メルビン・キャピタルのゲイブ・プロトキン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【6】―

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◆ゲームストップ対決


 ガブリエル・プロトキン率いるヘッジファンドのメルビン・キャピタルが、世界最大のコンピュータゲーム小売店である米ゲームストップのショート・ポジション(空売り)を持つようになったのは、ここ2~3年の話でなく2014年以降であると言われています。

 消費者がゲームを楽しむ際、ゲーム機本体のほかにカセットやCDを購入するといった従来の方法より、スマホからネットにアクセスするといった方法が一般的になってくると、ゲームストップのようなゲーム小売店の需要が落ち込むことは容易に想像できます。ましてクレジットカードなどの利用データを解析して投資判断を行ってきたプロトキンにとって、そうした現象は手元の数字で確認できたことでしょう。

 BBS(電子掲示板)であるレディットの小コミュニティ「ウォールストリートベッツ(r/wallstreetbets)」などで、ゲームストップに対するメルビンのショートを問題視する見方が広がったのは2020年10月後半の頃だったと言われています。

 そこではメルビンに対抗すべく、ゲームストップの共闘買いをあおる書き込みや動画に加えて、メルビンを破綻に追い込もうとの呼びかけもありました。また、ユダヤ人であるプロトキン個人に対する人種差別的な書き込み、個人と家族に対する恫喝や恐喝なども増えていったようです。

 もちろん、ゲームストップのショートを仕掛けていたのはメルビンだけではありません。アンドリュー・レフト率いる同業のシトロン・キャピタルのほか、今回の件で閉鎖に追い込まれたロンドンを拠点とするヘッジファンド、ホワイト・スクエア・キャピタルなどもショートを仕掛けていました。


乱高下する米ゲームストップの株価(ドル)
出所:各種報道

 彼らもメルビン同様に恫喝や恐喝を受けるなど、「相手が倒れるならば手段を選ばない」といった風潮がロビン・フッダーの間に醸成されていったようです。こうした風潮がピークを迎える少し前の2021年1月6日、当時のドナルド・トランプ大統領の支持者たちが米連邦議会議事堂に大挙して押し寄せ、「トランプを支持する」などと唱えながら武器を手に議事堂内に侵入するといった事件が起きました。これらは当時の分断された米国の状況を如実に物語っていると言えるでしょう。
 

◆メルビンのショート・ポジション


 また、メルビン・キャピタルがショートを仕掛けていた銘柄はゲームストップだけではありません。フォーム13Fによると、2020年10-12月期には12銘柄以上のプットオプション買いといったショート・ポジションを構築していました。

 このフォーム13Fとは、米SEC(証券取引委員会)によって開示が義務付けられている資料の1つです。1億ドル以上の運用資産を有し、米国で投資活動を行うとSECに登録している機関投資家は、これに基づいて運用するポートフォリオを四半期ごとに届け出なければなりません。

 メルビンが2020年10-12月期に保有していた最も大きいショート・ポジションは、中国オンライン教育プラットフォームの跟誰学(GSXテクエデュ、現ガオツ・テクエデュ)でした。この銘柄は第1回で取り上げたビル・フアン率いるアルケゴス・キャピタルが、巨額損失問題を引き起こす直前に大量保有していた銘柄の1つです。ということは、アルケゴスの買いとメルビンの売りといったヘッジファンド同士の対決が、この銘柄を通じて展開されていたと言えるでしょう。

乱高下する米GSXテクエデュの株価(ドル)
出所:各種報道

アルケゴス・キャピタルのビル・フアン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【1】―
https://fu.minkabu.jp/column/926

アルケゴス・キャピタルのビル・フアン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【1】―
https://fu.minkabu.jp/column/932

 空売りファンドのマディ・ウォーターズ・キャピタルを率いるカーソン・ブロックは、ゲームストップの急騰は、これと似たような現象ではないかとみています。つまり、株価急騰の主因は「ウォールストリートベッツ(r/wallstreetbets)」の書き込みに乗じたロビン・フッダーの買いではなく、空売りを仕掛けるヘッジファンドを標的に、別のヘッジファンドがショート・スクィーズ(玉締め)を仕掛けたのではないか、という見方です。

 結果は周知の通り、ゲームストップは急騰。ショート・ポジションを持っていたメルビンは踏み上げを余儀なくされます。加えて、メルビンがショートしていた他の銘柄に対しても買い仕掛けがあったらしく、2021年1月のパフォーマンスは▲53%に落ち込んだとされています。つまり、運用資産の半分強を吹き飛ばしてしまったわけです。


 

◆再びファイティング・ポーズ


 大きなダメージを被ったことでメルビン破綻の噂も流れましたが、プロトキンは古巣に声を掛け、ケネス・グリフィン率いるヘッジファンド、シタデル・インベストメントから20億ドル、SACキャピタル・アドバイザーズを率いたスティーブン・A・コーエンのファミリー・オフィスであるポイント72アセット・マネジメントから7.5億ドル、都合27.5億ドルの資本を調達して難を逃れました。

 この後にプロトキンはメルビンのポジションを整え直すべく、データ解析チームにSNS(交流サイト)やBBS(電子掲示板)といったソーシャルメディアを精査して、個人投資家の買いが集まっている株式を探すよう命じました。ということは、再び空売りを仕掛けているのではないでしょうか。

 しかし、フォーム13Fの開示義務を避け、誰にでも分かる市場を通じたショート・ポジションの構築は止めたようです。となると、アルケゴスが利用した報告義務のないトータル・リターン・スワップや相対取引などによるポジションの構築が考えられます。

 メルビンの2021年2月のパフォーマンスは+22%まで回復しました。今回の件で分かりやすい空売りは難しくなりましたが、プロトキンのデータ解析によるロング・ショート戦略が全く役に立たなくなってしまったわけではありません。今後の同ファンドの活躍に期待したいところです。

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。