キャピタル マネジメント LP タイガーカブ
デビッド・ガロ バリノア・マネジメント タイガーカブ
アンドレアス・ハルヴォルセン バイキンググローバル・インベスターズLP タイガーカブ
マシュー・イオリオ ホワイト エルム キャピタル LLC タイガーカブ
エド・マクレア & ロバート・ウィリアムソン ウィリアムズ・ジョーンズ&アソシエイツ タイガーカブ
アロック・アグラワル アポス キャピタル パートナーズ LP タイガーシード
マーク・アンダーソン / エリアフ・アスーリン アクシャル・キャピタル・マネジメント タイガーシード
スコット・シンクレア /ローレンス・チャン カスカベルマネージメントLP タイガーシード
ジョセフ・マカリンデン カタルパ タイガーシード
デビッド・ヘンレ DLH タイガーシード
スコットブース イースタン・アドバイザーズ タイガーシード
ケビン・ケニー ESG
ESGクロスボーダーエクイティ
タイガーシード
チャーリー・アンダーセン フォックスポイントキャピタルマネジメント タイガーシード
クリストファー・J・バーン ゴシェン・グローバル・エクイティ タイガーシード
グレン・ミリオッツィ / ダン・スペラッツァ グリーンイーグルクレジットファンドLP タイガーシード
ジョナサン・アウアーバッハ ハウンド パートナーズ LLC タイガーシード
RJ マクレアリー ケルサLP タイガーシード
イアン・マレー レーンクサ・グローバル・マネジメント タイガーシード
ジェームズ・デビッドソン ロングオールグローバルパートナーズLP タイガーシード
デイン・C・アンドレエフ メープルリーフ・ディスカバリーILP
メープルリーフ・パートナーズLP
タイガーシード
パスコ・アルファロ / リチャード・トゥムレ 三浦グローバルマネジメント タイガーシード
マイケル・ビービー モハベファンドLP タイガーシード
デヴィッド・ロックウェル / オースティン・ルート ノースオークアブソリュート・リターンファンドLP タイガーシード
マッカンドリュー・ルディシル ペラディック・ホールディングスLP
ペラディック・インスティテューショナルLP
タイガーシード
エレス・カリル / クレイグ・ペリー セイバートゥース・オンシェアファンドLP タイガーシード
ピーター・パルメド サン バレー ゴールド LLC タイガーシード
マイケル・モリアーティ ティーウィト・ファンドI タイガーシード
ビル・ファン タイガーアジア タイガーシード
パット・マコーマック タイガー・コンシューマー・マネジメント タイガーシード
エレナ・ピリッチャク タイガーヨーロッパ タイガーシード
ベン・ガンビール タイガーアイパートナーズLP タイガーシード
チェイス・コールマン タイガー・グローバル・マネジメント タイガーシード
エミール・ヘンリー・ジュニア タイガーインフラパートナー タイガーシード
ネハル チョプラ タイガーラタンキャピタルLP タイガーシード
トム・ファッチョラ タイガーシャーク パートナーズ LLC タイガーシード
マニッシュチョプラ タイガー・ヴェダ・マネジメント タイガーシード
クインシー・フェネブレスク ベンエスプリー・キャピタル・マネジメント タイガーシード
ジョン・A・イルヴィサーカー ヴォルエーカー タイガーシード
ビル・アラスコグ WRAインベストメンツ タイガーシード

 

出所:ファンドビル、2010年3月現在、重複するファンドマネージャーは1行にまとめた
http://fundville.com/blog/2010/03/the-ultimate-guide-to-tiger-cubs-and-tiger-seeds/

 

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。