ロコス・キャピタルのクリス・ロコス(前編)―デリバティブを奏でる男たち【40】―

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◆市場の混乱に乗じて荒稼ぎ


 今回は第28回で取り上げたグローバル・マクロ系の英国ヘッジファンド、ブレバン・ハワードの元共同創業者の一人であり、後にロコス・キャピタル・マネジメントを創業したクリス・ロコスを取り上げます。2022年6月末現在、138億ドルの資産を運用するロコス・キャピタルは、英国金融市場の混乱に乗じ、2022年9月だけで11.5%もの高いパフォーマンスを得たと報じられました。

▼ブレバン・ハワード(前編)―デリバティブを奏でる男たち【28】―
https://fu.minkabu.jp/column/1449

▼ブレバン・ハワード(後編)―デリバティブを奏でる男たち【28】―
https://fu.minkabu.jp/column/1455

 この金融市場の混乱は2022年9月から始まりました。大規模減税とエネルギー補助金を組み合わせた5年で450億ポンド(1ポンド=165円として、およそ7.4兆円)規模の経済政策を英トラス新政権が発表したことで、国債増発による財政悪化が予見され、英国債は売り込まれて金利急騰に見舞われます。経済成長率を倍増させて同政策の財源とすることにも疑念が広がり、英ポンドも急落してしまいます。これまでも英中央銀行であるイングランド銀行の金融引き締めなどによって英国債利回りは上昇していましたが、この経済政策に加えて英国年金のLDI(Liability Driven Investment、債務主導投資)に対する追加担保の差し入れ要求(追証、マージン・コール)が金利上昇に拍車を掛けました。

 将来に発生する年金給付額(年金債務)があらかじめ決まっている確定給付年金において、投資から得られるキャッシュフローを、必要な給付額の金額とタイミングに見合ったものにすること(キャッシュフロー・マッチング)が年金運用の重要なポイントとなります。どのくらいの給付額がいつ必要になるかは、年金の受給者数や未受給者数、それらの年齢構成などによっても異なりますし、必要なキャッシュフローを現在価値で割り引く際、どの割引率を採用するかなどによっても変わります。もちろん、それらは時間の経過とともに変化していきますので、定期的な見直しも必要になります。
 

◆LDIとは


 必要な給付額の金額と投資から得られる運用収益をマッチングさせる際に、債券を中心とした運用をするとコントロールしやすいのですが、これまでの債券利回りは年金債務に見合うほど高くないとか、年金債務に見合うほど満期の長い債券は少ないなどの問題がありました。そこでLDIでは金利スワップ取引などを利用して、マッチングを図ります。このスワップ取引において年金側は金利の変動リスクをヘッジするために固定金利を受け取り、変動金利を支払いますので、金利が低い状態ですと将来の受取額が多くなります。この低金利状態が長く続いていたため、英国においてLDIの運用残高は2011年から2021年の10年間で、約4倍の1.6兆ポンド(およそ264兆円)にまで膨れ上がりました。

 しかし、このスワップ取引において金利が上昇した場合、将来の支払額が多くなり、年金側は追証を求められます。今回の英国債の急落(金利急騰)ではLDIを採用している多くの年金が追証を求められ、その資金をねん出するために債券などの保有資産を売り、更に債券が急落に見舞われる事態となりました。そのためイングランド銀行は債券を買い支える羽目になります。
 
LDIが利用しているスワップ取引のイメージ

 こうした事態が起こることを懸念して、イングランド銀行は2018年にストレステストをしていますが、金利が1日で1%ポイント上昇するといった想定でも、追証に伴う売りの影響は限られるとの結論に達しました。ところが今回は、金利が想定以上に早く、大きく上昇してしまったようです。
 
 米国以上に激しいインフレに見舞われている英国において金融引き締めは急務であり、2021年12月から利上げを始め、2022年3月からはQT(量的引き締め)も行っていたイングランド銀行にとって、金利の急騰を抑えるために事実上のQE(量的緩和)をせざるを得なかったことは苦渋の選択だったでしょう。今回の件で財務相は更迭、トラス新首相も辞任に追い込まれましたが、問題の経済政策をほぼ撤回することで市場の混乱は落ち着いたようです。ただ、世界的にインフレは収まっておらず、今後も利上げが散見されるため、どこかで第二のLDIや第三のLDIが表れるといった金融不安は続くものと予想されます。
 

◆スタートレーダー


 1970年に英国で生まれたクリストファー・チャールズ・ロコス(通称クリス・ロコス)は、小学校の時から数学と化学に秀でていたと言われ、校長の勧めもあって英国の名門私立中高であるイートン・カレッジに入学しました。1989年にはオックスフォード大学のペンブローク・カレッジに入学して数学を専攻。最も高い級の優等学位(first class honours degree)を取得して卒業します。

 金融業界での最初のキャリアはUBSグループのロンドン支社からですが、1993年にはゴールドマン・サックス・グループのロンドン支社に移ります。そこでは最初にデリバティブ構築部門、次にスワップ市場のマーケットメイク部門、そして最終的にはスワップ・トレーダーとして自己売買部門に従事しました。ここで彼は1995年から1997年の3年間で1.65億ドルもの利益を稼いだと言われています。

 1997年に当時クレディ・スイス・グループで金利自己売買部門の責任者をしていたアラン・ハワードに誘われて同社に転職します。彼は1999年から2001年の3年間に3.4億ドルを稼ぎました。そして、2002年にハワードが他の取締役3人とクレディ・スイスを辞めてヘッジファンドを設立する際、彼もハワードについて行きます。彼の名前はブレバン・ハワード(Brevan Howard)の「R」として社名の一部に採用されました。ロコスは同社でもスタートレーダーとして活躍。2012年にブレバン・ハワードを辞めるまでの間、彼が稼いだ金額は40億ドルにも上るそうです。
 
 特に辞める前年の2011年には12.7億ドルも稼ぎました。しかし、これに対する報酬でハワードと対立し、同社を飛び出します。その後の数年は自己資金を運用し、ギリシャ国債投資などで稼いでいました。2014年には自分のヘッジファンドを立ち上げると決心しましたが、ブレバン・ハワードを退社して5年間は競争禁止条項に従う義務があります。そこを何とかしようとハワードに相談しますが、断られたため裁判所に訴え出ることにしました。結局は2015年に和解してロコス・キャピタルを立ち上げます。
 
 ロコスは2015年に不安定なスタートを切った後、2016年は英国のEU離脱を巡る国民投票において、離脱しないことを前提にしたポジションを取っていました。彼自身も英国のEU離脱には反対でした。しかし結果は周知の通り、英国はEU離脱を決めます。ロコスの見立ては完全に間違っていましたが、彼は投票後の数日間で2.5%の利益を上げたほか、2016年には20%ものパフォーマンスを叩き出します。一体、どのようにして難局を切り抜けたのでしょうか。(敬称略、後編につづく)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。