老舗マクロ系ファンド、キャクストン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【47】―

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◆疲労と限界か


 今回は、伝説の商品ヘッジファンド、コモディティーズ・コーポレーションに在籍していたブルース・スタンリー・コフナー(通称ブルース・コフナー)によって、1983年に創設された老舗マクロ系ヘッジファンドのキャクストン・アソシエイツを取り上げています。

 コフナーは2011年に最高経営責任者(CEO)の座を、後進の最高投資責任者(CIO)であるアンドリュー・エリック・ローに譲りました。このとき彼は、「毎日市場に向き合うことで生じるアドレナリン・ラッシュ(興奮状態)」はなくなる一方で、「家族や友人との生活におけるシンプルな楽しみ」にもっと時間を費やすことを楽しみにしている、と語っていました。こうした発言からコフナーの投資に対する疲労や限界が感じられます。
 
 これは政治活動にも見え隠れします。コフナーの政治思想に最も影響を及ぼしたのは、ハーバード大学時代の指導者であった米保守系政治学者、エドワード・クリスティ・バンフィールド(1916-1999)でした。バンフィールドのもとで彼は経済分析と政治研究に没頭し、1968年から2年間は大学で講師も務めます。その後はコモディティ・コーポレーションで働くようになる1978年まで、米下院やニューヨーク州などの政府機関や大学の政策問題コンサルタントもしていました。

 こうした背景からコフナーはキャクストンを創設した4年後、米保守系の著名シンクタンクであるアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI、American Enterprise Institute for Public Policy Research)に所属。2002年から2008年まで同研究所を運営する理事会の議長を務め、2003年からは理事会の会長にも就任しました。

 この研究所は1970年代から2000年代にかけて米共和党に強い影響力を与えた政治思想であるネオコン(新保守主義、Neoconservatism)を唱える政府関係者を多く輩出しています。彼らは第43代米大統領(2001-2009)ジョージ・ウォーカー・ブッシュ(ブッシュ・ジュニア)のとき、イラク侵攻の推進と計画に大きな役割を果たすなど全盛を誇りました。その当時に同研究所で会長を務めていたことから、コフナーは「ネオコンのドン」などと称されたこともあります。ちなみに、第38回で取り上げたAQRキャピタルのクリフ・アスネスも同理事会のメンバーです。

▼クリフ・アスネスのAQRキャピタル(前編)―デリバティブを奏でる男たち【38】
https://fu.minkabu.jp/column/1638

▼クリフ・アスネスのAQRキャピタル(後編)―デリバティブを奏でる男たち【38】
https://fu.minkabu.jp/column/1650

 コフナーは、キャクストンの日常投資業務から離れるのとほぼ同じタイミングで、同研究所理事会の議長も降りており、政治活動にも彼の疲労や限界が感じられます。ただ、2012年になると元気を取り戻したのか、ミット・ロムニー(2012年米大統領選挙の共和党候補として正式指名されるも、現職のバラク・オバマ大統領と争って敗北)の大統領選挙運動を支援する特別政治行動委員会(スーパーPAC ;Super Political Action Committee)「私たちの未来を復元する」に50万ドルを寄付して政治活動を再開したほか、同年にCAMキャピタルを設立して投資活動も再開しています。
 

◆ローのキャクストン


 一方でキャクストンを任されたアンドリュー・ローですが、2013年まで記事のために写真を撮られることを断ってきましたので、コフナーと同様にマスコミ嫌いなのかもしれません。ローは、1966年に英国ノース・ウェスト・イングランドのグレーター・マンチェスターで生まれました。地元の高校を卒業した後はシェフィールド大学に入学。1987年に経済学の最も高い級の優等学位(first class honours degree)を取得し卒業しました。
 
 その後に英国のナットウェストとして知られるナショナルウェストミンスター銀行の投資銀行部門であるナットウェスト・カウンティ(現在のナットウェスト・マーケッツ)で金融のキャリアをスタートします。米ケミカル・バンクのトレーダーを経て、1996年に米投資銀行のゴールドマン・サックス・グループ<GS>へ転職。後にマネージング・ディレクターとして債券・通貨・コモディティを担当し、トップ・トレーダーとなりました。2003年にキャクストンへ移籍。その5年後にはCIO、コフナー引退後の2012年には同社の会長兼最高経営責任者(CEO)に昇進します。
 
 ヘッジファンドは属人的な会社であり、創設者が引退して後進が後を継ぐ、などということは極めて異例のことですが、それがキャクストンにおいて実現したのは、コフナーとローの投資スタイルや投資に対する考え方が似ていたためと考えられます。また、ローはコフナーの3つの基本原則、①市場に耳を傾けること、②政治と政策の問題、③リスク管理を踏襲しました。加えて、キャクストンの運用スタイルに見合った運用資産のサイズといった考え方も引き継ぎ、そのレベルを40~50億ドルとしています。しかし、ローがキャクストンのCEOに就任した2012年は、全体の1割以上のヘッジファンドが廃業に追い込まれるほど投資環境が厳しく、キャクストンも運用成績のマイナスを辛うじて回避するのが精一杯なほど苦戦したようです。

 また、ローなりに変更した部分もありました。まずは本社の移転です。元々キャクストンはニューヨークに本社を置き、大規模なプログラミングやバックオフィス(事務処理、管理部門)の運営はニュージャージー州プリンストンで行っていましたが、そのほとんどを2019年にローは自らが拠点とするロンドンに集約しました。手数料の調整も行います。ヘッジファンド業界全体の稼ぎが悪くなった2016年には、年間で最大2.6%だった管理手数料を2.2%に下げましたが、2022年には2.5%に戻したほか、成功報酬を22.5%から25%に引き上げました。ちなみにヘッジファンド・リサーチによると、2022年の業界平均は管理手数料が1.36%、成功報酬は16.17%だそうです。
 
  2018年の利益   2019年の利益   2020年の利益   2021年の利益   2022年の利益
1 ブリッジウォーター 8.1   TCI 8.4   タイガー・グローバル 10.4   TCI 9.5   シタデル 16.0
2 ルネサンス 4.7   ローン・パイン 7.3   ミレニアム 10.2   シタデル 8.2   DEショー 8.2
3 ツーシグマ 3.2   ルネサンス 5.6   ローン・パイン 9.1   DEショー 6.4   ミレニアム 8.0
4 シタデル 2.1   エガートン 5.0   バイキング 7.0   ミレニアム 6.4   ブリッジウォーター 6.2
5 DEショー 2.0   シタデル 4.9   シタデル 6.2   エリオット 6.0   ブレバン・ハワード 5.1
6 ミレニアム 1.8   バイキング 4.3   DEショー 5.4   ブリッジウォーター 5.7   エリオット 2.8
7 ファラロン 1.3   ファラロン 3.7   エリオット 5.0   バウポスト 3.4   SAC/ポイント72 2.4
8 ブレバン・ハワード 0.9   ミレニアム 3.4   TCI 4.2   ファラロン 3.3   キャクストン 2.1
9 エリオット 0.8   エリオット 3.2   エガートン 3.7   サード・ポイント 3.3   アパルーサ 1.6
10 バウポスト 0.4   DEショー 2.8   ブレバン・ハワード 3.0   エガートン 3.1   ファラロン 0.5
11 オクジフ/スカルプター 0.2   バウポスト 2.4   ファラロン 2.9   デービッド・ケンプナー 2.4   デービッド・ケンプナー -0.4
12 キャクストン 0.2   SAC/ポイント72 2.3   SAC/ポイント72 2.5   アパルーサ 2.1   バウポスト -1.5
13 SAC/ポイント72 0.0   アパルーサ 1.5   オクジフ/スカルプター 2.3   オクジフ/スカルプター 1.9   オクジフ/スカルプター -1.8
14 ムーアキャピタル -0.1   オクジフ/スカルプター 1.3   アパルーサ 1.9   キングストリート 1.8   バイキング -3.0
15 キングストリート -0.1   ポールソン 1.1   キングストリート 1.6   SAC/ポイント72 1.7   エガートン -4.1
  全社
-41.0
  全社
178.0
  全社
127.0
  全社
176.0
  全社
-208.0
出所:各種報道

 こうした手数料の引き上げは、好業績だからこそできたことです。LCHインベストメンツによる主要ヘッジファンド収益ランキングによると、2022年は全社的に大きくマイナスとなりましたが、マクロ系を中心に成績が良かったようで、キャクストンは4年ぶりにランキング上位に食い込んでいます。2023年は米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げがピークアウトするとみられていますが、政策の誘導目標とする金利を5%以上にすると、過去には金融機関の破綻や他国の財政破綻が起きていました。それによりマーケットが不安定になるようであれば、キャクストンの活躍する場が増えそうです。(敬称略)

 
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。