サード・ポイントのダニエル・ローブ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【15】―

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◆投資スタイル


 サード・ポイントの投資スタイルは前編の冒頭でも軽く触れましたが、ダニエル・ローブのキャリアに沿って、ディストレスト債(経営破綻先や不良債権先などが発行する債券)やハイイールド債(格付けがBB+以下の投資不適格債券)などへの投資のほか、リスク・アービトラージ(上場企業間のM&Aに伴う裁定取引)も手掛けています。

 しかし、大学時代の投資の失敗に懲りて、また第10回で取り上げたオークツリー・キャピタルのハワード・マークスの言葉に従い、レバレッジは極端に抑えているとのこと。レバレッジに関するマークスの考え方は、以下をご参照ください。

▼オークツリー・キャピタルのハワード・マークス(後編)―デリバティブを奏でる男たち【10】―

https://fu.minkabu.jp/column/1117

 サード・ポイントでは、買いポジションのウェートは全体の110~120%を少し超えるくらい、売りのウェートはそれよりも2~4割ほど少なくしていると言います。ただ、売りに関しては、大部分のヘッジファンドが行っている「買いのヘッジ」というより、「流行・不正・失敗」をキーワードに積極的なポジションを取ることでリターンを狙うもので、サード・ポイントがどのような相場環境でも利益を生み出すための重要な手段になっています。

 また、サード・ポイントがアクティビスト(物言う株主)・ファンドと言われているのは、ローブが投資対象企業に対して、洞察に富んだ、あるいは辛辣な内容の手紙を送りつけ、場合によってはその内容を公表するためであることは前回も触れた通りです。
 

◆アクティビストの真骨頂


 サード・ポイントは2020年に米半導体大手インテル<INTC>の主要株主となり、設計から製造まで統合的に手掛ける事業モデルの分離や、過去の買収で失敗した案件について売却の検討など、戦略の見直しをすべきであると提言しています。

 もちろん、経営に対する批判も忘れません。現状維持で士気を失った多くの有能な半導体設計者が離職したことなどから、台湾積体電路製造(TSMC)ADR<TSM>や韓国のサムスン電子にマイクロプロセッサーにおける生産の優位性を奪われ、米アドバンスト・マイクロ・デバイシズ<AMD>にパソコンやデータセンター向けといった主力事業のシェアを取られ、米エヌビディア<NVDA>が支配的な地位にある人工知能(AI)分野では同社の影もない、などと非常に手厳しい批判を加えています。

サード・ポイント、直近のターゲット

 また、2021年には英蘭系石油会社ロイヤル・ダッチ・シェルA ADR<RDS.A>の株主となり、業績と企業価値の向上に向けて会社分割を要求しました。最近のカーボン・ニュートラル(脱炭素)化の流れからシェルに限らず、多くのエネルギー企業が再生可能エネルギー事業の拡大と化石燃料事業の縮小を迫られています。

 シェルのエネルギー事業も多くの相反する利害関係者から、様々な方向性を追求するよう求められているため、液化天然ガス(LNG、Liquefied Natural Gas)、再生可能エネルギー、トレーディング事業から同事業を切り離すことを考えるべきだ、とローブは顧客向けの書簡で主張を展開。そうすればコスト削減や脱炭素化にもっと積極的に取り組むことができる、としています。もちろん、シェルの株価が数十年にわたって低迷していることは株主にとって辛い局面だった、などと苦言を呈することも忘れませんでした。
 

◆株主の代弁者


 このようにサード・ポイントが指摘する内容は、経営の失敗による業績悪化を詳細に分析して具体的な改善策を提示すること。具体的にはマネジメントに対する能力や姿勢がふさわしくない経営トップの解任や交代であったり、主力事業とは関わりの薄い低収益事業や赤字事業の売却・スピンオフ(社外へ分離独立)などです。

 こうした事業が創業時からのものであったり、現社長や創業者などといった企業の重鎮が肝入りで始めたものであった場合、なかなか手が付けられるものではありません。まして経営トップの首のすげ替えとなれば、手を付けた瞬間に社内での地位が危うくなりかねない極めて触りにくい問題です。

 しかし、そのために業績や株価が低迷しているのであれば、株主にとっては早急に改善すべき問題であることも確かです。ここにサード・ポイントは株主となって直球勝負を挑んでいきます。もちろん、ローブの改善策通りになるとは限りませんが、これがきっかけとなって企業側や他の株主などから何らかの反応が起こり、それに株価が反応していくことになります。
 

◆因果応報


 もっとも、企業に対するアクティビストの攻撃では、サード・ポイント自身もターゲットになっています。2007年7月にサード・ポイントはロンドン証券取引所でサード・ポイント・インベスターズを上場させました。このファンドは、主に欧米、中東、アフリカの株式や債券、および未公開企業株を投資対象とします。上場によって一般の投資家もサード・ポイントの戦略に投資する機会を享受できるようになりました。

 しかし、上場することで英国のアクティビスト・ファンド、アセット・バリュー・インベスターズ(AVI)に、発行済み口数の10%以上を買い占められてしまいます。AVIは2018年にTBSホールディングス <9401>に対して、東京エレクトロン <8035>株など過大に抱える政策保有株を株主に還元するように求めたほか、2020年には帝国繊維 <3302>に対して大幅増配の株主提案を行うなど、日本でも積極的に活動しています。

 2021年5月のAVIの主張によれば、サード・ポイント・インベスターズの株価は設立以来、純資産額(NAV、Net Asset Value)を下回る水準で取引されており、パフォーマンスに重大な懸念があるとのこと。事前にサード・ポイント・インベスターズは自社株買いなど、この問題を解決する計画を発表していましたが、それだけでは十分な対応ではないとAVI側は指摘しています。サード・ポイントとしては、投資家の流出を招くとして、基本的にこれらアクティビストの提案を拒否しており、今後の対決の行方が注目されます。(敬称略)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。