◆「攻め」の投資は「上の上」か「下の下」
前編で示した通り、ハワード・マークスはシカゴ学派の影響を大きく受け、独特の投資哲学を持っています。主に活躍している分野が、転換社債やハイイールド債、ディストレスト債(経営破綻先や不良債権先などが発行する債券)などであるからなのか、基本的なその投資スタイルは「逆張り」です。
また、取り扱う金融商品の多くが債券ということで、「収益はある程度限定されるが、一度リスクが高まると損失は相当に大きくなる可能性がある」という債券の特性に適応しているためなのか、「攻め」の投資ではなく、「守り」の投資に軸足を置いています。
ここでいう「攻め」の投資とは、例えば予測した将来に基づき、デリバティブなどを利用してレバレッジを効かせて行う集中投資などを指します。こうした投資は確かに派手であり、上手くいくと「上の上」といった華々しい成果をもたらします。しかし、上手くいかないと、大抵は「下の下」といった悲惨な結果を招いてしまいます。
投資の結果が「上の上」、あるいは「下の下」となるのかは、予測した将来が正しかったのか、間違っていたのかに大きく左右されるわけですが、ハワード・マークスは、将来を予測できないことは誰もが知っているのだから、それに賭けることはしない、との考え方のようです。
この将来の予測には、過去の値動きを参考にするテクニカル分析の見通しだけでなく、マクロ経済見通しも含まれます。なぜならば、マクロ経済見通しも、テクニカル分析と同様に、ごく間近な過去を未来に投影して予測することが多いからです。
だからといって、ハワード・マークスは「ランダム・ウォーク理論(市場の値動きは予測不可能で、決まった法則性はないとする考え方」の信奉者ではなく、信用サイクルを中心に経済にはサイクルが存在するとみています。そのサイクル変動のタイミングや振れ幅は予測できないものの、少なくとも今がサイクルのどこに位置しているかは概ね見当がつく、と考えているようです。
◆「上の上」も「下の下」もない「守り」の投資を目指す
一方、ここでいう「守り」の投資とは、ロング・ショートやデリバティブなどでリスクをコントロールしながら、マーケットが良い状態のときにはベンチマーク(指標となる各金融商品の指数)並み、もしくはベンチマークよりも少し劣るような投資収益でも構わないとし、マーケットが悪い状態のときには、そこそこの投資収益を叩き出すようなディフェンシブな投資を指します。こうした投資は確かに地味で、「上の上」といった結果はありませんが、「下の下」も避けられます。
ここでポイントとなるのは、先物やオプションといったデリバティブの使い方でしょう。レバレッジを効かせるといった「攻め」の投資のためでなく、相場全体の上下に影響を受けないようにリスクをコントロールするといった「守り」の投資のために使います。そうしたデリバティブの使い方は、第2回で取り上げたタイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソンと共通しているのではないでしょうか。
▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【2】―
https://fu.minkabu.jp/column/945
また、相場全体の上下に影響を受けないようにリスク・コントロールするといったスタイルは、前回に取り上げたブリッジウォーターのレイ・ダリオのように、先物やオプションなどを使って空売りすることでベータ(ベータは市場全体の値動きであるベンチマークのリターン)を消し去り、ファンドマネージャーの力量そのものを示すアルファ(ベンチマークを上回るリターン)を抽出しようとする姿勢に似ていると言えるでしょう。
▼ブリッジウォーターのレイ・ダリオ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【9】―
https://fu.minkabu.jp/column/1096
◆リスクは回避するものでなく、コントロールするもの
リスクに関してもハワード・マークスは独特の考え方を持っています。一般的にリスクと言えば、ボラティリティ(予想変動率)のことを指しますが、彼は「リスクとは資金を失う可能性のこと」と言い切ります。確かにリスクをボラティリティとすることで数値化することはできますが、投資家には市場が乱高下する可能性よりも損する可能性が心配だ、という方が説得力はあります。
また、彼はリスクとリターンの関係においても一家言あるようです。一般的に高いリターンを求めればリスクは大きくなり、リスクを低くすればリターンも低くなる、と考えられています。この関係をグラフ化した一般的な資本市場線では縦軸にリターン、横軸にリスクを取り、横軸のリスクが大きくなると、縦軸のリターンも右肩上がりに上昇していきますが、これは非常に誤解を招きやすいとしています。
なぜならば、現実的に考えると、大きくリスクを取れば必ず高いリターンが得られるわけでなく、マイナスのリターンになることもある点をイメージさせないからです。そこで、彼はリスクの大きさに伴って変動するリターンの分布を視覚化する(確率分布線を加える)ことを提唱しています。
しかも、彼のリスクの考え方はこれに留まりません。リスクとは人によって異なるために数値化できるものでなく、ある投資家にとってのリスクは別の投資家にとってはチャンスであることから、さまざまなリスクに注目しておく必要がある、と指摘します。それ故、リスクは回避するものでなく、認識し、理解してコントロールするものであると考えているのです。
彼は投資家に「二次的思考」をせよ、と説きます。まず、「一次的思考」とは、例えば景気がピークアウトする一方、インフレ率が高まってきたから持ち株を手放そうとする考え方です。これに対して「二次的思考」とは、景気の見通しは悪いが、他の投資家がパニック売りをしているから今が買い時だとする考え方です。
平均的な投資家を上回る収益を得たいのならば、市場を取り巻く状況に反応するのでなく、コンセンサス(一致した意見)の裏を欠く「二次的思考」を巡らせ、リスクをコントロールしながら本質的価値より安く買うことが大事と諭します。そのために「待つのも相場」であり、また「安く買えた」からといって「間もなく反転する」わけではないことを忘れてはいけない、と戒めています。
◆100歳くらいになるまで働くのか
2019年3月、ハワード・マークスが共同創業者にして共同会長であるオークツリー・キャピタル・グループ<OAK>は、カナダのブルックフィールド・アセット・マネジメント<BAM>に買収されました。不動産、再生エネルギー、インフラストラクチャー、プライベート・エクイティなどに強みを持つブルックフィールドは、この買収を通じて世界最大のオルタナティブ投資会社となり、運用資産は2021年6月末現在で6260億ドルを誇ります。
同社のブルース・フラット最高経営責任者(CEO)は、ハワード・マークスに資産運用に関する投資家宛てレターなど今の仕事をあと25年くらいは続けてほしい、と話しています。買収当時のハワード・マークスは73歳でしたから、100歳くらいになるまで働いてほしい、ということなのでしょう。これに対してハワード・マークスがどのように答えたかは分かりませんが、いまも彼の投資家宛てレターは発行され続けています。(敬称略)