マディ・ウォーターズのカーソン・ブロック(前編)―デリバティブを奏でる男たち【19】―

ブックマーク

◆会計疑惑レポートで一躍「時の人」に


 今回は、前回の「シトロン・リサーチのアンドリュー・レフト」に続き、同じく空売り投資家(ショートセラー)で名を馳せるマディ・ウォーターズのカーソン・ブロックを取り上げます。彼を国際的に有名にしたのは、マディ・ウォーターズ2011年6月に公表した木材事業会社、嘉漢林業国際(シノ・フォレスト)の不正会計疑惑に関するレポートでした。このレポートは、カナダ・トロント市場に上場しているシノフォレストの事業構造が不透明であり、資産の水増しを行っているという内容を証拠づける文書が付されたものです。

 同レポートによりシノ・フォレストの株価は暴落。会社側は当初「嘉漢に対する主張は不正確で根拠がないことを投資家に約束できる」と内容を否定していましたが、7月に米格付け会社のムーディーズ・インベスターズ・サービスが同社をBa2からB1に格下げしました。この格下げは、疑惑を受けてシノ・フォレスト側が立ち上げた独立委員会の調査が経営にマイナスの影響を及ぼしている点を反映したものでした。

 また、フィッチ・レーティングスに至っては格付けを取り下げる事態になりました。8月にはカナダのオンタリオ証券委員会がシノ・フォレストの全ての有価証券の取引停止を決定し、創業者の陳徳源(アレン・チャン)会長兼CEO(最高経営責任者)が辞任します。そして、翌年4月に経営破綻へ追い込まれ、5月には上場廃止となりました。

 2008年の金融危機時にサブプライムローン(米国の信用力の低い個人向け住宅融資)の空売りで名を上げたヘッジファンド、ポールソン・アンド・カンパニーを率いるジョン・ポールソンは、シノ・フォレストを3470万株も保有していましたが、この件で7.2億ドルの損失を出したとも言われています。個別企業の調査を徹底する「ボトムアップ」で知られたポールソンでさえ見抜けなかった問題を指摘したブロックは一躍、「時の人」となりました。
 

◆ブロックの生い立ち


 1977年に生まれたカーソン・ブロックは、米ニュージャージー州で育ちました。子供のころに親がアルコール依存症となったため、救急車を時々呼ばねばならず、それが原因で学校では偏見や差別、いじめの対象になっていたようです。しかし、そんな環境に置かれたブロックに対して学校関係者は何ら助けの手を差し伸べなかったといい、偽善や偽善者に対する憎しみが彼の中で醸成されていったそうです。

 また、15歳の時に日本の富山で1カ月間ホームステイをした経験からアジアに興味を持ち始め、ブロックは後に中国で仕事をするような柔軟性が持てた、といいます。高校卒業後に南カリフォルニア大学でビジネスを学んだとのことですから、第13回で取り上げたアーク・インベストメントのキャシー・ウッドの後輩ということになるでしょうか。また、彼は大学で中国語も学んでいます。

▼アーク・インベストメントのキャシー・ウッド(前編)―デリバティブを奏でる男たち【13】

https://fu.minkabu.jp/column/1160

 大学を卒業後は証券アナリストをしていた父親の仕事を手伝っていました。しかし、父親がサポートしていた企業が会計詐欺を起こしたことを契機に、ブロックはイリノイ工科大学のロースクールであるシカゴケント法科大学院で法律を学ぶことにします。2005年に卒業した後は法律事務所ジョーンズデイに就職し、上海事務所で勤務しましたが、1年程度で退職。その後にセルフストレージ(個人倉庫)会社を始めますが、それも上手くいきませんでした。
 

◆始まりは父の依頼


 転機は2010年に訪れます。父親からの依頼で米国上場の中国株、東方紙業(オリエント・ペーパー)の工場を現地調査しました。その結果、この会社は紙くず同然の在庫、古い機械や設備を抱えて財務や収益を過大に評価している可能性があり、投資に値しないという結論に達します。息子の報告を聞いた父親は同社に触れないことにしました。

しかし、ここに勝機を見出した息子のカーソン・ブロックは、同社のプットオプションを買います。そして、2008年の収益を27倍に誇張、2009年の収益を40倍に誇張、資産を少なくとも10倍に過大評価しているなど、その実態をレポートにまとめて、6月に投資業界の25人の友人と約50人の人々に電子メールで送信しました。その結果、同社の株価は半値になってしまいます。

 自信を持ったブロックはマディ・ウォーターズ・リサーチを設立し、こうした中国企業をターゲットにした報告レポートを次々と公表します。そのうちの1社が冒頭で取り上げたシノ・フォレストでした。当時は中国企業による裏口上場が横行しており、2006~2012年までに米国で上場した400社以上の中国企業のうち、約8割が裏口上場だったと言われています。ところが、その実態はよく知られておらず、ここにブロックは目を付けました。
 

◆渾水摸魚


ちなみに社名のマディ・ウォーターズ(泥水)は中国語で渾水とも書きますが、この言葉を採用した背景には、中国南北朝時代の兵法書、『兵法三十六計』の第二十計である「渾水摸魚(こんすいぼぎょ)」が基になっていると考えられます。渾水摸魚は文字通り水をかき混ぜて魚を捕まえるという意味ですが、敵の内部を混乱させて自軍の利を計る戦術を指します。

 マディ・ウォーターズは本社機能が限定的で、各地に散らばっている調査員が問題のある企業を徹底的に調査するスタイルを取っています。特に過去の不正会計問題で名前が挙がったような人物が株主や経営陣の中に潜り込んでいる会社などをターゲットにしているとか。彼らは水面下でつながっているケースが多いそうです。また、経営者による法令順守の意識に欠けた過去の発言などを糸口に調査を開始することもあるといいます。

 こうした調査から企業本来の価値を見極め、それに基づいてポジションを持った後にレポートを公表するのです。となると、インサイダー取引に該当する可能性も考えられるほか、会社側から訴訟を起こされるリスクもありますが、法律事務所に勤務した経験のあるブロックからすれば、その可能性を回避し、訴訟に対抗することは難しいことではないようです。しかし、そんなブロックも真剣に引退を考え、教師にでもなろうかと悩んだ時期もあったと言います。いったい何が彼を追い込んだのでしょうか。(敬称略、後編につづく

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。