スリー・アローズ・キャピタルの破綻(後編)―デリバティブを奏でる男たち【43】―

ブックマーク

◆テラUSDの暴落


 今回は暗号資産ヘッジファンドだったスリー・アローズ・キャピタル(通称3AC)を取り上げています。暗号資産業界で2022年のビッグ・ニュースと言えば、前編でも取り上げたバハマに本拠地を置く暗号資産の大手交換業者、FTXトレーディングの経営破綻ですが、これ以外にもステーブル・コイン、テラUSDの暴落もビッグ・ニュースの1つに挙げられるのではないでしょうか。ここに3ACが関わっていました。

テラUSD(ルナ)/日本円、日足
テラUSD(ルナ)/日本円、日足
(出所)https://cc.minkabu.jp/pair/LUNA_JPY

 ステーブル・コインとは、価格が安定するよう設計されている暗号資産のことです。その仕組みは、(1)米ドルなどの法定通貨が裏付けとなる「法定通貨担保型」、(2)ビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨が裏付けとなる「仮想通貨担保型」、そして(3)通貨の供給量をアルゴリズムなどで調整することで価値を担保する「無担保型」の3つに分かれます。ステーブル・コインは価格が安定しているという理由で、資金を一時的にプールしておくのに都合が良く、利用価値が高いと見られていました。
 
 暴落したテラUSDは(3)の「無担保型」ですが、裏付けとして、1枚を1ドルと交換するルナというガバナンス・トークンが使われていました。ガバナンス・トークンとは、暗号資産の運営に関して投票権があるブロックチェーン(分散型台帳)のことです。テラUSDの価格が1ドルを割り込むと、アルゴリズムがテラUSDを買ってルナに変換し、テラUSDの発行量を減らします。こうした供給量調整をテラUSDが1ドルの価値を回復するまで行います。
 
 一方でテラUSDの価格が1ドルを超えると、アルゴリズムがルナを買ってテラUSDに変換し、テラUSDの発行量を増やします。こうした供給量調整をテラUSDが1ドルの価値に下がるまで行います。ただ、ルナも投票権があるとはいえ、テラUSDと同様に「無担保型」であり、その供給量調整にテラUSDを使うことになっていました。このような仕組みのため、どちらかが暴落すると共倒れになる可能性があり、それが2022年5月に現実となってしまったのです。
 

◆高金利金融のDeFi


 そのような暴落を防ぐためにテラUSDには、需要を高める特殊な仕掛けがありました。それはテラUSD を発行する韓国のプラットフォーム会社、テラフォーム・ラボのDeFi(Decentralized Finance、分散型金融)というシステムにテラUSDを預けると、およそ年20%という高金利で金利収入を稼げるというものです。このような金融業務には一般的に仲介を担う金融機関(中央管理者)が存在するものですが、DeFiにはシステムがあるだけで中央管理者は存在しません。そのため、余計なコストを必要としないので、借りる側は金融機関から借りるより低金利で借りることができ、貸す側は金融機関に預けるより高金利で貸すことが可能になります。
 
 とはいえ、日本の出資法の上限(年20%)近辺の金利を付けて集めたテラUSDは、それ以上の金利で貸し付けないと、いずれシステムが破綻することは容易に想像できます。運用の詳細については明らかにされていなかったようですが、高金利が「それだけリスクが大きい」ことを意味するのは、債券市場やクレジット市場だけではありません。そして、この仕組みはポンジ・スキームではないか、と以前から疑われていました。
 
 ポンジ・スキームとは、集めた資金を運用すると偽り、以前に集めた資金の配当や返済に流用する詐欺の一種です。出資者が出資者を集める無限連鎖講(いわゆるねずみ講)と組み合わせて使われることがあるため、混同されることが多いと言われています。このスキームでは、資金が集まり続けている限りトラブルにはなりませんが、集まらなくなると次第に資金繰りが悪化し、配当や返済が滞ってトラブルになります。
 
 テラUSDが暴落した要因について詳しいことは分かっていませんが、米連邦捜査当局はFTXとその親会社であるアラメダ・リサーチがテラUSDの相場操縦に関与した可能性について捜査している、と報じられました。また、その翌週にはFTXの元CEO(最高経営責任者)サミュエル・バンクマン・フリードが、バハマ当局に逮捕されています。
 

◆とどめはビットコインの暴落


 3ACの創業者のひとり朱蘇(チョー・スー)は、テラフォーム・ラボの創業者、權渡衡(クォン・ドヒョン、通称ド・クォン)CEOと親しかったため、2022年2月時点でルナに2億ドルを投資した、と報じられています。しかし、その3カ月後にテラUSDとルナが崩壊したことで、最終的に5億ドル相当の投資がゼロになった、と述べていました。

 それでも3ACは何とか破綻せずに持ちこたえたようですが、翌月の6月に3万ドル台だったビットコインの価格がわずか10日あまりで2万ドル割れとなってしまい、追加融資を受けることができなくなったことが「とどめ」になりました。3ACの経営にビットコインの価格が影響した背景には、ビットコインに投資する投資信託、グレースケール・ビットコイン・トラストへの20億ドルもの集中投資が挙げられます。

 この投信は米国で店頭取引されており、手軽に暗号資産投資が可能ということで、機関投資家を含めた多くの投資家から人気を集め、一時は時価総額が400億ドルを超えていました。上位の保有者には3ACのほか、第13回で取り上げたハイテク株の女王、キャシー・ウッドが率いるアーク・インベストメントのETF(上場投信)も入っていました。

▼アーク・インベストメントのキャシー・ウッド(前編)―デリバティブを奏でる男たち【13】
https://fu.minkabu.jp/column/1160

▼アーク・インベストメントのキャシー・ウッド(後編)―デリバティブを奏でる男たち【13】
https://fu.minkabu.jp/column/1168

 他に競合が少なかったことなどから、こうした人気はプレミアムとなり、グレースケールは投資先のビットコイン以上に評価されていました。ところが、2021年2月にビットコインに投資できるETF、パーパス・ビットコインETFがカナダに上場し、グレースケールのプレミアムはなくなります。そして、米国でも2021年10月にビットコイン先物ETFであるプロシェアーズ・ビットコイン・ストラテジーETF<BITO>が上場すると、解約などに制限のあるグレースケールの人気は急落し、ディスカウントされるようになりました。巻き返しを図るためにグレースケールはETFとして上場を申請しますが、2022年6月に米証券取引委員会(SEC)が申請を却下し、さらに人気を落としてしまいます。
 

◆問題のある企業の破綻


 こうした投資先の評価減が3ACの資金繰りを悪化させたようですが、ビットコインが高値波乱となった2021年辺りから既に同社は資金繰りに窮するようになり、証拠金の担保としてビットコインのような流動性の高い資産ではなく、暗号資産関連会社の未公開株式などを、共同保有者が拒否しても提供していた、と言われています。そして、3ACは2022年6月、追加担保の提供ができなかったことを理由に、暗号資産の大手貸出業者であるボイジャー・デジタルから債務不履行(デフォルト)を言い渡されました。そして、翌月に米国で連邦破産法第15条(チャプター15、国際倒産手続き)に基づき破産を申請します。

 前編でも触れた通り、3ACの破綻はボイジャーにも連鎖しますが、そのボイジャーもテラフォーム・ラボのDeFiと同様、20%~40%もの高金利で資金を集めていたと報じられています。ボイジャーの破産申請書によると、3ACの未返済額は6.5億ドル相当で、貸付金利は3%~10%だったとのこと。また、ボイジャーは同業のブロックファイと同様に、支援を受けていたFTXの親会社であるアラメダ・リサーチにも融資しており、未返済額は3.7億ドル相当で、貸付金利は1%~11.5%でした。

 調達金利より低い金利で貸し出すというビジネスモデルは、長続きするものではありません。これが事実ならば、3ACが破綻せずともボイジャーの破綻は、時間の問題だったでしょう。ただ、米連邦準備制度理事会(FRB)による急激な金融引き締めは、様々な企業の経営破綻や様々な国の財政破綻につながり、破綻を連鎖させた過去があります。もしかしたら、今回もかように問題のある企業から、それが始まったのかもしれません。(敬称略)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。