グリーンライト・キャピタルのデビッド・アインホーン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【36】―

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◆グリーンライトの運用スタイル


 ツイッター<TWTR>の株式取得を公表したことで近ごろ物議を醸しているグリーンライト・キャピタルは、「空売りの名手」の異名を持つデビッド・アインホーンによって1996年に創設されました。しかし、同社の運用スタイルは意外にも、第34回に取り上げたセス・クラーマン率いるバウポスト・グループと同様、バリュー株投資を基本としています。

▼バウポストのセス・クラーマン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【34】
https://fu.minkabu.jp/column/1565

 アインホーンは特にバークシャー・ハサウェイ<BRK.A>を率いるウォーレン・バフェットを信奉しており、2003年にバフェットとの昼食会の権利を25万100ドルで落札したほどです。この昼食会の権利は毎年6月に米大手ネットオークションであるイーベイ<EBAY>が開催するチャリティー・オークションで売りに出され、収益金はサンフランシスコを拠点にホームレスを支援しているグライド財団に寄付されます。ちなみに、最終回となる2022年の昼食会は、前回(2019年、2020年と2021年は新型コロナウイルスの感染拡大で中止)の4倍以上となる1900万100ドルで落札されました。

 しかし、アインホーンはバリュー投資の名手であるバフェットを信奉する一方で、「空売りの名手」として名をあげてきました。彼は米プライベート・エクイティ(PE)投融資企業だったアライド・キャピタル・コーポレーションへの空売りや、米大手投資銀行だったリーマン・ブラザーズの空売りで「空売りの名手」の名を不動のものにしており、ポジションを持った後に著名な投資会議で、空売りアイデアとして自らの空売りポジションを披露するなど、積極的な活動を展開してきました。特にアライドに至っては同社を相手取って訴訟まで起こしています。

 となると、グリーンライトの運用スタイルは、バリュー株投資を基本とするロング・ショート・アクティビスト(物言う投資家)なのでしょうか。

 もっとも、グリーンライトは、関連会社であるグリーンライト・マスターズとグリーンライト・プライベート・エクイティ・パートナーズを通じてファンド・オブ・ファンドとプライベート・エクイティ・ファンドを運営しています。また、損害保険の再保険会社であるグリーンライト・キャピタル・リーも運営しており、それらを含めるとグリーンライトの運用スタイルは、マルチ・ストラテジーと言えるでしょう。

 ちなみに、リーマンに対して、アインホーンが自信をもって空売りを行えた背景のひとつに、サブプライム・モーゲージ(信用度の低い借り手への住宅融資)を手掛けるニュー・センチュリー・フィナンシャルの経営破綻が挙げられるのではないでしょうか。同社はサブプライム・モーゲージ市場の悪化で、複数の金融機関から債権の買い戻しを要求されて資金繰りが悪化。2007年4月に上場廃止となり、4月には連邦破産法11条(チャプター11)を申請しました。

 実は破綻の前年にグリーンライトは同社の2番目の大株主になり、同社役員の解任を求める委任状争奪戦(プロキシー・ファイト)を仕掛けますが、それを取り下げて2006年3月にアインホーンが同社の取締役に就きます。彼は同社が破綻する前月に取締役を退任しますが、恐らくは相当な損失につながった投資だったと考えられます。しかし、ここでサブプライム・モーゲージの現状を目の当たりにしたことが、リーマン空売りの背中を推したと想像されます。
 

◆アクティビスト活動


 空売りを仕掛けては投資会議で公表するというアクティビスト活動は、リーマン以降も続きました。2009年には大手格付け機関のムーディーズ<MCO>、2010年にはフロリダ州の不動産会社セントジョー<JOE>、2011年にはグリーンマウンテン・コーヒーロースターズ(2016年にドイツの消費財コングロマリットのJABホールディングカンパニーが買収。2018年にドクター・ペッパー・スナップル・グループを買収し、キューリグ・ドクターペッパー<KDP>として再上場)、そして2012年にはチポトレ・メキシカン・グリル<CMG>などを取り上げました。

 しかし、こうしたアクティビスト活動は空売り銘柄だけでなく、買い銘柄でも展開します。2011年にはマイクロソフト<MSFT>の株式を0.1%取得。経営不振で株主から不評を買っていたスティーブ・バルマー最高経営責任者(CEO、2014年2月に辞任)の解任を求めました。

       マイクロソフト 月足
マイクロソフト月足

 2012年には以前から保有していたアップル<AAPL>に対して、高配当の優先株発行を提案します。同年に3年間で450億ドルの配当と自社株買いを発表したアップルは提案を拒否し、取締役会が株主の承認なしに優先株を発行できなくするようコーポレート・ガバナンスの変更を株主総会の議案にしました。アインホーンはこれを「株主の利益を損なう」として米連邦地裁に提訴。裁判所はアインホーンに有利な判決を下し、判決を受けてアップルは議案を取り下げました。代わりにアップルは1000億ドルの株主還元策と170億ドルの社債発行を発表します。

       アップル 月足
アップル月足

 2015年にはゼネラル・モーターズ<GM>を買い推奨し、最終的には当時の運用資産のおよそ3分の1を同社株に投じました。2016年には同社に対して、配当を優先する株式と自社株買いを優先する株式に分割するよう提案し、株価上昇を狙います。2017年には同分割案と4名の取締役選任を株主総会で提案しますが、いずれも却下されました。
 

◆ダビデ王


 栄枯盛衰は世の習いですが、前編の最後で触れた通り、グリーンライトは2012年に120億ドルの運用資産を誇っていました。しかし、その辺りから凋落が始まったようです。2012年1月に英国の金融サービス機構(FSA、Financial Services Agency)は、インサイダー取引でアインホーンとグリーンライトに合計720万ポンド(1ポンド=120円として8.64億円)の罰金を科します。

 FSAによると2009年、グリーンライトが英パブ運営会社パンチ・タバーンズの株式資金調達に関する情報を事前に入手し、保有株を売却して損失を回避したとされています。アインホーンは罰金を「不当」で「法律に矛盾する」と激しく異議を唱えましたが、結局は「困難な戦いを続けるのではなく」それを支払うことにしました。

 また、アインホーンが自分のポジションを宣伝するため公の場に姿を現すことで、ライバルである他の投資家の標的になる可能性が指摘されるようになりました。加えて、2015年には運用成績がマイナス20%以上に落ち込みます。当時グリーンライトが主力銘柄として保有していた米太陽光発電最大手のサンエジソン(2016年4月にチャプター11を申請)の株価急落が一因とみられました。

 グリーンライトは投資家の解約に対して厳しい制約を設けており、当初3年間は解約できず、また解約の申し出も年1回に限っていました。こうした制約は運用成績が良ければ何ら問題にはならないのですが、成績が悪くなると途端に投資家の不満を集めます。加えて様々な問題も指摘され、アインホーンは投資家から「ダビデ王(古代イスラエルの王)」などと揶揄されるようになりました。

 2018年にはバブル・バスケットなどと称して、アマゾン・ドット・コム<AMZN>、アテナヘルスケア(2022年2月にベイン・キャピタルとヘルマン&フリードマンが買収)、ネットフリックス<NFLX>、そしてテスラなどの空売りを公表します。しかし、なかなか収益に結びつかず、投資家の関心を集めることができていないようです。このような経緯からグリーンライトの運用資産は減少していったものとみられますが、今後、米国が深刻な景気後退(リセッション)に見舞われるのであれば、「空売りの名手」が再び復活する日も近いのかもしれません。(敬称略)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。