オデイ・アセットのクリスピン・オデイ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【41】―

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◆ドゥーム・モンガー(破滅論者)


 今回は2022年秋に起きた英国金融市場の混乱に乗じて、高いパフォーマンスを得たと報じられた英国老舗ヘッジファンド、オデイ・アセット・マネジメントのクリスピン・オデイを取り上げています。1994年に米利上げを見誤り、欧州債買いで手痛い失敗をしたオデイはリスク管理体制、財務管理体制、そして資産運用体制の強化を図りました。

 特に資産運用体制では、他社から有能なファンドマネージャーを引き抜き、新たなファンドを立ち上げて運用を任せます。なかでも英スコットランドの投資運用会社、ベイリー・ギフォードでファンドマネージャーをしていたヒュー・ヘンドリーは大変優秀だったようです。しかし、彼は2005年にオデイを退社。それまでオデイで運用していたファンドを引き継ぎ、エクレクティカ・アセット・マネジメントを設立しました。もっとも、エクレクティカは運用成績の悪化が響き、2017年に解散しています。

 ヘンドリーは基本的に逆張り投資家(コントラリアン)であり、挑発的な言葉で有名のようです。東京証券取引所が発表する投資部門別売買動向を見る限り、国内の個人投資家はコントラリアン、外国人が順張り投資家(トレンド・フォロワー)と言えそうですので、ヘンドリーは海外投資家には珍しいタイプと言えるでしょう。もっとも、このスタンスはオデイ譲りらしく、そのオデイはヘンドリー以上にコントラリアンで挑発的であると見られています。そのため、マスコミはオデイのことを業界のドゥーム・モンガー(破滅論者)と呼ぶほどです。

 この逆張りの投資スタンスは、マーケットが荒れると非常に高い運用収益を生みます。特にオデイは2008年のリーマン・ショックの際、銀行株の空売りで名を馳せました。経営破綻に追い込まれた英国の銀行ブラッドフォード&ビングリーなどを大量に空売りし、2008年は54.8%もの運用成績を叩き出しています。しかも、その空売りポジションは2005年から構築していたと言うのですから、筋金入りのコントラリアンと言えるでしょう。
 
 また、2016年の英国EU離脱を巡る国民投票において、第40回で取り上げたロコス・キャピタル・マネジメントのクリス・ロコスは、残留を前提にしたポジションを取り、投票結果を読み誤りました。しかし、何とか痛手を被らず、この年に20%ものパフォーマンスをあげたことは以前に触れた通りです。ところが、オデイはロコスとほぼ真逆のパフォーマンスとなりました。つまり、離脱することを前提としたポジションを取り、1日で約2.2億ポンド(1ポンド=137円として約301億円)も稼いだそうですが、その後の市場回復により数週間でこの稼ぎを吹き飛ばしてしまい、2016年の運用成績は49.5%もの損失を余儀なくされたと言います。
 

◆レオパレス21の突っ込み買い


 オデイのコントラリアンぶりは日本でも有名になりました。建築基準法違反の疑いなどで2018年に株価急落に見舞われた賃貸大手のレオパレス21 <8848> [東証P]。この株式を急落後に5%以上も取得したことで大量保有報告書を提出します(なお、このときに旧村上ファンド系の投資会社レノなども参戦しています)。オデイはその後も買い下がりを続け、およそ1年後には発行済み株式数の17%近くまで買い集めました。
 
 しかし、光通信 <9435> [東証P]系の資産運用会社アルデシアインベストメントが参戦する頃から、オデイの保有比率は減少し始めます。そして、2020年にレオパレス21が、ソフトバンクグループ <9984> [東証P]系の投資ファンドである米フォートレス・イベンストメント・グループから計572億円の投融資を受ける頃には、オデイの保有比率は5%未満にまで減っていました。
 
 ところが、2022年になって再び、オデイの保有比率が5%を超えたことが、提出された大量保有報告書によって確認されています。レオパレス21は2023年3月期に経常黒字に転換することを目指しており、株価は年初から回復基調をたどっています。オデイはこの点に注目したのでしょうか。今後の動向が気になります。

レオパレス21 <8848> [東証P] 週足
レオパレス21 <8848> [東証P] 週足
 

◆ワイヤーカードの空売り


 一方、オデイは2020年に不正会計が発覚して経営破綻したドイツの決済サービス大手、ワイヤーカードの空売りでも注目されました。ワイヤーカードは1999年に設立されたスタートアップ企業で、2005年にフランクフルト市場で上場。2018年にはドイツの代表的な株価指数であるDAXに採用される30銘柄のひとつになるなど、高い注目を浴びていました。

 しかし、2015年辺りから、同社のビジネスモデルに対する疑惑や会計慣行に対する批判が出始めます。オデイはその頃から空売りを始めたようです。2017~2018年にかけてワイヤーカードの株価が急騰したことでオデイは一時苦しい時期もあったようですが、その後に内部告発や不正会計疑惑が報じられるようになると株価は反落し始めました。

 このときにドイツ連邦金融監督庁(BaFin)は、ワイヤーカードの調査もそこそこに、疑惑を向ける者を刑事告発したほか、同社株の空売りを2カ月間禁じるといった措置を講じます。ところが、ワイヤーカードは2020年6月に19億ユーロの現金の所在が不明であると公表して経営破綻しました。オデイの空売りポジションはようやく報われたのですが、オデイは空売り禁止による機会損失でBaFinを訴えると公言します。
 

◆訴えられて辞任


 もっとも、オデイは、その後に訴えるどころか、ワイヤーカードの空売りとは別件で訴えられて、共同最高経営責任者(CEO)を辞任することになりました。1998年に発生した暴行事件の疑いに関する裁判が行われ、結果的に彼は無罪となり、オデイ・アセットに残って運用の仕事を続けますが、この裁判をきっかけにすっかり評判を落としてしまったようです。

 CEO を辞任するだけでなく、オデイ・アセットのファンドからは彼が運用するものを除いてオデイの名が外され、代わりにブルックという名前が付けられるようになりました。オデイの辞任により共同CEOだったティモシー・ピーリーは単独CEOとなったわけですが、そのピーリーも2022年3月に後任が決まらないまま辞任しています。

 彼らの他にも多くの経営陣やファンドマネージャーらがオデイから去って行きました。それほど大所帯ではないオデイ・アセットにとってこれは由々しき事態です。しかし、前編の冒頭で触れた通り、英国金融市場の混乱に乗じて高いパフォーマンスを得たことは同社の救いとなったらしく、過去数年分の損失を取り返したうえに、新規資金の受け入れを拒否せざるを得ないほどの運用資金が集まったようです。今後は1994年の失敗で大きく縮小してしまった苦い歴史を忘れることなく、再び同社が再構築されていくことを期待します。(敬称略)

オデイ・アセットのクリスピン・オデイ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【41】―
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。