バイキング・グローバルのハルボーセン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【30】―

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◆現在の陣容、6人の主要メンバー

 オーレ・アンドレアス・ハルボーセン率いるバイキング・グローバル・インベスターズは、共同創業者の解雇や最高投資責任者(CIO)の独立など、主要幹部が会社を去る事態を経て、現在は運営委員会を構成する次の6人が主要メンバーとなっています。まず筆頭は共同創業者のハルボーセン、次いで法務担当役員(ジェネラル・カウンシル)のアンドリュー・マイケル・ゲンザー、そしてCIOは現在も寧仁(ニン・ジン)が担当しています。彼は2007年にバイキングへ移籍する前は、米大手投資会社ブラックストーン<BX>で未公開株のアナリストを担当していました。

 一方、バイキングで現在、未公開株投資の責任者をしているのがブライアン・カウフマンです。彼は2010年にバイキングへ移籍する前、未公開株投資の老舗であるTAアソシエイツで、ヘルスケア及びサービスセクターの未公開株投資を担当していました。また、共同創業者であるデビッド・クリストファー・オットは、CIOを辞任した後も同社に残り、人材育成やメンタルヘルスのほか、投資パフォーマンス測定やリスク分析を統括しています。

 最後の一人は、最高執行責任者(COO)のローズ・シャロン・シャベットです。彼女は全社的な全ての業務上の問題を担当しています。2008年にバイキングへ移籍する以前は米名門投資銀行ゴールドマン・サックス・グループ<GS>で株式アナリスト、投資銀行業務、顧客サービス部門責任者を務め、その後に破綻した投資銀行リーマン・ブラザーズでマネージング・ディレクターとしてIRやマーケティングなどを担当する共同グローバル責任者を務めていました。
 

◆未上場企業投資

 前編においてバイキングを「タイガーと同様に株式のロング・ショートを主要戦略とするヘッジファンド」と紹介しましたが、2021年末現在の運用資産470億ドル以上のうち「上場企業投資が約3分の2、未上場企業投資が約3分の1」である点にも触れました。つまり、バイキングは第20回で取り上げたチェイス・コールマン率いるタイガー・グローバルや第29回で取り上げたリー・エインズリー率いるマーベリック・キャピタルなど、他のタイガー・カブと同様に以前から未上場企業への投資も行ってきました。

 投資先として報じられているのは、米マイクロソフト<MSFT>の創業者ビル・ゲイツや香港上場の長江実業集団(チョンコン・アセット・ホールディングス)の創業者、李嘉誠(リー・カシン)が率いるホライゾンズ・ベンチャーズなども投資する植物ベースのハンバーガー会社インポッシブル・フーズ、またサブスクリプションのメイクアップ・デリバリーサービスであるバーチボックスのほか、2019年に上場したライドシェアリングのパイオニア、ウーバー・テクノロジーズ<UBER>にも2015年から投資していました。加えて、2015年にはタイガー・グローバルとともに、クレジットカードの利用履歴などからクレジット・スコア(利用者個人の信用評価格付け)を提供するクレジット・カルマにも出資。同社は2020年に同業他社であるインテュイット<INTU>に買収されました。

ウーバー・テクノロジーズ(ドル)

※日足

 ただ、バイオ企業のギンコ・バイオワークス・ホールディングス<DNA>への投資には問題が生じているようです。日本語で「イチョウ」や「銀杏」という意味のギンコを社名とする同社は2008年に創業され、工業や医療、消費財に利用する有機物を作り出す微生物の設計を手掛けています。新型コロナウイルスのワクチンの製造過程でモデルナ<MRNA>と提携するほどの実力を持つユニコーン企業(評価額が10億ドルを超える、設立10年以内の未上場のベンチャー企業)でした。

 2019年には同社で、肉代替品や植物ベース飲料の味と栄養を高めるタンパク質の製造部門をモチーフ・フードワークスとして独立させ、ここにもバイキングは出資しています。そして、2021年にギンコはSPAC(特別買収目的会社)のソアリング・イーグル・アクイジションと合併してナスダックへの上場を果たしました。

◆水を差すショートセラー(空売り投資家)

 ここまでは順調だったのですが、空売りアクティビスト・ファンドのスコーピオン・キャピタルが水を差します。ギンコは主要な収益源の大部分を関係者に大きく依存しているとの調査報告書を公表。簡単に言えば、米株式市場に上場する中国企業のからくり(裏口上場)を暴いたドキュメンタリー映画『ザ・チャイナ・ハッスル(邦題はチャイナ・ブーム一攫千金の夢)』の米国版だと非難し、過去20年で最悪の詐欺会社として空売りを仕掛けました。この手法は第19回で取り上げたカーソン・ブロックが率いるマディ・ウォーターズの手口によく似ていると言えます。

▼マディ・ウォーターズのカーソン・ブロック(前編)―デリバティブを奏でる男たち【19】
https://fu.minkabu.jp/column/1284


▼マディ・ウォーターズのカーソン・ブロック(後編)―デリバティブを奏でる男たち【19】
https://fu.minkabu.jp/column/1285


 スコーピオンによる報告書の影響で株価は一時下落しますが、その後は再び上場来高値を更新しました。しかし、11月以降はギンコの株価低迷が続いています。この要因は同報告書が「後からジワリと効いてきた」というより、テーパリング(量的緩和策の縮小)開始および加速、あるいは利上げ示唆といった米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締め姿勢が響いたのではないでしょうか。

 米国の金融政策の転換により米金利は上昇し、成長株を中心にバリュエーションの高い銘柄が売り込まれました。タイガー・カブは2021年に大化けした成長株を大量に保有しており、それらが21年の10-12月期前後から急落に見舞われたことで多額の損失を計上したことは前編の冒頭で紹介した通りです。恐らく、多くのSPAC銘柄も例外ではなかったと見られます。今回ここで取り上げたバイキングを含め、彼らはこの窮地を如何にして乗り切るのでしょうか。米金融引き締めは始まったばかりとみられますが、今後の生き残りを賭けて彼らの手腕が試されようとしています。(敬称略)

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。